044 とっても楽しい道化市④

「うぅ……。ねえ、私の頭……へこんだりとかしてなぁい?」

「……大丈夫、何ともありませんよ」

「本当に本当? ほら、触ってみて……」

「(なでなで)…………あ。ここ、´たんこぶ´が出来ちゃってますね」

「うう、やっぱりぃ〜……」


 グスグスと鼻を鳴らす若いシスターはうらめしそうに´ちら´とだけ、少女の腕の中に収まるクマのぬいぐるみに視線を送り。頭に出来た´たんこぶ´の作者と目が合ってしまう前に、そそくさと視線を手元にある小さめの財布さいふへと落とす。


「…………。記念に何か買ってもいいって、特別にお師匠様からみんなの分のお小遣いをもらってま〜す……。帰り道で色々と見ていこうね……ぐすん」


 少女と向日葵ひまわりの女性、それぞれに手渡されるにぶ銀鼠ぎんねずに光った一枚の硬貨こうか

 滅多めったにない特別な日だからか、普段の買い物と比べても自分一人に対してではかなりの背伸びが出来そうながくである。


「━━リリー、これとかどう?」


 あらかじめ何らかの目星めぼしを付けていたらしい若いシスターと向日葵ひまわりの女性は自身の買い物を手早く済ませ、クマのぬいぐるみをポシェットへ収めて難しい顔をしながら露店ろてんの商品を吟味ぎんみしている少女の後をゆったりと進む。


 すでに何度目かとなった、向日葵ひまわりの女性からの提案。

 そこには色とりどりのあざやかな生地きじを使用し、中に詰め物をした丸い玉状の布細工ぬのざいくが並んでいる。道化市どうけいちという事もあってか、やはり関連した絵柄えがらの物も多数にあるようで……その中には無論むろん、少女が好きそうな大きなくま刺繍ししゅうほどこされた物も存在していた。


「おっ、それが気になるとはお目が高い! ……いいかい? これはね、こうやって遊ぶんだよ」


 店先に並べていたりすぐりの商品の一つを、じっと食い入るように見つめている少女。それに気が付いた店主は営業スマイルを見せ、そのとなりに立っていた二人にもアピールをするように玉状の布細工ぬのざいくいくつか手に取り……


「……よっ、よっ、それっ」


 順番に一つずつ素早く空中へと放り投げると、慣れた様子で両手を使ってクルクルと回し始める。

 おそらく、道化どうけ真似事まねごとをして遊べるという土産みやげねた子供用の玩具おもちゃなのだろう。店主が布細工ぬのざいくつかむ度、空中へ放る度……中には何かが入っているのか、玉状のそれはシャカシャカとかろやかに音を響かせては耳にも心地ここち良い。


 それを一頻ひとしきりとながめていた少女が、にぎりしめていた一枚の硬貨こうかを見つめて難しそうに´にらめっこ´をしていると……ふと、足元で風にられている、一輪いちりん橙色だいだいいろをした小さな花が目に入った。


「…………あっ」


 途端とたん、何かを思い出したかの様に少女は短く声を上げると、足元で静かにれていたその小さな花をそっとみ……露店ろてんが立ち並んでいる場所とはことなる方向へと、何も言わずにけ出した。


「あれ? リリー、買わなくてもいいの?」


 若いシスターの言葉にもかまわず、二人を置いてどんどんと先へ進む少女。

 気にしなくていいよと変わらずの営業スマイルで笑う露店ろてんの店主に若いシスターは軽く頭を下げ、向日葵ひまわりの女性をともなあわててその後を追いかける。


「はあはあ……リリーぃ、待ってよ〜!」


 人混ひとごみの中をどうにかこうにかしてい進みながらも、二人がやっとの事で追い付くと……とうの本人は、一人の道化どうけの前で立っていた。


「やあ、こんにちは。でもごめんね、今日はもう´おしまい´なんだ」


 自分の元にけてきた少女へそうげ、その道化どうけは持っていた楽器をケースに仕舞しまうと少し重そうにヨイショと肩にかつぐ。そして、地面の上に置いてあったさかさまの帽子の中に手を入れた。


「……はあ」


 片手でも簡単に取り出せてしまうような、数枚の硬貨こうか

 それらを見つめ、浮かない顔で軽く溜息ためいきをつき、いているズボンのポケットへとねじ込んでは帽子をかぶる道化どうけの視界のすみに……


「……ん?」


 あざやかな、何かがうつる。

 ……橙色だいだいいろをした、小さな花のたばである。


 一体、誰が置いたのだろう?

 演奏に夢中で気が付かなかったのだろうか?


 そう思いつつも道化どうけの顔にはうっすらと微笑ほほえみが戻り、自分へとおくられたであろうその花束はなたばに手をかける。

 ふわりとただよう、小さな花達の香り。


「…………」


 そんな道化どうけの姿を見つめていた少女は、自身がおくった花束はなたばを大事そうに両手で持ってトボトボとして帰っていく背中に……すかさずとけ寄った。


「ん……なんだい? まだ僕に何か用かな?」

「帽子……」

「……?」

「帽子を出してっ!」


 突然の言葉に少し戸惑とまどいを見せるも、言われた通りにかぶっていた帽子を少女の前へと差し出す道化どうけ


「あなたの音はとても面白おもしろいの。何回でも、いつまでも聞いていられるの。だから……はい!」


 少女の手から、一枚の硬貨こうかが落ちていく。

 道化どうけがポケットにねじ込んだ物とはわけが違う、銀鼠ぎんねずに光る一枚の硬貨こうか


「今度会った時にも音を聞かせてくれたら……また、このお花をあげるね」


 そう言ってにっこりと笑った少女の顔の前では、道化どうけが持つ花束はなたばと同じ、橙色だいだいいろをした小さな花がれていた。


「リリー、本当に良かったの?」

「うん、いいの」

「……そっか」


 三人は手をつなぎ、道化市どうけいちから街へと続く道を歩いていく。

 その後ろ姿を、少女からおくられた花束はなたばを手に……道化どうけは、三人の姿が見えなくなるまで見続けていた。


「━━ねえ、リリー。今日の道化市どうけいちは´面白おもしろかった´?」


 街に戻り、バジリカへの道すがら若いシスターが少女に問いかける。

 そんな問いに対し……少女は満面まんめんみを見せ、こう返したのであった。


「うん! すっごく…………´楽しかった´!」


━━━━━━━━━━


「へえ……本当に動くんだな……」


 その日の夜。

 一日に行う最後のお祈りを終えた後の礼拝堂にて、長椅子ながいすに座る少女のひざの上でせっせと毛並みを整えている黒いクマのぬいぐるみを見ながらやんちゃそうな少年がつぶやく。


「でもよー、キジュツシ……だっけ? 道化どうけが集まるから´道化市どうけいち´って言うのに、関係無さそうなヤツラが出てくるわけないじゃん!」

「……本当だもん」

「姉ちゃんは姉ちゃんで、その事についてはよく覚えてないって言うしさー……」


 やんちゃそうな少年はそう言うと、奥の方でグッタリとした様子で長椅子ながいすの背にもたれかかっている若いシスターの方を見やる。


「ちぇーっ。出てくるなら出てくるで、俺が見に行く時にもちゃんと出てこいよなー……。えーっと、なんだっけ……そう、キジュツシ!!」

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