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目隠しを外されて見えた室内は、まさにホテルそのものだった。生成りと白木で統一された広々とした室内。淡いベージュのカバーのキングサイズベッド。開いたドアの先にはジャグジーらしきものが見える。壁全面を覆う窓の外は、エメラルドグリーンのオーシャンビューだ。
リゾートホテルそのものだ。
車椅子から立ち上がった矢作はつぶやいた。
「沖縄……なのか?」
背後の男が言った。
「場所はお教えできません」
矢作が振り返る。黒いスーツをさりげなく着こなした男の姿は、高級フレンチレストランのソムリエのようだ。それがワインのコルクであるかのように、iPADminiを差し出す。
「このアイコンで選べば、風景を変更できます。その他の室内の電化製品も、このiPADで操作できます」
iPADを受け取った矢作は、つぶやいた。
「風景を変えるって……」
教えられたアイコンに触れる。と、一瞬で窓の外の景色が真っ白になった。最初は窓ガラスがスモークに変わったのかと思ったが、眼が慣れると陰影が見分けられる。それは、広大な雪原だった。
言葉を失った矢作に、〝ソムリエ〟が言う。
「外の景色はフィルム状の大型ディスプレイに映された映像です。申し訳ありませんが、この建物の中から屋外を見ることはできません。セルロースナノファイバーの厚板で窓は塞がれています」
「何だ、そのセルロース……なんとかって?」
「植物由来の新素材です。すべての植物に含まれているセルロースを抽出し、ナノレベルまで細分化した後に成形した製品だと聞いています。軽く、鋼鉄より強い板ができますので、簡単には破壊されません。機密性と堅牢さが重要視される施設ですから。そのディスプレイ自体もセルロースナノファイバーでできています。特殊な樹脂を含ませれば透明にすることもできるので、窓の素材としても使われているようです。ガラスのように砕けることもないと言われています。ちなみに、ディスプレイの映像は確かに偽物ですが、体感的には実物と大差はありません。窓の映像を変更すると空調が連動して、温度や湿度、空気中のイオンの構成比など、その土地の大気を再現します。作り物ではありますが、少なくとも自分には本物と区別がつきません。すべて、大手の家電メーカーが極秘に開発中の最新鋭のシステムだそうです」
確かに、風景が雪原に変わってすぐに若干温度が下がった気がした。空気の匂いまで違って感じられる。
矢作が首を傾げた。
「極秘? なんで俺みたいな者に企業秘密を教えるんだ……?」
〝ソムリエ〟の態度はやはり礼儀正しい。〝男娼〟を相手にしていると知らされているはずなのに、彼もまた崩れた姿勢は見せない。矢作はすでに、5号様の一部なのだ。この折り目正しさは、矢作ではなく〝5号様〟に向けられている。
「5号様を含め、この施設におられる方々はいずれ元の世界に戻ります。ここでの生活に満足できれば、今後も日本製品のファンになっていただけます。皆さん、強大な財力と影響力を持つ方々ですから。ここは、いわば日本という国の〝ショールーム〟でもあるのです。できればあなたも、5号様が我が国に悪い印象を持つことのないように接していただきたい」
「ってことは……ここにはそんなにたくさん外国人がいるってことか? ここには、いったい何人の囚人がいるんだ?」
「そのような質問にはお答えできない規則になっています。それから、〝囚人〟という言葉は使わないようにお願いします。自分たちは、この施設はリゾートホテルだという前提で運営していますので。医学検査の準備が整いましたら、お迎えに上がります。そこに、こちらで用意した衣類があります。今着ていらっしゃるものはすべて脱いで、着替えておいてください。貴重品と一緒にそちらのカゴへ。この施設から出られる時にすべてお返しいたします。検査までは、ご自由にお過ごしください。室内に備え付けの備品はあなたの物です」
「何をしても構わないのか? 暇つぶしにぶち壊しても?」
「構いません。〝あなたの物〟というのは比喩ではなく、実際に5号様が購入された物ですから。料金はすでに払い込まれています。ただし、この部屋にいる間は、すべての行動を監視させていただきます。あなたが危険な人物ではないことを確認しなければなりませんので」
それは、矢作自身が〝5号様〟に買われたことを意味していた。
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