010 窓際の向日葵

 立ち並ぶいくつもの本棚。そこに収まる、ジャンル毎に分けられた無数の本。おとずれた人々はみな口を閉ざし、余計な物音を立てぬよう注意を払う静かな空間。

 そんな中において、胸にクマのぬいぐるみをいだいた少女は一人……難しそうに小さく声をあげながらも入口付近に置かれた横幅のある棚の前にて、その眉間みけんっすらとしわを寄せていた。


「うーん……」


 司書ししょになうドールによってまだジャンル分けをされておらず、取りえずといった形で仮置かりおきされているそれらを手に取っては……表紙をながめ、パラパラと中をめくり、面白そうなものは無いかと少女は目を走らせる。


「これ……と、こっちは……んー……」


 少女の小さな身体からだでは一度に持てる数に限度があり、次にこの場所に来た時にはすでに他の人が持っていってしまっている可能性もある。

 そのため、多少の時間をついやしてでも最初の選択と吟味ぎんみが重要となってくるのだ。


「あとは……これも…………ん……しょ」


 そうして選ばれたえある者達はクマのぬいぐるみと共にその小さな胸にしっかりと抱えられ、少女がお気に入りとしているいつもの場所に向かい旅立っていく。


 ……ここは大図書館。

 二階建てからなるこの建物はバジリカの中でも古い部類であり、老朽化ろうきゅうかおぎなうために幾度いくど修繕しゅうぜんほどこされながらも、昔と変わらない存在感でその重厚じゅうこうたたずまいを現在いまに伝えている。


 一階中央部分では、上階へと続く歴史を感じさせる幅広はばひろな階段がおとずれた者の目を引き、その手前には読書を楽しむ人のためにもうけられた長机や椅子の数々かずかず

 階段の上部を含んだ二階中央は大きく吹き抜けとなっており、階下にある読書スペース全体を見渡せるようなつくりとなっている。

 また、窓際で日当たりの良い場所には小さめの机と椅子が別途べっと用意され、人目を気にせずに本の世界へと没入ぼつにゅうする事も出来た。


 胸に抱えたクマのぬいぐるみや本を落とさないよう、やや時間をかけて慎重に階段を上り……少女が足を向ける、いつもの場所。

 二階の一番奥に位置し、ちょうど建物の角にあたる窓際のその席には、向日葵ひまわりの髪飾りをつけた若い女性がこちらに背を向ける形で静かに座っていた。


「こんにちは、リリー」

「こんにちは」


 足音に気が付き、持っていた本を開いたままにそう挨拶あいさつをする若い女性。

 少女はそれに言葉だけで返すと、抱えていた本を少し重そうにしながら机の上に置き、クマのぬいぐるみと共に向かい合うようにして椅子へと腰かける。


「今日はどんな本を持ってきたの?」

「絵がいっぱいの本。まだ、誰も見てないの。これも……これも……誰も見てない」


 そのまま言葉を続ける若い女性に大図書館へ寄贈きぞうされたばかりの本を見せ、自分が一番乗りだといった顔で自慢げに少女はアピールをする。


すごいわ、読み終わったら是非ぜひ私にも見せてね」

「……いいよ、リリーが読み終わったらね」


 そう言って一旦いったん会話を切り上げた少女は、まるで自分の膝の上にいるクマのぬいぐるみへと読み聞かせるように、ゆっくりと本を読み進めていく……


━━━━━━━━━━


 むかしむかし……ある丘の上に立つ、大きな大きなおうちのおはなし。


 そこでは、お母さんと沢山たくさんの子供達が毎日仲良く、にぎやかに暮らしていました。


 いつも優しいお母さんは子供達全員をとても可愛かわいがり、色々な事を学ばせ、立派な大人にしようといつも一生懸命。


 ですがある時、子供達の中でも特にやんちゃな三人の娘達がそんなお母さんを困らせようと悪戯いたずらを考えます。


 最初の悪戯いたずらは、´おいかけっこ´でした。


 ぴょんぴょんとね回ってはウサギの様に逃げる娘達を追いかけながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったり……お母さんはもう、くたくたです。


 次の悪戯いたずらは、´かくれんぼ´でした。


 今度こそはとお母さんは他の子供達にもお願いして皆で探そうとしましたが、場所をコロコロと変えながらも小さな隙間すきまを使って上手じょうずに隠れる娘達を見つける事は、他の子供達にとっても簡単ではありません。


 そして娘達は最後の悪戯いたずらとして、お母さんの部屋の奥にある鍵のかかった扉の先へと行く方法は無いか考えます。


 そこは、普段からお母さんに入っては駄目だめだと何度も言われている場所でもありました。


 他の子供達を上手うまく使い、お母さんがあわてて部屋から出ていった事を確認してから、足音を立てないようにこっそりと中に入る娘達。


 机に置かれたままとなっている鍵を手に、急いで奥の扉へと駆け寄ります。


 カチリ…………キィ……


 そう音を立てながら開いた扉の先には……とてもとてもキレイな、様々な色に光る、一つの宝物がありました。


 思わず足が止まり、まばたきをするのすら忘れてしまっている娘達を、いつの間にか戻って来ていたお母さんが後ろから優しく抱きしめます。


 そんなお母さんの腕の中で、娘達は口々にその宝物について聞いたり欲しがったりしましたが……悪戯いたずらをするような子は悪い子です。


 ようやく捕まえることが出来てほっとしたお母さんは、娘達を強くしからない代わりにばつとしてこれからは力を合わせて三人で畑を守り、育てていく事を言い付けました。


 ━━その後、反省した三人の娘達は言われた通りにそれぞれで土をたがやし……種をき……水を与えていきました。


 やがて畑は、様々な色をした野菜や果実かじつ一面いちめんみのらせます。


 朝日をびてキラキラと輝くそれらの姿は、あの日三人が欲しがった物よりもさらにキレイで……心をワクワクとさせて離さない、とっておきの宝物となったのでした。


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「……おしまい」


 本を声に出して読んでいた少女は最後にそう言うと、何かを確かめるかのように膝の上でお話を聞いていたクマのぬいぐるみの顔をのぞき込んだ。


悪戯いたずらはしちゃ駄目だめ、ってお話ね」


 机をはさみ、静かに少女の読み聞かせに耳をかたむけていた若い女性は、自身の感想を分かりやすい言葉を使って口にする。


「でも……」


 しかし、その言葉を聞いた少女は何やら少し不思議そうな様子。


「部屋にこっそり入って見つかっちゃったことと、誰にも見せないように宝物を隠してたこと…………最後は、どっちの方が悪いのかな?」


 クマのぬいぐるみを持ち上げ、黒くまあるい顔と見つめ合いながらに少女はそう答えるのだった。


「確かに……初めからお母さんが宝物を隠していなければ、三人の子達はこっそり入る必要もなかったのね……」


 うーん、と難しい顔をしながら、若い女性はそう言って首をかしげる。


「でも、リリーはすごいのね。私はそんなこと……少しも思わなかったわ」


 そして言葉を言い終わると、途中までしか読んでいないであろう本を……何も言わず、パタリと閉じた。


「また……」


 次はどの本を読もうかと迷っていた少女は、閉じた本を机へと置いた若い女性を見て小さくいを投げかける。


「また、最後まで読まないの?」

「……えっ?」


 若い女性は少し驚いたようだったが、どこか寂しそうな目をして続けた。


「…………最後まで読んじゃったら、必要が無くなっちゃうでしょう?」

「……? ……必要?」

「え……? あ……えっと……そう。それにね、最後まで読まなければ物語のラストを自分好みで自由に作れるじゃない?」


 言葉を言い直し、ニコリと笑った若い女性の髪をいろど向日葵ひまわりの飾り。

 窓から差し込み始めた西日に目を細め、髪飾りと共にオレンジに染まったその横顔には……かすかに、うれいがびているようにも感じられた。


〈ゴーン……ゴーン……〉


 少女が三冊目の本を読み終わった頃、夕方をげる大聖堂の鐘が辺りに響く。


「……そろそろ向かいましょうか」


 若い女性はそう言うと立ち上がり、本を片手に使っていた椅子を元へと戻し……


「うん」


 続く少女も本の半分を持ってもらい、残りをクマのぬいぐるみと一緒に抱えると……夜のお祈りに参加するべく、一階への階段に向かい二人は歩いていった。

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