006 人々が望むもの③

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 まるで、光を固めたかのような見事なシャンデリア。

 大きく縦に長いテーブルには、純白のクロス。


 いくつか設けられた窓からは手入れの行き届いた庭が見え、暖かな陽気に誘われた小鳥たちがその甲声かんごえを響かせる。

 順にきょうされる工夫をらした様々な料理が眼前がんぜんを飾り、そこから少し下がる様にしてさまたげとならない位置で静かに待機をする使用人の面々めんめん


 ……そこでは、身形みなりの良い男性と少女が二人、向かい合いながら食事を楽しんでいた。


「あまり屋敷に帰ってこれず、すまないね」

「……お父様がお忙しいのは分かっていますっ」


 手にしていたカトラリーを下ろし、そう話を切り出した男性に少女はわざとらしくほおを膨らませてみせる。


「このシチュー、美味おいしいだろう? ちちと肉は特別に用意させたんだ。

 …………。ほ、ほら、今使っているグラスもこの日のために……」


 どうにかして娘の気を引こうと、男性はあの手この手を使ってしきりに会話を繋げるべく奮闘するが……

 当の本人である少女はほおを膨らませたままに食事を続けており、初めは頑張がんばっていたはずの男性の口調もそれを受けて次第に尻窄しりすぼみとなっていき……背中を丸めたその姿からは、悲しげな´しょんぼり´がにじみ出す。


「お、お嬢様……旦那だんな様はお忙しいなか、街で行われている会議を早めに切り上げて会いに来られたのです━━」

「そんな事は関係ありませんっ」

「は…………はい……」


 他の使用人達と共に後ろで静かに控えていた白髪はくはつの男性だったが、目の前にいる二人の様子を見兼みかねてかオロオロとしながらも助け船を出そうと口を開く…………しかし。

 その言葉が終わるより先にピシャリと少女によって言い捨てられてしまうと、白髪はくはつの男性はすっかりと気ががれてしまったのか……残念そうに眉尻まゆじりを下げると押しだまった。


「………………」


〈カチャリ……カチャ……〉


 徐々に少なくなっていく会話……やたらと耳に付き始める、食器が立てたかすかな音……

 身体からだのどこかがむずがゆくなる様な感覚に、思わずせき払いをしたくなってしまう様な長い沈黙ちんもく


 食事が終わった後も続いているそれをやぶったのは、少女と向かい合って座る男性からの言葉だった。


「━━そんなにねないでおくれ……ちゃんとプレゼントも用意しているんだ」


 口をとがらせそっぽを向く少女に男性がそうげると、目配めくばせを受けた使用人の女性は奥の部屋へと消え……ほどなくして少女の胸に収まるくらいの、あざやかな色合いの生地きじで作られたラッピング袋を抱え戻ってくる。


 テーブルの上に置かれた、自分へのプレゼントが入っているであろう素敵な色彩しきさいの袋。

 ぴくりと反応をする、少女の身体からだ


 目の前にある魅力的な存在から必死に目線をらしてはいるが……期待を隠し切れずそわそわとしている少女へ、男性は優しげに微笑ほほえむと言葉を続けた。


「……お誕生日おめでとう。ほら、開けてごらん?」

「…………!!」


 少女の我慢がまんももう限界……男性が発したその言葉を合図に、少女はパッと自分へのおくり物に飛び付くと、嬉しそうな顔で袋の口を結ぶレース調のリボンへと手を伸ばす。


「わぁ……!」


 するりとリボンがほどけ……袋の中があらわになると同時に、のぞきこんでいた少女の顔がぱあっと明るくなる。


 が……


 先ほどまで自分が見せていた振る舞いの手前てまえ、気恥ずかしさもあってか少女はあわてて手にした袋をテーブルへと戻すと、むすっとした様な顔をつくってから改めて口を開いた。


「お父様が持っているような、大きな剣や盾の方がよかったわっ」


 そんな少女を見て、男性は椅子から立ち上がるとゆっくりとした足取りで近付き……テーブルに戻された袋から娘への誕生日プレゼントを取り出し、両手で優しく持ち上げる。


「……私のような騎士という職にあこがれてくれるのはとても嬉しいよ。

 でもね……いいかい? 騎士というのはね、剣や盾があるから騎士なんじゃないんだ。自分より弱い者を……自分が思う大切な者を守ってこそ、なんだよ?

 …………ちゃんと守ってあげられるかな?」


 言葉の最後に男性はそう付け足し、手にしていたプレゼントを少女へと手渡す。


「…………」


 ……´ありがとう´。今の気持ちを伝える事が出来る、とても簡単な言葉。

 しかし、恥ずかしいであったり格好悪いといった様な自分に内在ないざいする一種の見栄みえが、少女の頭に浮かんだその言葉の形をゆがめ……声とならないよう、邪魔をしてしまう。


 プレゼントを胸に抱いた少女に、何らかの反応を期待する父親からの視線。

 自分の事の様にドキドキとしながらも少女を見守る、使用人達がかもし出すこの場の雰囲気。


 それらの全てが……素直になれず、もう少しだけ時間が必要な少女の口を、内側から無理に押し広げてはその何かを言わさんとする。


「…………っ!」


 室内をたしていく他者からの期待。

 逃げ場を無くしていく、少女の思考しこう


 そして……


「そ、そんな事言われなくても……分かってるもん!」


 思いがまとまるより先に、周りによってなかば言わされた様な形となってしまった少女。

 自分の口から出た言葉に気が付き、その顔は見る見るうちに紅潮こうちょうしていく。


「……!! …………い、行こっ━━!」


 ぽっぽと熱をびるそれを隠すためか、父親からおくられた誕生日プレゼントへ自身の顔をうずめるようぎゅっと抱きしめると……腕の中にいる可愛らしい人形へとそう声をかけ、少女はそのまま部屋から飛び出して行くのだった。


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「あれ……なんだっけ……?」

「……?」

「何か……何か、大切な…………」


 ベンチに座ったまま、少女は少しだけ困った様な顔をして首をかしげる。


「リリー?」


 少女の腕の中から、その様子を不思議そうに見上げるクマのぬいぐるみ。


「大切な…………」


 呼び掛けに対しての返事はそこには無く。

 胸元を見つめ返した二つの瞳は、ここではない……どこか遠くを見ている様でもあった。


 ━━暖かな太陽の陽射ひざしを受け、ぽかぽかとし始める黒くまあるいどう。短く、ぽってりとした手足。

 そんなクマのぬいぐるみの体が、ふんわり柔らかとなった頃……少女の小さな手は動いた。


「……ううん、なんでもないの」


 そう言って少女はクマのぬいぐるみの頭をでる。繰り返し、繰り返し、頭をでる。


 ……少女が見せた、いつもとは違う雰囲気ふんいき


「…………」


 真上に登った太陽。

 通りを行きう人の波。

 ベンチに少女、胸にはクマのぬいぐるみ。


 今はまだ、しゃべらなくていい。

 今はまだ、動かなくていい。


 ただただ思うがまま、自分をでる…………小さな少女のために。

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