004 人々が望むもの①

 ━━大聖堂二階にある執務しつむ室にて。


〈トントン〉


 その日最初のおつとめである朝のお祈りを終え、わずかばかりの休憩をとシスタースズシロが椅子に腰掛け静かに目を閉じていると……控え目に扉を叩く音が耳に入った。


「…………どうぞ」


〈カチャリ〉


「……失礼します。シスタースズシロ、こちらが午前の申請書になります」


 そう言って入ってきた修道服姿の女性は、部屋の入口で一度頭を下げてからシスタースズシロがいる机の正面に立ち、いくつかの紙を一つにまとめたものを机の上へと置く。


「ありがとう。確認してすぐに向かうから、先に行って街の方達のご案内をしていて頂戴ちょうだい

「……分かりました。それでは」


 入ってきた時と同様に、扉の前で頭を下げた修道服姿の女性が部屋から出ていくと……シスタースズシロは置かれた書類を手に取り、目を通し始める。

 どちらかと言えば、朝のあわただしさが若干じゃっかん残っているような時間帯。午後一番で机の上に置かれるであろう書類の束に比べれば、今この手にある申請の数などすずめの涙に等しいのだが……


 街の行政を担っている役人や、街全体を警備している衛兵えいへい、通りの緑化りょくかを掲げている自治会じちかいに……ては、小さな家庭の主婦に至るまで。

 街の中央に位置するこのバジリカへとわざわざおもむき、大聖堂の受付にて書類をしたためる……

 限られた時間をついやしてまで申請をしにやって来る人達には、みなそれぞれ理由がある。それぞれ想いがある。


 申請が多く、忙しい。

 申請が少なく、暇だ。

 それはあくまでもこちら側の勝手な都合つごう

 多いのなら多いなりの、少ないのなら少ないなりのやり方で。

 ましてやそこに、優劣ゆうれつなどがってはならない。

 ……シスタースズシロの信条でもあった。

 

「また、あのような事が起きないようにしなくてはね。……信頼に関わりますものね」


 自分に言い聞かせるように小さくつぶやきつつ、確認を終えたばかりの書類を手に、シスタースズシロは椅子から立ち上がった。


 この街のバジリカでは、大聖堂を主軸に様々な建物がそれにつらなるような形で敷地内に広がっている。

 西側に隣接し、常日頃つねひごろから申請をした人々でにぎわう場所……それが、くだんの召喚室を有した建物だ。


 召喚室前にもうけられた広間では街の人々が談笑をしながら並び、かたわらには大小様々な品が置かれる。

 その場で対応にあたっていた先ほどの修道服姿の女性に声をかけ、順番待ちをしている人達に軽く会釈えしゃくをしてからシスタースズシロは奥にある召喚室へと足を踏み入れた。


 部屋の四隅に立つ、太く大きな柱。

 中央やや奥には祭壇さいだんがあり、質素ではあるがおごそかな空気でちるこの場にって、それは決して見劣りする事はない。

 そして、入口以外の三方の壁には礼拝堂と同じくステンドグラスが輝き……それぞれにはこちらを見守る様な形で一人ずつ、天使の姿がえがかれていた。


「では……最初の方からどうぞ」


 室内にて準備を整えていたシスタースズシロが、修道服姿の女性を通して広間で待っている街の人を呼び入れ始める……


 まず最初に入って来たのは、商人風の男性。

 どうやら全身鎧一式を持ってきているようで、男性は抱えていた鎧の胴にあたる部分を慎重に部屋の中央へと下ろしていく。


「申請書には[護衛用/同調率50%]とありますが……間違いありませんか?」

「ええ、大丈夫です。前回召喚して頂いたドールのうちの一体が´切れて´しまったので……今回はその補充、といったところです」

「ああ……そのせつはとんだ失礼を……」

「いえいえ。私も聞いたことがないものでしたからね、いい体験になりましたよ。 ハハハ 」


 そう笑いながらも男性は部屋の外にある全身鎧を何度かに分け、召喚室へと運び入れる。


「それで……今回は同調率を上げるようですが?」

「はい、前回の30%だと頑丈がんじょうなのはいいんですが……少し動きが固いかなと思いまして。

 前回から移動時の馬車の護衛を人からドールに変えたばかりで、こちらも手探り状態でして……」


 シスタースズシロからの問いに男性はそう言葉を返すと、決まりが悪そうに頭をかいてみせた。


「なるほど……分かりました。では、召喚に入りますね」


 三方のステンドグラスにえがかれている天使達にそれぞれ一礼いちれいをし、祝詞のりとを捧げるべくシスタースズシロが祭壇さいだんに向き直ると……男性はそれに合わせるようにして膝をつき、静かに目をつぶった。


「天にします御使みつかい様……今一度我らに力を……依代よりしろに我々と共に生きる力を与えたまえ……」


 シスタースズシロの祈りに呼応こおうし、徐々に三方のステンドグラスが光を帯び始める……

 やがて、その光は召喚室全体を柔らかに包みこんでいき……最後に優しく……そして、一際ひときわ強く光ると……ゆっくりと消えていった。


「……これにて、召喚は無事終わりました」


 本来の明るさを取り戻した室内で、シスタースズシロが男性へと振り返る。


「今回もありがとうございました、シスタースズシロ。さあ、私達は帰ろうか」


 感謝の言葉を告げた後、男性はそう言って召喚室中央に置かれた全身鎧の肩を叩くと……

 まるで意思を持っているかのごとく鎧は立ち上がり、ガシャガシャと音を立てながらも広間へと歩いていく男性の背中を追うようにしてこの場を後にした。


 ……≪ドール召喚≫。


 それは、バジリカにおける主要業務のうちのひとつであり、バジリカ内にある召喚室でしか行えないとされている。

 ドールを召喚する際には決められた額の寄付金と当人とうにんが望む依代よりしろを用意し、利用目的にあたる[家庭用/産業用/護衛用]のいずれかに印をつけ、同調率などその他諸々もろもろを記載した申請書を大聖堂にある受付へと提出する。


 ≪ドール≫は同調率が低い程、依代よりしろに近い性質・形をとり……同調率が高い程、人に近い性質・形をとる。

 そのため、[家庭用/産業用]は人に近い動きをさせるために同調率を高くし、[護衛用]では鎧等の材質を生かすために同調率を低くするのが一般的であった。


 ━━街の人々からの様々な申請もとどこおりなく進んでいき、午前の部では最後となる書類にシスタースズシロは手を伸ばす。


「……次の方、どうぞ」

「…………はい」


 シスタースズシロからの呼び掛けに対し、やや遅れて入ってきたのは……小さな女の子を抱え、少し疲れた表情を見せる若い男性だった。


「こんにちは!」


 父親である若い男性の腕の中から、女の子が大きな声で挨拶あいさつをする。


「はい、こんにちは。とても元気ね」

「うん!」


 返ってきたその言葉に女の子は大きくうなづくと、嬉しそうにニコリと笑い……口元から白い歯をのぞかせた。


「それでは、今回の依代よりしろを……」

「はい……こちらになります……」


 物珍ものめずらしそうに室内を見回す女の子とは対照的に、どことなくやつれて見える若い男性は……腕の中できょろきょろと顔を動かしている女の子を自分のそばへと降ろすと、肩にかけていた鞄から包みを取り出す。


「これは……衣服、ですか?」

「はい……これは生前せいぜん━━」

「おかあさんのふくなの!」


 遠くを見る様な……少しだけ寂しそうな瞳でそれを見つめる若い男性の言葉をさえぎるかのように、女の子は明るい声を出すと……目の前にいるシスタースズシロに向け、一生懸命に説明をし始める。


「これはね、おかあさんがつくったふくなの! おかあさん、つくるのとってもじょうずなのー!

 えーっと…………あっ! いまきてるこのふくもね、おなじ……きじ? で、できてるの!

 おかあさんとおそろいでね、いちばんすきなふくなの!」


 そう言って女の子は若い男性が持っていた衣服を掴み、その小さな胸の中へとぎゅっと抱きしめるのだった。

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