032 高ぶる気持ちと膨らむ頬②

「う〜ん、これはリリーには少し大きいし……。こっちの箱は男の子用かぁ……え〜っと、確かどこかにまとめて……」


 ´お下がり´であったり、寄付であったり。主にバジリカで暮らしている子供達のための衣服や小物等が多数収められているこの部屋……少女が以前に使用した、子供用のケープもここから持ち出された物の一つとなる。


「むむむ〜…………ん?」


 目についたたな、引き出し、箱をかたぱしから開けはなち、室内を´しっちゃかめっちゃか´とき回していた若いシスターの目に、鏡越かがみごしでクマのぬいぐるみをいだいた少女の姿がうつる。


「おやおやぁ~? これからとびっきりのオシャレをするっていうのに、´ほっぺ´をふくらませたままじゃあ折角せっかくの可愛いお顔が台無しだぞ~? ま、そんなリリーも私は大好きなんだけどっ!

 ……とは言え、私はいつものコレかぁ~。あ、でもでも? コレはコレで……意外と気に入ってたり~?」


 ウキウキとはずみながら一人でしゃべり続ける若いシスターは、いつも着ている修道服の太もも側面そくめんあたりを左右でつまみ上げ……ドレスを着た貴族のように、その場でヒラリ。

 そのまま、頼まれたわけでもないのに少女とクマのぬいぐるみに向かって決めポーズのサービスだ。


「……おっと。主役のほったらかしはいけませんな! ようし、リリー。まずはお化粧けしょうしよう、お化粧けしょう!」

「ううん、このままで大丈夫」

「ええ~! もったいな〜い! ……頬紅ほおべにをつけるでしょ? ´おませ´に口紅くちべにもつけちゃったりして? それからそれから……」


 ふるふると首を横に振っている少女はお構い無しに、若いシスターは目をつぶり、あれやこれやと頭の中に想像をえがいていく。


「やっぱりぃ、色は薄めでめるべきかぁ? えへ、えへへ……」

「リリーはいいの。……ロッコならしてもいいよ?」

「(!?)」

「ん……? ロッ……コ?」


 よだれがれてきそうなほどに顔をゆるませる若いシスターだったが、頭の中のイメージが少女からクマのぬいぐるみに切り替わった事でその顔はしかまり、低くうなりを上げ始める。


「う〜ん……ロッコ…………う〜〜ん……」


 ……まさか! 突然に飛び出た思いも寄らぬ提案を聞き、千切ちぎれんばかりに黒く´まあるい´頭をぶんぶんと激しく横に振っては、自分をかかえる少女へ拒否きょひげようとこころみるクマのぬいぐるみ。

 されど、願いが届くよりも先に……必死すぎるアピールは、はたと止まった。


「…………ふう。なるほど、ロッコも´アリ´……か」


 頭の中で何を見たのか若いシスターはそうつぶやき、ゆっくりとひらかれたひとみが少女の腕に収まる可愛らしいクマのぬいぐるみをとらえたからだ。


「…………」

「(…………)」


 こうなってしまっては、最早もはやすべはない。

 声を上げる事も出来ず……体を動かす事も出来ず……

 至極しごく一般的なぬいぐるみとして、おのれされたつとめをまっとうするのみ……


「うん、うんうんうん。……よし!」


 やや離れた位置に立つ若いシスターは片目を閉じて右左みぎひだり指尺ゆびしゃく目測もくそくし、確認するかのように何度かうなづくと……すぐ後ろにある洋服けへと上半身を突っ込み、奥の奥から何かを引っ張り出そうとモゾモゾゴソゴソ。


「(こ、ここまでか……)」


 あきらめも半分……クマのぬいぐるみが覚悟を決めて自身のすえを見届けようとしているなか、数多くけられる子供服のあいだから体を戻した若いシスターの右手がにぎっていた物に。自然と、注目は集まる。


「(??)」

「小さい……カバン?」

「そう、カバン。これはね、ポシェットって言うの」


 クマのぬいぐるみと同様、頭にハテナをかべる少女に自慢じまんげな様子で若いシスターが続ける。


道化市どうけいちは人がいっぱい来るから……もし、ロッコを落としちゃったらとっても大変なの。人の影にもれて、すぐに見えなくなっちゃうんだからっ」


 わずかにくもる、少女の面持おももち……

 生まれたばかりのそんな小さな不安を取り払うよう、消し去るよう、若いシスターは明るく笑う。


「……そ・こ・でっ! ロッコをこのポシェットに入れて、リリーが肩からけていれば落とすことも無いから安心安全! おまけに、いつも以上に可愛い!」

「安心……」

「リリーだって、ロッコとはなばなれになんかなりたくないでしょ?」

「うん……」

「んふふ、なら決まりね!」


 返事を確認した若いシスターは嬉しそうに飛びね、さっそくと少女の肩には先程さきほどのポシェットがかる。

 ななめにけられたポシェットは少女が身に着けている服と色味いろみが近く、派手はでさは無いが存在感までが薄いというほどでもない。

 少し縦長たてながで、少女が持つには大きすぎる様な印象いんしょうも受けるが……確かに、これであればクマのぬいぐるみはすっぽりと収まりそうだった。


「ん~……このぐらいかな? ほらほら、ロッコを入れてみて?」


 様々な角度から少女をながめ、かばん部分から伸びるひもの長さに逐一ちくいちの変更を加えていた若いシスターはそう言って少女の両肩に手を置き、後ろからほおせ、共に目の前の姿見すがたみへと視線を向ける。

 腕の中にいるクマのぬいぐるみと、肩から下げたポシェット。鏡にうつった少女は、どことなく不安そうにそれらを交互こうごに見つめていたが……


「…………」


 最後に、鏡の中でも変わらずに微笑ほほえむ若いシスターの顔を見て……´おずおず´と、ポシェットの中にクマのぬいぐるみを収めていった。


「か〜んぺき! ああ、もうっ……かわいすぎるっ!」


 ちょっと大きなポシェットから、まん丸な顔と両腕を出しているクマのぬいぐるみ……

 そのポシェットを肩から下げ、胸元でななめにかったひもをそれぞれの手でギュッとにぎりしめるあいらしい少女……


 突如とつじょとして現れた天使の姿に、若いシスターはたして耐える事が出来るのだろうか……いや、出来るはずもない。


「このまま誰にも見せずに……リリーをひとめにしたいっ! でも、この可愛らしさをまわりに見せびらかして自慢じまんもしたいっ……。ああ、これはきっと私に対する御使みつかい様からの試練……。ああっ、ああっ……!!」


 モジモジと興奮に身をよじらせている若いシスターをよそに、少女は出会ったその日から片時かたときも離す事なく胸に抱いていたクマのぬいぐるみがポシェットへと移動し、久しぶりに´フリー´となった両手を見つめる。

 そこにはさびしさがつのるのか……少女は一人、両手を´にぎにぎ´とさせていると……


〈トントン〉


 入り口のとびらが叩かれ、若い女性が姿を見せた。

 見た目の年齢的には少女と女性のあいだ……といったところなのだろうが、物静ものしずかでどこか大人びた立ち振舞ふるまいが彼女を少女としてではなく、女性と感じさせている理由の一つなのかもしれない。


「お待たせしました」


 会釈えしゃくのためにペコリと下がる若い女性の頭に、向日葵ひまわりした髪飾りがキラリと光る。


「ジャストタイミ〜ング! こっちも丁度ちょうど、リリーの準備が終わったところっ! もっと色々としたかったんだけど、今回は時間切れかぁ〜……ちぇ〜っ。……んでは、私はお師匠様に出発の報告をしてくるから、二人は先に大聖堂の入口で待っててね!」


 そう言って部屋から遠ざかっていく若いシスターの足音は何故なぜか再びい戻り、頭だけをとびらから出すなり……


「置いてったら泣いちゃうからね! ……ホントなんだからねっ!」


 何度も何度も言葉を付けし。ねんを押し。

 そして、足音を響かせながらに通路を大急ぎでけていくのだった。


「━━それじゃあ、私達は入口に行きましょうか」


 さわがしさがぎ去った後の室内で、向日葵ひまわりの女性が言葉と共に目線を下げれば……そこにあるのは、小さな少女のかぬ顔。


「うん……」


 心在こころあらずな返事を口からこぼし、自身の両手を´にぎにぎ´と動かしている姿。

 向日葵ひまわりの女性は何かを思い返すかのようにふっと微笑ほほえむと……目の前でしゃがみ、優しくその手をかさねる。


「大丈夫よ、リリー。……大丈夫」

「…………」


 流れる時間。少しだけ、必要な……大切な時間。

 やがて立ち上がり、自分に向けて差しべられた手に少女はうなづく。手を動かし、指をわせる。


〈キィ……パタン〉


 とびらひらき……静かにまり。


道化市どうけいちでは何が待ってるんだろうね? 両手がいてるといろんな事が出来るから……今から楽しみだね、リリー?」

「……! ……うん!」


 右手がポシェットに収まったクマのぬいぐるみのやわらかさを確認し、左手にはつないだ先から伝わってくる確かなぬくもりを感じ。

 気付けば、いつの間にか笑顔が戻っていた少女の足取あしどりが……大聖堂へと続く昼の通路を、かろやかにみ鳴らしていた。

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