031 高ぶる気持ちと膨らむ頬①

 いよいよ、その時がやってきた。


 昼のお祈りを終えたばかりという事もあってか、人々のざわめきがまだまだ強く残っている礼拝堂の一角いっかく

 そこに見えるのは笑顔をともなった´おふざけ´や、他愛たあいの無い会話で思い思いにはしゃぎ回っているバジリカの子供達と……

 どうにかその場でめ置くべく、あの手この手と奮闘ふんとうを続けるシスター達の姿だ。


「━━ねーぇ、なにをするのー?」

「つまんなーい!」

「今ね? 一生懸命に準備をしているところだから……もう少しだけ、待ってあげてね?」

「(……なあ。さっき公園の方でさ、すっげーでかいケムシを見つけたんだ! こんなとこにいるより、一緒に´つっつき´に行こうぜ?)」

「(……ほんと!? いくいく!)」

「そこっ! コソコソしない! 私には全部、ちゃ〜んと聞こえてるぞっ!」


 周囲のみにおさまらず、やや離れた場所で後片付けにいそしむ修道服姿のドールをも次々と巻き込んでは広がっていく……そんな彩色さいしょくゆたかなにぎやかさにおいて、それは一つだけ。

 何やら、納得なっとくがいかないといった様相ようそうの言葉が聞こえてくる。


「なんで? ……どうして? もう始まってるよ?」


 道化市どうけいちが始まると言えど、街全体と密接みっせつな関わりを持つバジリカにはおもだった休日は無い。日常的な職務は勿論もちろんのこと、これからはさらにそれが多忙たぼうとなることも懸念けねんされるため……

 流石さすがに全員での行動は難しく、まずは子供達を数グループに分けてから引率いんそつとなるシスター達を一人ずつ振り分け、数日をかけてそれぞれで見て回る。


 ……以上が、シスタースズシロのはっした説明の大まかな内容であった。


 そのため、お祈りが終わった時点で自分は真っ先に行けるものだとすっかり思い込んでいた少女は、大好きなクマのぬいぐるみを小脇こわきかかえ、自身の頭に付けた´赤い双葉ふたば´をふりふりとらしながら大層たいそう立腹りっぷくな様子。


「……ごめんなさいね、リリー」


 一体のドールをそばに置き、あらかじめ用意をしていたであろう木製のボードにいくつかの紙を張り出していたシスタースズシロはそう言うと、申し訳無さそうな顔をして少女に振り返る。


「私達にはおつとめがあるから、一人ずつしかついていってあげられないの」

「でも……!」

「それに……もし全員で道化市どうけいちを見に行って、この場所が留守るすになってしまったら? ……何かお願いやお話があって来てくれる街の人達が、みんな困ってしまうでしょう?」

「…………。……わかった」


 しょんぼりとして、その顔をうつむかせる少女。

 シスタースズシロにも初めて見せるような……とてもひかえめな駄々だだ

 それをしたところで、´世界´が自分にとって都合つごう良く変わったりはしてくれないということなど……


 少女が一番、知っているのかもしれない。

 少女は一番、分かっているのかもしれない。


「ですが……」


 口数くちかず少なくクマのぬいぐるみの頭をでる少女に、シスタースズシロは少しだけ微笑ほほえみ……言葉を続ける。


道化市どうけいちを誰よりも楽しみにしていたのは、まぎれもなくリリーですもの」


 小さく顔を上げた少女の前に差し出される、両手におさまる程度の小振こぶりな箱。

 上部じょうぶには手を入れるための穴があき、時折ときおりらされる箱の中からはカサカサと紙がれるような音が聞こえる。


「みんなよりも先に、少しぐらい特別があっても……ね? 何が出たとしても、´うらみっこ´は無しですよ?」


 ボードに張られた紙には様々な色で丸印まるじるしえがかれ、その下それぞれには三本の線。色が道化市どうけいちに向かう順番・日程を表しており、必ず一人はシスターが同行する事を加味かみすると……おそらく、初日のわくは残り二名。


「…………」


 少女はそれを食い入るように見つめた後、クマのぬいぐるみを片手にゆっくりと箱の中へ手を伸ばし入れ……最初にれたとおぼしき小さめに折られた一枚の紙を、緊張した様子で静かに自身の胸元へ。


「…………」


 そして、難しい顔のままに紙を開いていく少女の不安げな横顔が……

 にわかに。明るさを見せたかと思うと、箱を持つシスタースズシロに向けて嬉しそうに紙をかかげて見せる。

 少女やクマのぬいぐるみと同じ、おそろいの色。

 折り目によって多少ゆがみながらも……そこには初日を表す赤い丸印まるじるしが、しっかりとえがかれていた。


「あら……おめでとう。きっと、御使みつかい様がリリーのお願いをかなえて下さったのね」

「……! 聞こえた? 一番だよ、ロッコ!」


 クマのぬいぐるみを抱きしめ、そう言葉をかけている少女の前で……シスタースズシロは誰にも気付かれぬよう、持っていた小振こぶりな箱の中へと折りたたまれたいくつもの紙のたばをそっと隠し入れる。


「あとは…………そうね、目の前にいる´一番さん´にお願いをしてみようかしら」

「……? お願い?」

「ええ。この箱をみんなのところに持っていって、さっきと同じように一枚ずつ……他の子達にも紙を引いてもらいたいの。お願いできるかしら、´一番さん´?」


 ´一番さん´じゃなくて、私はリリーよ。

 そんな決まり文句もんくの様ないつもの言葉も口からは音として出て来ることがなく、むし何故なぜだか不思議ふしぎと気分がいい。


「うん、いいよ」


 道化市どうけいちせる期待感に背中を押され、結果として一番という立ち位置となった事に対する満足感や充足じゅうそく感がそれに続く。


「それじゃあ、お願いね?」


 機嫌きげん良さげに紙の入った箱を受け取り、こちらに背を向けて離れていく少女を見送るシスタースズシロが再び木製のボードにその体を向けると……


「お師匠様お師匠様っ」


 一連いちれんの流れを見ていたのか、入れ替わる形で今度は子供達の相手をしていたはずの若いシスターが近づき、声量せいりょうひかえめに言葉をかけてくる。


「´今の´ってもしかして、最初から一番乗りの紙しか入れてなかったり……ですか?」

「あら、何の事かしら。あれは御使みつかい様がかなえて下さったの。……それだけよ?」

「もうっ。お師匠様ったら、本当にリリーには甘いんですからぁ~」


 箱の中からそれぞれで紙を引き抜いては、一喜一憂いっきいちゆうを見せる子供達の側で楽しそうに顔をほころばせている少女の様子をながめながら……二人はそうして、静かに笑い合っていた。


 やがて━━


 道化市どうけいちにおける子供達全員の順番・日程が決まり、残るシスター達も割り当ての関係から各々おのおのが数回。同様の要領で、新しく紙を追加した箱の中に手を伸ばす。


 ……くじ引き。

 この行為こういに対して、確率論を持ち出す者が識者しきしゃになればなるほど出てくるのかもしれない。

 しかし、結局のところはそのほとんどが運という、何にもまさ厳正げんせいな組分けがおこなわれた結果……


「…………」

「えへへ、よろしくねリリー」


 ニコニコと笑い、目線を合わせるようにしゃがんだ若いシスターのとなり

 彼女が自身の人差し指をツンツンとさせている先では……クマのぬいぐるみを胸にいだいた少女がムスリとした表情で両のほおふくらませ、そこから何度空気がれ出ようとも変わらない´お気持ち´の表明ひょうめいとして、そのほおふくらませ続けていたのであった。


━━━━━━━━━━


「さてと……あっちの準備が終わる前に、私達もパパッと済ませちゃお~!」


 礼拝堂からは然程さほども離れてはいないのだが、街の人達が頻繁ひんぱんおとずれるそちらと比べ……日常的にそこを通るのは修道服姿のドールやシスター達の様な、バジリカに属する者くらいに限られた通路。似たような扉がいくつか並ぶ、そんな通路にもうけられた部屋の一室。

 普段の業務とは使用用途ようとことなる物が集まった実質的な保管庫……と言えば聞こえがいいが、実際の姿は色々な物がその時々で管理を任された者によって仕舞しまう場所が無作為むさくいに変えられるという魔の物置なのだ。

 そしてもちろん、この部屋の管理担当はこちらにいる若いシスターである。


「ふんふふ〜ん…………あれ、ここじゃなかったか〜」


 道化市どうけいちに向かうための支度したくという名目めいもくで、いまだにむくれたままとなっている少女をどうにか部屋にまねき入れた若いシスターはそなえ付けられた姿見すがたみの前に少女を置き、あちらこちらと体を動かしながらにひとり言を繰り返す。

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