014 中庭に響く音色①

 大聖堂や大図書館などの建物や、それらをつなげる廊下によってへだたれた空間にもうけられた、数ある中庭の一つ。

 花壇かだんがき、植物をわせて作られた花のトンネル……誰かに見られようが見られまいがおかまいなく、そこでは草花はみなお互いに競い合うよう空に向かい、そのあざやかをもって見事に咲きほこる。

 しかし、バジリカの中でも特におくまった場所に位置し、他の中庭とは違ってどこにもつながらないどん詰まりでもあったため、それらを楽しむおもだった者といえば羽を休めようとしておとずれる鳥くらいなもので……人の気配けはいがあまりしない事もあってか、物音に敏感びんかん臆病おくびょうな小鳥達にとっては絶好ぜっこうのおしゃべりスポットともなっていた。


 ……そんな中庭にある、大きめの花壇かだん近くにはいされたベンチ。

 朝のお祈りはこのベンチに座り、風でさわさわとれる花壇かだんの草花を静かにながめる事が近頃のお気に入りとなっていた少女は、他には何をするでもなく……ときたまひざの上にいるクマのぬいぐるみと会話をしながらも、ゆったりとした時間を楽しむ。


「━━ねえ、ロッコ。そろそろ来るかな?」

「ああ、そろそろじゃないか?」


 そう話す少女達を知ってか知らずか……ほどなくして、いくつかの道具をかかえた一人の若い男性がこちらにやってくるのが見えた。

 足を動かすたび、浅めにかぶった麦わら帽子がやわらかな風を受けてゆらゆらとれる。


「おはよう、リリー。今日も一番だね」


 おだやかな日差しに、んだ空気。

 自分達以外には誰も居ないし、誰も来ない。

 そうした清閑せいかんな中庭にちた、朝特有の心地ここちよさのなかで……ベンチに座る少女と軽く挨拶あいさつまじえながらも、若い男性は抱えていた道具を花壇かだんそばへと降ろしていく。


 ……と、少女のひざの上に乗っていたクマのぬいぐるみが、ぴょんとそこから飛び降りた。


「よっ……と。んーーっ…………ふぅ」


 そして人目ひとめはばかることなく空に向かって両腕を突き出すと……丸みをびた可愛かわいらしい体を大きく一伸ひとのびさせてから、作業の準備をし始めた若い男性に歩みる。


「なあ、今日は何をするんだ? こうも毎日やってちゃ、流石さすがにやることも無くなってくるだろ?」

「そんなことないさ。そうだなあ、まずは……´切り戻し´からかな? これは少し時間がかかるかも知れないな」


 園芸用のハサミを取り出した若い男性が改めて花壇かだんの前にしゃがみ込めば、その背にすぐさま取り付くクマのぬいぐるみ。

 そのまま小さな足や腕を器用に使い、慣れた様子で自分の肩まで登ってくるのを待ってから……若い男性はくきなどが無駄に伸びた所為せいで、花全体の形がくずれてしまったかぶ丁寧ていねいに。それでいて、大胆だいたんととのえ始めた。


「……結構バッサリいってるけど、本当に大丈夫なのか?」

「こうする事で、もう一度綺麗きれいな花を咲かせてくれるようになるんだ。風通しが良くなって、悪い虫も付きにくくなるしね。ほら……この花は君にプレゼントしよう、ロッコ」


 若い男性はそう言うと、自分の肩越しに作業をのぞいていたクマのぬいぐるみの耳に切ったばかりの白く小さな花を一つ……すべり落ちてしまわぬよう角度をつけながら優しくし込み、やわらかに微笑ほほえむ。


「なかなか似合にあってるじゃないか」

「こ、こういうのは俺じゃなくてだな……」


 もじもじと照れくさそうに頭の白い花にれるクマのぬいぐるみを肩に乗せたまま、若い男性の握るハサミはパチリパチリと小気味こぎみの良い音を中庭にひびかせる。


勿論もちろん、リリーにも後で花はプレゼントするさ。ただ、花は花でもプレゼントするのは……´花かんむり´の作り方、だけどね」


 すぐ近くで聞こえる会話に意識を向ける事もそこそこに、空に浮かんだ不思議な動きをする雲をベンチの上からぼんやりと目で追っていた少女だったが……何やら面白そうなフレーズがその耳に届くと、花壇かだん沿ってしゃがみながらに作業を続ける若い男性へと視線を落とした。


「……´花かんむり´?」

「お、その声の感じだと今回も僕はリリーの興味を引けたようだね」


 少女に背を向けたまま、若い男性は手を動かしつつ言葉を続ける。


「一度作り方を覚えると、指輪だったりネックレスだったり……大きさを変えるだけで色々な物が作れるようになるんだ。でも、一緒に作るにはお花がそれなりに必要だから、もうちょっとだけ待っていてくれないかい?」

「うん、いいよ」


〈パチ……パチン……〉


 ハサミが音を立てるたび、若い男性のかたわらではくきを長く残した白色はくしょくの花のたばがそのかさを増し……


〈ふわり〉


 時折ときおり中庭をめぐおだやかな風が、切られたばかりの小さな花達からほのかな甘さを受け取り、そこにいる者達の顔をほころばせる。


「…………よし、これくらいあれば大丈夫かな。じゃあロッコ、立ち上がるからしっかりつかまっているんだよ?」

「おう!」


 ハサミを花壇かだんわきに置き、両手で優しく花のたばを手に取った若い男性はゆっくりと立ち上がると、いつもよりも視線が高くなった事を楽しんでいるクマのぬいぐるみと共にベンチで待つ少女へと振り返った。


「それじゃあ、さっそく作ってみようか」

「……うん!」


 ベンチの真ん中で立つクマのぬいぐるみの前には、先程さきほどまで花壇かだんで風にられていた花のたば

 それらをはさむようにベンチに腰を下ろしている二人の手中しゅちゅうにはそれぞれ花があり……見やすいよう体を少し横に向ける若い男性の手元を、食い入るように少女が見つめる。


「まずはね、右手と左手でお花を一本ずつ持って、片方をこうやってクロスさせるんだ。……そうそう、上手じょうずだよ。じゃあ次は……クロスさせた所を手で押さえながら、横になっている方のお花を縦になっている方のお花にぐるっと一回巻きつけて━━」

「うん…………うん…………」


 時には手を止め、となりに座る少女の様子を見守り……

 えて余計よけいな口出しはせず、自分だけの力で頑張がんばれるようにそれとなく少女が困っている部分を繰り返しやって見せ……

 自分の花とお手本の花とを交互こうごに見つめながら、難しそうに手を動かしている少女に合わせるように若い男性は時間をかけゆっくりと花をんでは、少しずつ花で´かんむり´を形作っていく。


「……上手うまいもんだなあ」


 ベンチに置かれていた花のたばも気付けばあとわずかとなり、二人の間でちょろちょろとしていたクマのぬいぐるみも改めて若い男性がみ終えた´花かんむり´をまじまじと見つめ、そのコントラストに思わず声をらす。

 ぐるりと円をえがくきの青さと、そこに均等に並んだ花の白色はくしょく……花瓶かびんけられた時とは違う、また別の美しさ。


「いやいや、何回か作っていれば誰でもすぐにコツはつかめるよ。くきが短いと大変になっちゃうから、なるべく長めに残しておくのがポイントだね」

「ふうん……でもよお、やっぱりこの出来できはなかなかのものだと俺は思うぞ?」

「そ、そうかな? 自分以外が作ったものなんてまず見ないし、ここには人はほとんど来ないからさ……そう言ってくれたのはロッコが初めてだよ」


 耳に入ってくる会話にはまったく参加をせずにとなりで一人、自分がみ上げてきた花を曲げたり伸ばしたりとしながら何やら考えていた少女だったが……やがて答えにいたったようで、せっかくんだ花のいくつかをするりとほどいてからクマのぬいぐるみと会話を続けている若い男性へと声をかけた。


「ねえ、くっつけるにはどうすればいいの?」

「ん……ああ、リリーはその長さでいいのかい?」

「うん」

「そっか、それなら……いよいよリリーの´花かんむり´も完成間近まぢかだね。いいかい、お花を一つにつなげるにはね━━」


 最後だけは少し難しいからと言って立ち上がり、自分の目の前でしゃがんだ若い男性からの助言じょげんを頼りに……少女はみずからの手でんだ花を使い、小さな輪を作っていく。


「ここを……こうして…………」


 そして少々不格好ぶかっこうではあったが、確かに出来上がった小さなかんむりを青い空へとかざすと……


「できた!」


 少女はそう言って、嬉しそうに顔をほころばせた。

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