002 少女とクマのぬいぐるみ②
「ううん……。今はね、皆いるよ? でも……そのうちいなくなっちゃう。新しい子が来たりもするけど……そのうち、いなくなっちゃう。
……リリーだけなの。リリーだけ、ずっとここにいるの……」
今まで周囲に明るさを振り撒いていた少女の顔に、初めて悲しそうな表情が浮かぶ。
「……じゃあ」
誰にも打ち明けたことのない気持ちだったのだろう。
言葉にしたことすらない気持ちだったのだろう。
自分を抱えたまま、とぼとぼとベンチまで戻り腰を下ろすも……
「よかったな、これからは俺が……ずっと一緒だ」
そう言ったクマのぬいぐるみが、
「それにさ……見ろよ! 俺、けっこー強いんだぜ!」
「な? だから、もしリリーが危ない目にあうような事があったら、その時はこの俺が━━」
「……私がロッコを守ってあげるね!」
クマのぬいぐるみが言い終わるより先に、少女は目の前のふわふわをぎゅっと抱きしめると……嬉しそうにそう答えた。
「って、それじゃあ意味が……まあいいか。うん、それじゃあ……これからよろしくな、リリー」
「うん! よろしく、ロッコ!」
ベンチの上で、少女が笑う。
その少女の膝の上で、クマのぬいぐるみが少女を見上げる。
中庭に響く……楽しげな会話の数々。
そこにはもう、先ほどまでの様な悲しそうな表情を見せる少女は……どこにも居なかった。
━━ふと気が付けば、あれほどまでに暖かく世界を照らしていた太陽も既に傾き……中庭にも少しずつ夜の気配が近づいて来ていた。
少女は辺りを見回すと、びくりと体を震わせ……クマのぬいぐるみを抱きしめたままにベンチから立ち上がり、走り出す。
「もう戻るのか?」
「うん……」
バジリカの敷地内を走りながらも……クマのぬいぐるみを抱えた少女の身体は少し、震えているようだった。
大聖堂の中へと駆け込み、
そして、こちらに向かって歩いてくる人影に気が付くと少女は人差し指を口に当て、しーっというジェスチャーを抱きしめているクマのぬいぐるみへと送った。
「……やあ、お嬢さん。こんばんは」
帽子を
「お嬢さんじゃなくて、私はリリーよ。配達さん」
「おや、これは大変失礼致しました。そんなリリーはどうしてこちらに? もうすぐ夜のお祈りの時間になりますよ?」
配達さんと呼ばれた青年は
「これから行くから大丈夫なの! ……からかわないでっ!」
むすっとした顔をつくる少女を見てハハハと笑い、膝の汚れを払うようにして立ち上がった青年は言葉を続ける。
「外はだいぶ暗くなっていただろう? ……いつもみたいに、礼拝堂まで一緒に行ってあげようか?」
この街のバジリカにある大聖堂は、光を取り込めるように窓が通常よりも多く
そのため、昼はとても明るい反面……夜になれば、多くの窓を通して外の闇がよく見えるのだ。
「……大丈夫。ロッコがいるから」
「ロッコ? ……ああ、クマさんの名前か」
「うん。だから大丈夫なの」
青年はそう言って、少女が抱きしめているクマのぬいぐるみへと目を移す。
「…………。……ああ、時間をとってしまってごめんよ。さ、お祈りに行ってらっしゃい」
「もう……遅れちゃったら貴方のせいよ、配達さん!」
「……うん、確かに大丈夫そうだね」
廊下の奥へと消えゆく少女の背中を見送りながら……青年はぼそりとそう
━━━━━━━━━━
空に日が登り、街全体が活気に
通りを行き
その流れを行く内の一人を、少女はじっと見つめたかと思うと……ふいっと目線を外し、今度は違う者へと視線を移す。
……何度それを繰り返しただろうか。
視線をあちらこちらに移していた少女の目が止まった。
遠くの方から、通りに敷かれた石畳を
ベンチから立ち上がり、見つめる少女。
やがて、大聖堂入口前でその馬車が止まると……少女は
〈カチャッ━━〉
小さく軽い音が響き、馬車の扉が開いた。
それに
「おや、こんにちは。お嬢さん」
馬車の中からは
「……リリー。私はリリーよ、ステッキさん」
「ステッキさん……? ……ああ、これは失敬。こんにちは、リリー」
「……こんにちは」
少し落ち込んでいるようにも見える目の前の小さなレディーに、何と声を掛けようか男性が迷っていると……その少女が黒いテディベアを抱えているのに気が付く。
「そのクマのぬいぐるみ……君がもらってくれたんだね。気に入ってくれたかな?」
「……? ステッキさんが持ってきてくれたの?」
「ああ、そうだよ。周りの皆も喜んでくれてたかい?」
「うん。あの……ロッコに会わせてくれて……ありがとう」
「どういたしまして。ロッコか……いい名前だね。仲良くしてあげるんだよ?」
「……! うん!」
大きく
少女はしばらくの間その場に立ち、離れていく男性の馬車をぼんやりと眺めていたが……やがて思い出したかの様に、ベンチの方へ戻っていくのだった。
「━━あの少女……リリーは、誰かを探しているのですかな?」
大聖堂二階にある応接間。
そこの窓から外を見ていた先ほどの初老の男性が、同じ部屋にいるシスタースズシロへと問いかける。
「ええ……。ですが、本人もあまりよく分かっていないようで……」
「探している……もしくは、誰かを待っている……か。ふむ……。
……それはそうと、あの子がクマのぬいぐるみを抱いているのを見ましたよ。
いやはや、私が寄付したものをあんなに大事そうにしている姿を見るとなんとも嬉しい気持ちになりますな」
窓から顔を戻し、シスタースズシロと向かい合うようにソファーへと腰を落ち着けながら……今しがた出会った少女の事を思い浮かべ、男性の口元は自然と
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