038 ちょっぴり不思議な道化市②

 ……さて。そんな道化どうけが用意をしたのが、背もたれのない椅子いすが一つに座面ざめんで並ぶ三つの箱。箱は小さく、中には何も入っていない様子。

 中身を確認した幾人いくにんもの観客が´うんうん´とうなづき、前から後ろへ右から左へと観客達全員に状況が伝わったところで……道化どうけがポケットから取り出してみせたのは、三つの玉だ。

 白が二つで、赤が一つ。いずれも、小さな箱にすっぽりと収まりそうなサイズである。


〈キッ、キキ!〉


 はっせられた合図あいずで、道化どうけはそれぞれの箱にポトリポトリと大袈裟おおげさ仕草しぐさで玉を落とし入れていき……

 一つ一つふたを閉めると、それらを手に取り。観客達の前にて一つを空中に投げたかと思うと、続けざまに残り二つも素早く空中へと放り出した。


「おお……!」


 どこからともなく上がる喝采かっさい

 それを職としている以上、矢張やはりというか対面しているこの道化どうけ手先てさきの器用さはかなりなもので……両手をたくみにあやつり、空中では´ちゃかちゃか´と音を立てながらに箱がう。

 そして、再びと並べられた椅子いすの上。観客の中から選ばれた一人が箱の位置を何度か入れ替えると、今度は小猿こざるの出番らしい。


 お洒落しゃれ上着うわぎを着こなし、紳士がかぶるような帽子を頭に乗せた小猿こざる道化どうけの肩から´ひょい´と椅子いすに飛び移る。

 並んだ三つの箱をらしてみたり、耳を押し当てたり……そうして選んだ一つの箱をヨイショとかかえ上げ。そのままそれを、最前列から´しげしげ´と自分の事を見つめていた一人の少女に手渡した。


〈キッ、キッ!〉


「…………?」


 キョトンとした顔でにぎっていたポシェットのひもから手を離し、小猿こざるから小さな箱を受け取る少女をよそに……目の前では道化どうけが残された二つの箱を開け、出てきた白色はくしょくの玉達に面白おもしろ可笑おかしくおどろいてみせている。


 ざわり。ざわわ。

 周囲に走る、注目と緊張きんちょう数々かずかずの視線にうながされ、少女が手にした箱の中から中身をゆっくりと取り出すと……


〈ワアッ━━!〉


 瞬間しゅんかんはじけるざわめき。少し遅れて、拍手はくしゅがそれに続く。


「……!!」


 思わずと体をね上げてしまう少女ではあったが……観客達の熱気ねっきに当てられてか、次第しだいにその手は一つの音をかなで始める。


〈ぱち、ぱち……〉


「…………」


 最初はただ、周りに合わせていただけ。


〈ぱちぱち……ぱちぱちぱちぱち〉


 されど、手をたたいていくうちに観客達とはおもいを同じくした仲間の様な感覚となり……少女にはそれがどうにもうれしくて、仕方しかたがないようであった。


「わぁ…………わあ!」


 それから少しすると、深々ふかぶかと頭を下げた道化どうけ椅子いすの上に再び箱を並べ始める。どうやら、先程さきほど見せた芸と全く同じ物のようだ。


 箱に入れられる、白が二つで赤が一つの玉。

 道化どうけによって回され、観客によって動かされた箱を小猿こざるが選び。

 受け取った少女が箱から赤い玉を取り出すことで、拍手はくしゅが巻き起こる。

 何かが増えることもなく、何かがけることもなく。


 それらの流れを数十とかさねたところで……ようやく少女は立ち上がると、満足そうな笑顔でその場をあとにした。


 ━━所狭ところせましと店が立ち並び、店主達のうた文句もんく四方八方しほうはっぽうから飛びってくるエリアにて。

 少女は食い入るように売り物をながめては、順繰じゅんぐ順繰じゅんぐりとを進め……最後の店を見終わるとけ足で最初へと戻り、同様にして売り物をながめ直していく。何度も何度も、ながめ直していく。


 ……とても面白おもしろい。

 見たことや聞いたことのない物は、ながめているだけでワクワクする。


 ときには観客がいないながらも、楽器を使い楽しそうに演奏をしている道化どうけ……

 その近くに置かれた小さめの椅子いすに腰を落ち着け、セットで配置されているこれまた小さなテーブルに両手で頬杖ほおづえをつき。いつまでも続く、同じメロディに耳をかたむけてみる。


 ……とても面白おもしろい。

 あまり聞くことのない音色ねいろやリズムは思っていた以上に新鮮で、時間を忘れて聞いていられる。


 一人での演奏を続ける道化どうけの前では、さかさまに置かれた帽子の中で数枚ぽっちの硬貨こうかさびしげにかがやき……

 お金を持たぬ少女はせめてものおれいにと、きれいな橙色だいだいいろの花を一輪いちりん。その帽子のとなりへとえて、立ち上がる。

 道化どうけの演奏をきに来るたび、花の数は増えて……いつしかそれは、立派りっぱ花束はなたばと呼べるほどにまで成長をしていった。


 少女は様々な店をめぐり、様々な道化どうけおとずれる。

 何故なぜか彼らは一様いちように同じ芸、同じ曲しか披露ひろうをせず、店の前ではつねに同じ客が居着いついていたりもしたが……

 若いシスター達の足元に座ってたまの休憩をはさみつつ、少女は嬉々ききとして道化市どうけいちじゅうけて回った。


 ……とても面白おもしろい。

 たとえそれらの内容が全くと言っていいほどに同じであったとしても、人々の笑顔や楽しげな声につつまれているだけで何だかとってもイイ気分。


 なんて素敵すてきなんだろう……!

 笑顔にあふれたこの場所は。

 思うがままに動いても、誰からもとがめられないこの場所は。


 ああ、本当になんて素敵すてきなんだろう……!

 どれだけの時間をごしても……頭上の太陽は変わらずに暖かく、´まっくら´がやって来ないこの場所は。


 …………。


 しかし、少女は思いにいたる。

 いつまでも見ていられるし、聞いてもいられる。とても´面白おもしろい´から。


 ……でも。


 それならばどうして、今の自分はこんなにも……´楽しく´、ないんだろう?


 少女は考えた。一生懸命いっしょうけんめいに考えた。

 ´面白おもしろい´と´楽しい´。どちらも、好きな言葉。

 気付いた時には一緒にあって……´うれしい´や、´可笑おかしい´とも仲良しで……

 そこに、違いなんてあるの? 違いなんて……必要なの?


「うーん……」


 考えても考えても……結局、その答えが出ることはなかった。

 楽しそうな笑顔がうなか、少女はひとり立ち止まる。ポシェットからクマのぬいぐるみを引っ張り出し、ギュッとその胸に押し付けて。


「…………」


 ここはとても´面白おもしろい´……

 だけれど、´楽しく´はない……


 なんで? どうして?

 そんな疑問をいだいたまま、やがて少女はトボトボと人混ひとごみの中を歩き始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る