029 あめ玉、何色、どんな味?③

 瞬間しゅんかん項垂うなだれる若いシスターの体がピクリと反応したかと思うと……それはおどろくべきスピードで立ち上がり、近づいてきた子供達の顔の前へと素早く手をかざす……!


「うっ!」

「ぐぐ……っ」

「えっ? ど、どうしたんだよ……!」


 バタバタと倒れゆく子供達の姿に、本能的な後退あとずさりを始める少年の右足。


「お、おい! おまえら……」


 もはや、そこにあるのは地獄絵図じごくえず

 ある者は苦悶くもんに顔をゆがませ……またある者はうつろなひとみ一点いってんを見つめ……

 そして何を隠そう、ぐったりと倒れる子供達の口の中には……みな等しく、深緑ふかみどりの光が鎮座ちんざしていたのだ!


「ううっ……にがい……」

「ま、まずい……」

「あれは……く、薬玉くすりだま! み、みんな逃げろっ!!」


 強まるざわめきのなか、少年がはっしたつる一声ひとこえ蜘蛛くもの子をらすよう一斉いっせいに走り出す子供達。

 しかし奮闘もむなしく一人、また一人と捕まっていき……若いシスターによって薬玉くすりだまを口の中に押し込まれては、ことごとくその場にへたり込んでいく。


「━━ふっふっふ。あとはアナタだけねぇ……?」

「うっ……」

「食べ物のうらみは怖いんだからぁ……。ほ〜ら……観念かんねんなさ〜い…………」


 袋小路ふくろこうじで少年を追い詰め、若いシスターが両手を大きく広げながらにゆっくりとにじり寄る。

 目の前からは絶望ぜつぼうが近づき、後ろには窓すら無い一枚の壁。


「く……っ!」


 この窮地きゅうちだっするため、残されたわずかな時間を使い何かしら解決の糸口いとぐちようと必死にあらがいを見せる少年に……絶望ぜつぼうかいした通路の向こう側から、一筋ひとすじの光が差し込んだ。


「……!! ……´婆ちゃん´! こっちこっち! おーい、こっちだって!」

「ぷぷっ……なあに、それ〜。そんな簡単な手になんか、引っかからないわよぉ? だって、こんな場所にお師匠様が来る理由なんて……理由…………なんて……」


 はて、私はどうしてこんな場所にいるんだっけ? ……若いシスターは考える。


 …………。


 そう……! ドール召喚に必要な祭具さいぐを、シスタースズシロへと届けるためである!


「……あっ!」


 されども、それを思い出した時にはもう手遅れ。


 自身のすぐ後ろで止まった、誰かの足音……

 その存在を知らしめる、聞き覚えのある咳払せきばらい……


 両手を広げたそのままの姿勢で、ゆっくりと振り返る若いシスターの目に……ニコリ。優しげに微笑ほほえんだ、シスタースズシロの姿がうつる。


「あっ」

「あらあら……こんなところで出会えるなんて、偶然ぐうぜんもあるものね?」

「あ、はは………で、ですね、お師匠様……」


 持ち直すさいに軽く音を立て、祭具さいぐおさまる箱を備品室に置きっぱなしとしていた事へのうったえはもとより……顔にべたりと張り付いたような静かな微笑ほほえみが、今は何よりもおそろしい。


「それで? 貴女あなたはいったい、ここで何をしているのかしら」

「そ、それは……この子がキャ、キャンディを……その…………」

「……キャンディ?」


 語尾ごび疑問符ぎもんふをつけつつ、視線をやや下方かほううつすシスタースズシロ……そこに、新たな悪戯いたずらの´´を感じ取った少年が気付かれない程度のみを浮かべる。


「たくさんもらったからさ、みんなにプレゼントしてまわってるんだ。……ほら、これが婆ちゃんのぶん!」

「まあ……私にも? でも、いいのかしら……他の子たちに━━」

「いーの、いーの! みんな、って言っただろー? 残りは婆ちゃん達のために、ちゃんと取っておいたんだ!」

「そうなの? それなら…………ありがとう、時間がいた時のお楽しみとして、私も一ついただいておくわね?」


 少年によるたくみな話術わじゅつで、何のうたがいもなくシスタースズシロの手に渡った例の´アレ´。

 思い返すだけでも口の中を苦くしてしまう様な感覚にその身をふるわせる一方いっぽうで、若いシスターの頭の中ではよこしまともとれる一つの感情が……ぼんやりとではあるが、形をしつつあった。


(……あれ? これってもしかして……上手うまくいけば、お師匠様のあんな顔やこんな顔が見られちゃう? しかもしかも、この状況ならおこられるのは私じゃないっていう……オマケ付き!?)


 記憶の中ですらもつねおだやかで清楚せいそけっして取りみだす事のないシスタースズシロである。

 そんな彼女が´アレ´を口にすることであわてふためく、あられもない姿が……見たい。どうしても…………見たい!


 口へ入れた途端とたんしぶい顔をしてき出すの?

 それとも、顔を引きつらせながらの我慢がまん


 いまだ見ぬ答えを求め、後先あとさきを考えない若いシスターがチラと送った視線の先で……


「…………(こくり)」


 何も言わず、かすかにうなづく少年。

 どうやら、両者共に考えは同じだったようで……そこに若いシスターから返される小さなうなづきが合わさった事で、二人は呼応こおうしたかのように目の前にいるシスタースズシロへ懇切丁寧こんせつていねいにキャンディを食べる事をすすめ始めた。


「なあ、婆ちゃん。最近はドールの召喚ばっかやってるだろ? 疲れた時にはナントカって言うし、ずっと持ってたらけちゃうかもだし……べつにさ、いま食べちゃってもいいんじゃない?」

「そ、そ~ですよ、お師匠様。見てください、私も同じのもらったんです~。ハァ、ハァ…………えいっ! ……う゛っ」


 目的のためみずからを犠牲ぎせいとし、それが薬玉くすりだまであることをさとられまいと必死に笑顔を作り続けた甲斐かいもあってか……お小言こごとを言いながらも、シスタースズシロの指先はキャンディを包んでいる紙の片端かたはしをつまむ。


「私達はまだ職務中なのですよ? まったく…………。ですが、せっかくいただいた物をむざむざかしてしまうというのも……それはそれで、失礼にあたるわね?」


 そして今度は、かかえている箱を持ち直し、包み紙を両手でゆっくりと開いていく姿をつぶさに観察していた少年が……

 ここぞ! という絶妙ぜつみょうなタイミングで手元から意識をはずさせる事で、シスタースズシロも先程さきほどの若いシスターと同様に中身を一切いっさい確認することなく……深緑ふかみどりに光る例の´アレ´を、口の中へと運び入れた。


「(……!!)」


 ドキドキワクワク。二人が固唾かたずんで見つめるなか、´アレ´を舌先したさきで転がしたと思われるシスタースズシロの表情が……わずかに変わる。


「あら? これは……」

「(きたきた!)」

薬玉くすりだまね? 以前、街の方にいただいて……もう、それ以来いらいかしら。昔は色々なところで売っていたものだけれど、最近はあつかっているお店も減ってきてしまって……」

「(あ、あれ……?)」


 予想とはことなる反応に、思わず顔を見合わせる二人。

 なんで? という表情を見せる若いシスターに、少年の方も不思議そうな様子で首を横に振る。


「お、お師匠様……? えっと……その……」

「……? さあ、私達は早く戻りますよ」

「あ、はい……」

「……あなたも、昼のお祈りには遅れないようにね?」

「へーい」


 そうして何事なにごとも無かったかのような振る舞いで召喚室へと向かうシスタースズシロの後ろを……若いシスターは何度も何度も、首をかしげながらに付いていくのであった。


 ━━その後のドール召喚の真っ最中。自分の口の中に´アレ´が入ったままだった事を思い出し、若いシスターが人知れず悶絶もんぜつしたというのは……もうちょっとだけ、先のお話。

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