011 オバケのうわさ①

 大図書館から礼拝堂へと二人でやって来た少女は、少し奥に座るという向日葵ひまわりの髪飾りを着けた若い女性と別れ……夜のお祈りが始まるのを待ちながらも、いつもの様に最前列の長椅子にその腰を落ち着ける。

 すると、さま飛んでくるのが後ろの席からの声だ。


「なあなあ。リリー、知ってるか? 今、この街にはオバケが出るんだってさ!」

「……オバケ?」


 むしろそれがお約束といったていで少女が座る前列へとその身を乗り出し、やんちゃそうな少年は楽しそうに話を続ける。


「そう、オバケ! 色んな人がうわさしてるんだ!」

「オバケに会いたいの?」

「……? そりゃそうだろ? 一番先にオバケを見つけてさ、俺の子分にするんだ!」

「ふうん……」

「なんだよリリー、興味ないのかよー……つまんねーなあ」

「暗いとこは……イヤ」

「おっ、そう思うじゃん? なんとこのオバケ━━」


 抱えていたクマのぬいぐるみをでながらあまり関心をしめさない少女に、この興奮をどうにかして伝えようと思わず立ち上がった少年の頭を……祈りの言葉をささげるため、時間通りに礼拝堂へとやってきたシスタースズシロがため息じりにペシリと叩く。


「もうっ……ほら、周りをごらんなさい? 皆さんはちゃんと静かに座っていますよ。勿論もちろん、それはあなたにだって……出来るわよね?」

「…………。……ちぇーっ」


 礼拝堂内をぐるりと見渡した後に、口をとがらせつつも大人しく自分の席へと腰を下ろす少年だったが……シスタースズシロのすきを見るやいなや、すかさず少女の耳もとに顔を近づけると小さく口を動かした。


「(姉ちゃんにオバケの話、聞かせてもらう約束なんだ。リリーもさ、これが終わったら食堂に来いよ!)」


━━━━━━━━━━


「━━で、この後は当然とうぜん食堂に行くんだよな?」


 長い一日において最後の日課となる夜のお祈りが終わり、閑散かんさんとし始めた礼拝堂内で……少女の膝の上に座っていたクマのぬいぐるみは、動く姿を他の人に見られないよう注意をしながらそう言って振り返る。


「ロッコ、聞きたいの?」

「リリーは気にならないのか? この街じゃ全然聞かない話だし、なんたってオバケはまだ見たことがないしな!」

「うーん……」


 オバケという言葉には何かをり立てる力があるのだろうか……クマのぬいぐるみはその小さな腕を一つに合わせ、必死な様子で少女へと頼み込む。


「なあ、頼むよリリー……つまらなかったらすぐ帰ってもいいからさぁ」

「んー……そんなに行きたい?」

「行きたい行きたい! 食堂に行ってさ、俺だけをそこに残す感じでもいいからっ……!」

「むぅ…………わかった。でも、ロッコを置いてくのはやだ。リリーも一緒に聞く。だから、聞いてる間はじっとしててね?」

「おうっ! ありがとよ、リリー!」


 努力の甲斐かいもあってか、無事に願いを聞き入れられたクマのぬいぐるみが嬉しそうに言葉を返す。そして、自分から少女の腕の中に収まると……


「さ、はやく行こうぜっ」


 長椅子から立ち上がったばかりの少女を、そのつぶらな二つの瞳で見上げながらにそうかすのであった。


 礼拝堂から離れ、廊下を抜け、大聖堂を通り……

 食堂までの道すがら、腕の中にいる嬉しげなクマのぬいぐるみから伝わってくる……ほんのりと温かな感覚。

 それはとても不思議なもので、あまり興味をいだいていなかったであろう少女の気持ちを少しずつかたむかせ、知らず知らずのうちにそのほおはふわりとゆるんでいく。


「……きたきた」


 先にその場に来ていた少年が、食堂へと入ってくる少女の姿を見るなりニッと白い歯を見せる。


「何だよ、やっぱリリーも気になるんじゃーん!」

「話が途中だったから来ただけ。……気になったのは、ロッコだから」


 ふざけた様子でからかう少年に少女は少しだけ顔をしかめると、抱いていたクマのぬいぐるみをぐいっと前に突き出す。


「おっ、さすがロッコは違うなあ! 何よりもまずは、オ・バ・ケ……だよなっ?」


 そんな少女を気にもめず、少年はそう言いながら言葉に合わせるように自身の眼前がんぜんにあるクマのぬいぐるみの小さな腕に向け、嬉しそうにグータッチをしてみせた。


「お待たせ〜……あっ、リリーも来てたの?」


 しばしのいとまて……足音と共に聞こえた声に振り返れば、そこには若いシスターの姿。


「姉ちゃん遅いぞ!」

「これでも急いだんだから〜! (本当はまだ終わってないんだけど……)」

「……ん? 姉ちゃんなんかいった?」

「なんでもないです〜!」


 自分の事をしたしげに姉ちゃんと呼ぶ少年に、普段通りの気さくな受け答えをしながら、若いシスターは小脇こわきに抱えていた本をよいしょとテーブルの上に置く。

 そして、そのままテーブルをはさんで二人の向かい側に座り……少しを空け……


「さて」


 そう短い言葉を使うと、その場の空気を切り替えた。


「……例の物を」


 そう言って右の手のひらをテーブルの上へと差し出し、じっと少年を見据みすえる若いシスターの表情は……何時いつに無く真剣しんけんだ。


「…………。はぁ……わかってるよ」


 それを受け、少年はやや面倒くさそうな顔でズボンのポケットに手を突っ込むと……若いシスターに、取り出した´何か´を握らせる。


 小さく丸みをびた物体の表面をおおっているあざやかな薄紙うすがみを慎重にがし、改めて手のひらに乗せてはコロコロと揺れるそれを顔に近づけてみたり、遠ざけてみたり。

 少年から受け取った物に対して、若いシスターがいぶかしむような仕草しぐさを見せていたかと思うと……

 何を思ったか、突然パッと自分の口の中へとその´何か´を放り込む!


「!!!」


 途端とたん、両の目を大きく開き、言葉を失う若いシスター……! そして……!


「ん~〜〜〜っ! これこれっ! やっぱり、苺ミルクのキャンディは最高ねっ!」


 ……と、自分のほおが落ちないよう両手で支えながらにそう言って、幸せそうににんまりと笑った。


「まったく……。手に入れるの大変だったんだからなっ!」

「ふぁ〜い、ありがほね〜」


 笑顔のまま口をモゴモゴとさせている若いシスターへ、少年がテーブルに身を乗り出すようにして言葉を続ける。


「ほら、ちゃんと渡しただろー。早くオバケのはなし聞かせてくれよー!」


 聞きたくて仕方がないといったような、少年からの催促さいそく


「…………」


 何かを言いたそうにも見えるクマのぬいぐるみと共にこちらをうかがう、少女からの視線。


「……わかったわかった」


 口の中に広がっていく程良ほどよい甘さをもう少しだけ感じていたかった若いシスターではあったが、さすがにそうも言っていられない雰囲気のためにようやくその口を開き、静かにかたり始める……


「……大聖堂の正面にある地区の一つに、大きなお屋敷があるのは知ってる?」

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