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佐渡島、北500キロメートル沖、水面下10メートル海中に、その潜水艦は身を潜めていた。
そうりゅう型6番艦、SS506『こくりゅう』――ディーゼル機関を装備する通常型の中では最大級の潜水艦だ。海中でも充電が行えるスターリング機関を搭載したAIPシステムによって、潜水艦の命とも言える静音性を高め、捕捉できる能力は海上自衛隊しか持っていないとまで言わしめる。
その『こくりゅう』には、佐渡分屯基地からのデータが次々と流れ込んでいる。妙見山レーダーサイトが探知した映像に加え、上空一万メートルを舞う海上自衛隊早期警戒機E767の最新電子機器が海上に目を凝らしているのだ。
艦長には、矢臼別演習地で強奪されたオスプレイがファントム・プリズンを襲撃し、日本海を西に向かっていることは知らされていた。だが、彼らが何をしたのか、何をしようとしているのかは、まだ明らかにされていない。だが、軍区ごとに分裂を始めた中国や北朝鮮が関わっていることはほぼ確実だ。
自衛隊はこの緊急事態に、総力を結集して対処していた。
ここ数年、流動化が激しい東アジア情勢が、さらに大きく変動する危険を孕んでいる。各国の利害がせめぎあう日本海上で、実戦が起こる恐れがあった。現場の指揮が混乱してたった一艦、たった一機、引き金に指をかけたたった一人が判断を誤れば、銃火を交える熱戦を引き起こす。
アジアは爆発する。
『こくりゅう』の艦内でも、緊迫感は高まっていた。
だが、乗組員の多くはこの〝作戦〟の意味を知らされていない。艦長自身が、数日間続いている佐渡沖での索敵訓練は『日米合同訓練の一環だ』としか説明されていない。だがそれは、明らかに通常の任務とは違っていた。訓練海域も初めての場所だ。何より空自や『くにさき』とともに、〝何か〟を待ち構えているような体勢は単なる訓練だとは思えない。
しかも今回は、オブザーバーとして陸上自衛隊大将――かつて幕僚長と称された幹部が同乗するという異例な航海だ。そればかりでなく、素性の知れない民間人まで乗り込んでいた。民間人は、老年を迎えた女性だ。その事実は、幹部以外には伏せられている。
大将と親しげに話すその女性が何者なのか、艦長は『詮索するな』と命じられただけだった――。
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