015 中庭に響く音色②

「……あれ? なんかさっき見た時よりも、ソレ……小さくなってないか?」


 少女が空にかかげた、可愛かわいらしい大きさの´花かんむり´。

 それを見たクマのぬいぐるみは少女のひざの上にのぼって立ち上がると、共に見上げながらにける。


「うん。ちょうどいい大きさ」

「なんだよ、´かんむり´にするんじゃなかったのか?」

「ううん、これは´かんむり´よ?」

「んー? ……ならさ、やっぱりもっと大きくした方が━━」


 言葉を続けたまま、ポスリと少女のひざにお尻を落としたクマのぬいぐるみの頭に、何かがそっと乗せられる。

 ……ふわりとただよう、ほのかに甘い香り。


「……へ?」

「これはね……ロッコの´かんむり´なの!」


 沢山たくさんの白い花でいろどられたその小さなかんむりは、驚いた様子で少女を見上げるクマのぬいぐるみの頭にピタリと合い……丸みをびたやわらかそうな黒色こくしょくの体に、とても良くえていた。


「ほら、これでロッコと一緒よ」


 そしてクマのぬいぐるみの耳にしてあった一輪いちりんの花を、持っていた´花かんむり´と交換する形で手にしていた少女は……それを同様に自身の耳へとすと、楽しげに笑う。


「だ、だからこういうのは俺には……」

「おや? れてるのかい、ロッコ?」

「かわいいのに」

「可愛いのにね」

「うっ、うるさいうるさいっ……! 次は俺の番だろ、早く教えてくれよ!」


 花で出来たかんむりを頭に乗せられ、二人から可愛いとはやされ続けるクマのぬいぐるみ。

 そのれを隠すためか、小さな手足をばたつかせながらに今度は自分に´花かんむり´の作り方をと、若い男性へ催促さいそくを始める。


「それは構わないけど……ロッコ、きみの手じゃ上手じょうずに花をむのは難しいかもしれないなあ」

「そんなこと、やってみなくちゃ分からないぞっ」


 たして本当に分かっているのかいなか……少女のひざの上に座るクマのぬいぐるみはそう言うと、得意げな様子でその丸っこい二つの腕をパシパシと鳴らしてみせた。


「うーん………………あっ」


 どう答えたものかと思案しあんかさねる若い男性の脳裏のうりに、ふと一つの妙案みょうあんが浮かぶ。

 目の前にいるクマのぬいぐるみの機嫌きげんを取りつつ、最終的には花まで持たせられる……今現在、自分が考える中での最良さいりょう一手いってだ。


「そうだロッコ、僕が作ったこの´花かんむり´なんだけど……」


 ベンチの上に置いていた花のかんむりを手に、若い男性は言葉を続ける。


「……実はこれ、まだ完成してないんだ」

「えっ、そうなのか?」

「見てごらん、この部分だけ……ちょっとさびしい感じがするだろう?」

「ん……んんっ? あー、えーっと……言われてみれ……ば?」

「さっき、僕がきみにあげた花なんかが丁度ちょうどいいんじゃないかなあ。それをここにせば、この´花かんむり´はようやく出来上がるんだ」


 それらしい所をテキトウに指差ゆびさし、それらしい事を適当てきとうに表現する若い男性に対して……

 クマのぬいぐるみはどこかまだせないようで、胸の前で腕を組んでは不思議そうに首をひねった。


「はい、ロッコ。……いいよ?」

「さ、やってごらん?」

「うーん……」


 そこに多少のうたぐりはあるにはあったが……言われるがままにクマのぬいぐるみは少女から先ほどの花を受け取ると、若い男性が持つ未完成としている花のかんむりくきの方からぐいぐいと白く小さな花をし込んでいく。


「…………こ……これでいいのか?」


 自身が最後に手を加え、出来上がったものを確認したクマのぬいぐるみがうかがうようにその口を開いた。


 綺麗きれいととのえられていたはずの花の

 そこから、上手うますことが出来ずにぴょいと飛び出てしまった一つの色……他と同じでありながらも存在を強く主張する、緑の先の小さな白色はくしょく

 しかし、それを指摘してきしよう者などここには居やしない。


 太陽からそそがれる、やわらかく、暖かな日差しが。

 小鳥たちがひびかせる、ゆたかで、快然かいぜんとしたさえずりが。

 今いる環境を形作っているすべてのものが、たがいに優しさやぬくもりをはぐくみあい……この中庭で、ちているのだから。


「ああ、これで完成だよ。僕は途中までしか作れてないから……この´花かんむり´は、完成させたきみの物さ」

「……お、おう?」

「わぁ、すごいロッコ!」

「へ、へへ……。まあ……な!」


 若い男性が微笑ほほえみ、少女が笑う。

 すっかりと二人に乗せられた事で、当初とうしょ疑念ぎねん何処いずこかへと消えてしまったクマのぬいぐるみが満足そうにそれにこたえると……さっそく少女のひざの上で立ち上がり、自分が作った´花かんむり´と共に振り返った。


「ほらよ、これはリリーにやるよ」


 そう言って目の前で大きくかかげられた花のに向け、少女は頭を軽くかたむけ……


「ありがとうロッコ…………これでおそろいだね!」


 明るい声で再び、周囲にその笑顔を振りまくのだった。


 ……から飛び出た一つの花が、頭を動かす度に右へ左へとれ動く素敵な´花かんむり´。

 ……ぎこちない形ではあるものの、作者の一生懸命さが伝わってくる可愛かわいらしい´花かんむり´。

 それぞれを頭に、にこやかに会話を続ける少女とクマのぬいぐるみのやり取りをある程度見届けた若い男性は、作業に戻ろうと立ち上がろうとする……

 が、その体勢はグラリとくずれ……そのまま倒れそうになってしまう。


「おいおい、大丈夫か?」

「……っとと。最近はちょっと多くなってきた……かな?」


~~~~~~~~~~


「それでね、ロッコ? だから━━」


 時刻は昼のお祈りが終わったすぐ後……くらいだろうか。


 バジリカの中でも特に人気ひとけが無く、静かな中庭。

 入ってすぐのわきにポツリと置かれ、背もたれもなく、日光によって焼けに焼けてしまった……

 そんな小さな木造もくぞうの椅子に座り、いつものように胸にいたクマのぬいぐるみへと楽しそうに話しかけていた少女は……不意ふいに通路の先から足音が聞こえた様な気がして、ぴたりとその口を閉じる。


「………………」


 ……やはり聞こえる、誰かの足音。

 そしてそれは、落ち着いた印象いんしょうあたえる声と共に少女のすぐ横で止まった。


「……やあ。こんにちは、お嬢さん。この場所で誰かと会えるなんて……いつ以来だったかなあ」


 自分をお嬢さんと呼ばれ、少女が少しだけ口をとがらせながらに顔を上げると……そこに立っていたのは、麦わら帽子をゆるめにかぶる一人の若い男性だ。


「お嬢さんじゃなくて、私はリリーよ」


 何故なぜかむくれた様子の少女に、若い男性はただただ優しく微笑ほほえみ……


「ごめんよ。こんにちは、リリー」


 そう自身の言葉を言い直してから、ゆっくりと中庭の奥に向け足を動かす。

 右手には園芸用の小振こぶりなスコップをにぎり、左手では様々な作業用具を入れたバケツをわきかかえる若い男性。その後ろを、クマのぬいぐるみを胸に少女が歩く。

 見れば中庭のあちらこちらでは引き抜かれた雑草ざっそうの山や、平らにならされた地面など……すでに色々な作業をしている形跡けいせきが見て取れた。


「スコップさんは……ここで何をしてるの?」

「ん? 何って、ここが僕の世界さ」

「世界……」


 作業の途中であろう場所の前で立ち止まった若い男性は、持っていた道具を地面へと下ろし、振り返って言葉を続ける。


「ほら……周りを見てくれ。まだまだ物足りなくて、つまらないだろう?」

「うん。つまんない」

「ははは、素直すなおだなあ。でも見ていてくれよ? すぐにここを花でいっぱいにしてみせるから!」

「……花?」

「想像しただけでも楽しそうだろう? ここを知っている者だけが独占どくせん出来て、不思議と笑顔になれる……そんな、秘密の花園はなぞのさ!」


 若い男性はおもいをかたり終えるとニコリと笑い、作業に入るべくスコップを手に地面へとしゃがみ込んだ。

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