027 あめ玉、何色、どんな味?①

 街の東側に面した草原の一画いっかく……

 地面が平坦へいたんで、街からも程近ほどちかい場所に道化市どうけいちのメインでもある天幕てんまくの骨組みが作られ始めると……それに比例して、バジリカは大忙おおいそがしとなる。


 自身の護衛や、商品の運搬等にドールを使いたい商人達。

 さらなる治安の維持をドールに求める、街の警備担当者。

 この街にきょかまえる民草たみくさからの日常的な召喚申請は勿論もちろんの事……それら道化市どうけいちからんだ申請のたぐいが、次から次へと引っ切り無しに集まってくるのだ。


 そして、バジリカがになう職務はドール関連だけにとどまらない。

 行政区というものもあるにはあるのだが、街の中央に位置し様々な施設をもゆうするバジリカはその立地りっちによる利便性、ドールをかいする事による秘匿ひとく性……だいなりしょうなりそういった事柄ことがらが支持され、東西南北にある各区からの情報は基本的に一度はバジリカを通る。

 今回だけは、それがあだとなってしまっていた。


「━━お師匠様~、そろそろ休憩にしましょうよ~」


 人々から数多くの申請を受け、自身の時間をけずってまでも職務を淡々たんたんとこなし続けるシスタースズシロのとなりで……補佐ほさつとめる若いシスターが、運んできたばかりの祭具さいぐを並べつつ召喚室に猫なで声を響かせる。


「……少し前にもとったばかりでしょう?」

「でもでも、今日は朝からずっとじゃないですかぁ~。このままだとぉ、体がカラカラにからびちゃいます〜」

「あら…………それなら良かったわね」


 ぶーぶーと文句もんくれる若いシスターには目もくれず……普段よりもはるかにその厚みを増したドールの申請書を手に、シスタースズシロの言葉は続く。


道化市どうけいちが始まれば、もっといそがしくなりますもの。今のうちからからびる練習……たっぷりとしておきなさい?」

「そ、そんなあ……!」


 手元の時計をいくら確認しようとも昼食の時間帯にはまだ遠く、召喚室の前では順番待ちをする人々の長蛇ちょうだの列。

 その後も続々と運び込まれる依代よりしろ達に祝福をあたえ続け……広間から人の気配けはいが一度引いたところで、ようやくシスタースズシロはふぅと一息ひといきをついた。


「……今ので護衛用ドールの召喚は終わりね」

「やったぁ! 終わったぁ!」

「護・衛・用は、終わりです。さぁ、次は産業用の準備をお願い」


 両手を上げて大喜びだった若いシスターの晴れ顔は、言葉という名の北風に吹かれて´あれよあれよ´と曇天どんてんに……


「うぇぇ……また取りに行かないとですかぁ? 少しぐらい休んでも〜……」

「まあ、残念ね。それじゃあ、ここの補佐ほさは他の者にお願いをするから…………そうね、貴女あなたは休憩に入った後はそのまま書類整理の方に……」

「……!!! よ、喜んで取りに行かせてもらいます! ……なので、このまま交代はナシということでお願いしまぁ〜す。え、えへへ……」


 シスタースズシロのにこやかな、されど静かな迫力はくりょくの前で若いシスターはピシリと直立ちょくりつし……新たな言葉が生まれるのを待たずして、使っていた祭具さいぐあまりをそそくさと箱の中に収めては逃げ去るようにその場をあとにした。


「……はぁ。みんなは楽しそうだなあ……私も一緒に遊びたいなあ……」


 青空の下……廊下の窓をへだてた向こう側では、やんちゃそうな少年をふくむ何人かの子供達が虫取りあみを手に中庭を元気にけ回っている。

 暖かな日差しに、楽しげな雰囲気ふんいき

 自然とそれらに吸い寄せられていく体を、両手にかかえた箱の重さがいやおうでも若いシスターを現実に押しとどめる。


「あ〜あ。このくらいあれば大丈夫だと思って、ちょっと多めに持っていっても……あっという間に無くなっちゃうんだもん。

 今日だけでもこんなに行ったり来たりして……道化市どうけいちが終わった頃には、足だけが´まっちょ´になってたらどうしよう……」


〈━━ガチャリ〉


 先程さきほどまで人々が列をなしていた広間を通り、右手に見えてくる廊下をつたい、そこからやや離れた場所にもうけられる祭具さいぐ専用の備品室。

 色の違う小さな蝋燭ろうそくや三枚を一括ひとくくりとした白く大きな羽根、く事で気分を落ち着かせる香りを周囲にただよわす香木こうぼく……

 ここにはドールを召喚するさいに使用する様々な物が棚に戸棚に所狭ところせましと並べられ、そのせいもあってか備品室の中はの部屋より少しだけ薄暗い。


 そんななか、胸にかかえた箱の中から使わずにあまった祭具さいぐを取り出しては、一つ一つ所定の位置へと戻していく若いシスターの指先に……何かがれた。


 ……ぐらり。


 動きに一切いっさい躊躇ためらいもなく、床に向かって一直線に落ちていく灯火とうか用の長細ながほそ蝋燭ろうそく

 あわてて伸ばすもその手はくうつかみ、足元に転がった一本の蝋燭ろうそくはコロコロと棚の下に広がるくらがりの奥へ。


「わわわっ!? あぁもう、ま〜たやっちゃった……」


 箱を小脇こわきかかえ、その場にしゃがみ込んだ若いシスターはそうぼやきながらに右手を床にわせると……自身が落とした蝋燭ろうそくの行き先をそろそろとさぐり始める。


「あの引き出しはもういっぱいになっちゃったし……次はどこに隠そう……」


 ここにあるのは、どれもこれも御使みつかい様にささげるための大切な祭具さいぐ

 本来ほんらいであればそれらは転がしてしまう事ですら忌避きひされるような代物しろものであり、ましてや一度地に落ちたものなどはその時点で御役御免おやくごめんだ。


 そして当たり前ではあるのだが、祭具さいぐを落としてしまった先で待っているのはシスタースズシロからの厳しいおとがめ……

 どうにかしてそれを回避しようと、若いシスターはこうして常日頃つねひごろから考えをめぐらせているわけである。

 ……まあ、実際のところはどこかのタイミングでバレてしまい、全部まとめて大目玉おおめだま……というのがお決まりの流れではあるのだが。


「う~ん……ん〜…………おっ! あったあっ━━」


〈カチリ……〉


 様々な祭具さいぐが並べられた棚の一番下。くらがりがみせる不穏ふおんな空気。

 小さく金属質なその音は間髪かんはつれず……続けざま、とても軽快な調しらべを備品室全体へと響かせた。


〈バチンッ!!〉


っっったあ!!」


 途端とたん、体をね上げ床に尻もちをつく若いシスター。

 反射的に引き抜いたその手には、ここぞとばかりにみついて意地いじでも離そうとしないネズミりの姿が。


「いだっ……いだだだだ…………んもう! なんでこんなとこに置いてあるのよっ!」


 びついた様な音を立てる金具……っすらと積もったほこり……

 おそらく´彼´の仲間達はすでにその役目を終え、うの昔にどこかの倉庫で眠りについているのであろう。

 室内の整理では床にまで目を向けられず、掃除のさいにはほうきすみからすみへと追いやられ……それでもなお、´彼´はくらがりの中でおのれきばぎ続けていたのだ。

 来たるべき……今、この瞬間ときのために。


〈ギギ……〉


 床に戻され満足げに体をきしませるネズミりをペシリとたたき、改めて落としてしまった長細ながほそ蝋燭ろうそくを拾い上げると……若いシスターはモゾモゾとそれを衣服の中へと隠し入れ、箱を両手に立ち上がる。


「取りえずはこれでヨシ……。早く用意をして戻らないと、お師匠様の事だから本当に交代させられちゃうかも……!」


 次からのドール召喚で必要となってくる数々かずかず祭具さいぐを急いで箱におさめ、忌々いまいましいネズミりは足でズリズリと引き寄せながらに目の前のとびらを若いシスターが開けた時……


「……んっ?」


 目線の先には見覚えのあるものが一つ。ポツリとして、通路の中央に転がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る