033 高ぶる気持ちと膨らむ頬③

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 大聖堂の入口。

 街の中央に位置するバジリカ全体としても、正面入口としょうされている場所にめんしたこの大きな通りは……あいも変わらず、道化市どうけいちへと向かう人々の流れがとどまることを知らない。


 右から左……右から左……

 さからう者無く歩みを続ける足並み。期待にちた、一様いちようの横顔。


 ああ、これから自分も一緒になって道化市どうけいちに向かうんだ……!

 そう思うだけで少女の胸は高鳴り、目に入る物全てが何だか楽しそうにうつる。


「おっまたせ~! さあ、いこ~……って、あ〜〜っ!!」


 キョロキョロ。ソワソワ。

 思わず、その場で足踏あしぶみを始めてしまいそうなほどの少女の耳に……その声が届いた時には。


「ずるいっ、私も私も!」


 ……すでに。

 少しだけ遅れてこの場所にやってきた若いシスターの左手が、いていた少女の右手を有無うむを言わさずしっかとにぎりしめていたのであった。


「━━う……歩きにくい……」


 ぎこちない動きでそう口をとがらせる少女は、若いシスターと向日葵ひまわりの女性にはさまれ……両名りょうめいから手をつながれたまま、道化市どうけいちに向かうための大きな通りを進んでいく。


 いくつもの支流しりゅうが合わさってはやがて巨大な河川かせんへと変化をしていくように、通りを流れる人の波は肥大ひだいを続ける。

 それらの一部となり、周囲から寄せられるこのましい雰囲気ふんいきに自然と笑顔をこぼしながらもゆったりとあゆみを進める三人の少し前方ぜんぽうで……ふと目に止まった、こちらと似たり寄ったりな家族連れ。


 見るからに力自慢じまんな男性と、となりい歩く細身ほそみの女性……

 そして、両親の間にわざわざ割って入り、みずから手をつないでとせがむ男の子。


(歩きにくいだけなのに……)


 少女のそんな思惑おもわくとは裏腹うらはらに、視線の先では男の子が不思議ふしぎと笑顔をのぞかせていたし……時折ときおりすれ違う人々は決まって、難色なんしょくを示している自分の姿に何故なぜかニコリと微笑ほほえむのだ。

 本来であれば、楽しみで仕方しかたがない道化市どうけいち

 しかし、少女にはさらなる懸念けねん材料があった……


「あっ……見て見て、前の人達も私達と同じだね!」


 いつにも増して、浮かれに浮かれている若いシスターの存在である。

 ルンルンというような擬音ぎおんが口から出ていそうなまでのその動きは、つないだ少女の右手を上下左右と思うがままに振り回すのだから迷惑めいわくきわまりない。


「本当ですね、私達も家族みたいです」

「何言ってるのさ~私達は家族だよ、か・ぞ・く! 何も変わらないんだから~……ほらっ!」


 話に乗ってきた向日葵ひまわりの女性に向け、若いシスターはヒゲのつもりなのか自身のかみを三つ指でつまむと……そのまま、鼻の下へと押し当て言葉を続ける。


「うおっほん! ……私はお父さんじゃ。よいか、自分のした事は必ず自分に返ってくる。良いことをすれば良いことが、悪いことをすれば悪いことが返ってくる。

 で、あるからこそ。自分以外の全てに対しては、最大の愛でもっせっしなければならないのじゃ。……よいな?」

「そのしゃべり方は……どちらかと言うと、お爺さんなのでは?」

「あれ? あはは、違ったか~。まあ、今のはお師匠様からの受け売りなんだけどね~」

「…………。家族……」


 けらけらと笑う若いシスターの声の後ろに隠すかのよう、ポツリとはっせられた少女の小さなつぶやきは……徐々じょじょに大きくなり始めていた周囲の雑踏ざっとうがすぐさま飲み込み、余韻よいんを残す間もなくき消していた。


 ……そうこうしているうちに見えてくる、街のうちと外とをつなぐ石造りの重厚じゅうこうな門。

 少々特殊な形状をしているこの門は街全体を囲っている壁よりも門の部分が突き出すように造られており、それは短い通路と言っても過言かごんではない。

 分厚い壁と同様、その充分すぎる幅の広さから門の内部には衛兵えいへい達の簡易かんい的な詰所つめしょや、荷物の一時預かり所などがあるほど。


 街の外で開催かいさいしている道化市どうけいちへ、これから向かう人。帰ってきた人。

 大量の商品が詰め込まれた荷馬車に、増員された警備用ドール……

 みなそれぞれが一堂いちどうかいするこの´通路´には……あんじょうにぎやかさが一つのかたまりとなって存在していた。


「うわっ、まだ外に出てないのに……この人の数っ!」


 門前もんぜんに集まっていた予想以上の人だかりに、思わず言葉を口にする若いシスター。

 警備の都合つごう上、街の出入りをするさいには衛兵えいへいからの軽い問答もんどうを受ける決まりがあるのだが……いつも通りの簡単な内容であっても、今はこの状況だ。

 街の安全をにな衛兵えいへい側も警備用ドール達をフル稼働かどうさせ、人の流れをとどこおりなくさせようと努力はしているものの……

 続々と並んでいく人の姿は一向いっこうに減らず、好転こうてんをするようなきざしも見えない。


「どうしよう、このままじゃ時間が……」

「さすが初日……ですね」

「ちょ、ちょっと作戦……作戦タイム!」


 若いシスターのその言葉にならってにぎやかさからは少し距離を置くと、日差しをけてか近くの街路樹がいろじゅもとに移動をする三人。


「う〜ん……」

「どうしましょうか……」

「う〜〜ん……」

「ねえ、並ばないの?」


 自身の前を横切っては、門から伸びる長蛇ちょうだの列に次々と吸い込まれていくいくつもの後ろ姿。それらをしきりに目で追いかけていた少女が、我慢がまんを出来ずにそうたずねると……


「むむむむ…………そうだっ! あの手があった!」


 腕を組んで難しい顔を見せていた若いシスターは手をポンとたたき、ニッと笑って振り返った。


「二人はちょ〜っとここで待っててね、すぐに戻ってくるからっ!」


 そうして若いシスターは急いで身形みなりととのえ始め、見たことのないような御淑おしとやかさを作り上げ……´しゃなり´、´しゃなり´。ねらいをさだめた手隙てすき衛兵えいへいの元へ、おくゆかしげに歩いていく。


「━━ごきげんよう、衛兵えいへいさん」

「おや、これはこれはシスター。こんな場所までどうされました?」

「実は……今、街の外には道化市どうけいちというものが来ていますでしょう? 良い機会ですので、うちの子達にも是非ぜひ見せてあげたいと思っておりますの」


 うながされるまま、衛兵えいへいは少し離れた場所にいる少女達の方にチラリと視線を向ける。


「……ああ、シスターもそちらに御用ごようでしたか。では、外に向かう列はこちらの━━」

「い、いいえ……お待ちになって、衛兵えいへいさん! わたくし達の素性すじょうは約束されておりますし、何よりこの人だかり……。ですから、少しだけ融通ゆうづうをして頂ければと……その…………バ、バジリカの考えでして」

「……! なんと、シスタースズシロのお考えでしたか!」

「えっ!? え、ええ……そうですの。お、おほほ……」

「ふむ……。ですが、バジリカ側からの連絡はまだ何も━━」

「こ、この時期でしょう? わたくし達もとても多忙たぼうで……連絡が少々、遅れているのかもしれません……」

「……なるほど、そういう事でしたら!」


 ━━少しだけ暗い、街の外へと続く幅広はばひろな´通路´。

 すれ違う人々の表情はみな晴れやかで、笑顔を見るたび、笑い声を聞くたび……少女の口元はほころんで、体からは喜びがにじみ出る。

 やがてりょうまなこが薄暗さに慣れ始めたかと思った、その時。目の前の視界は大きくひらけ、光と共にそれは現れた。


 離れていても分かる、想像よりも大きな天幕てんまくが張られた中央の舞台。

 花形はながたを取り囲むようにして所狭ところせましとひしめき合う、多種多様な露店ろてん

 いたところ黒山くろやまを作り、様々な芸を披露ひろうしては人々を魅了みりょうさせ続けている無数の道化どうけ

 そして、見渡す限りの……人、人、人。


 人口の少ない他の地域からも沢山たくさんの人が見物けんぶつおとずれているのであろう、数多くの乗り合い馬車が客を乗せてやって来ては……新たに客を変え、すぐさま去っていく。


 ……これこそが、道化市どうけいち

 普段から見慣れている市場いちばにぎわいとは全てにおいて、そのスケールが違っていた。

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