13
遠くに、もつれるように舞う三機のオスプレイがあった。周囲のうねる海面には、霧のように海水が吹き上がっている。
黄自身の機体も、まるで波の間を縫うような感覚で低空を飛行してきた。殲20のジェットエンジンの排気も、海水を巻き上げ続けている。さらに速度と高度を下げて、オスプレイの間に切り込む。
追撃を受けている一機だけを、何とか他から引き離したい。一触即発のアクロバティックな介入だ。一瞬の判断力と機体を正確にコントロールする技量、そして加速度の変化に耐えられる強靭な肉体が要求される離れ業だ。何よりも、ずば抜けた胆力が必要だ。一瞬でも迷って他の機体と接触すれば、皆が火だるまになって大海に沈む。
機体を横倒しにして三機の間に突入する。強烈な加速度が黄に襲いかかる。
目標機を追っていた二機がわずかに離れた。一瞬、目標機が後部ランプの銃座から薬莢をばらまいているのが見えた。
思わず叫ぶ。
「なんで撃ってるんだ⁉」
オスプレイの尾翼に銃弾が撃ち込まれているのがはっきりと目に入った。明らかに自衛隊機を銃撃している――。
それは、『絶対にやってはならない』と厳命を受けた行為だった。だが、戦端が開かれた以上、ためらうことはできない。当ててはならないのは〝一発目〟であって、その壁を越えてしまえば何発撃とうが変わりない。その後どう対処するかは、現場の指揮官の判断に移行する。おそらくは、最初に引き金を引いたのは自衛隊側だ。でなければ、自軍が発砲するはずはない。
部下の機体が同じ軌跡を描いて黄の後に続く。
黄は機首を上げながら急旋回してさらに彼らの距離をさらに開けさせようとした。さらに凄まじい加速度が内蔵を圧迫する。訓練でも経験したことがない、実戦の圧力だ。だが、意識が〝飛ぶ〟ことはなかった。むしろ、機体が黄のテクニックに耐えられるかどうかが心配だった。
黄の頭で何かが吹っ切れた。両手を縛っていた縄がほどかれたような気分だ。
自由だった。祖国では決して感じたことがない、本当の自由を味わっていた。幸福感に満たされていた。
追っ手のオスプレイは振り切らなければならない。黄の任務は、目標機の進路を切り開いて無事に国に返すことだ。発砲は厳禁するという命令も、無効化した。撃ち合いをエスカレートさせたくはないが、任務達成のためには威嚇射撃をためらう気はなかった。その結果が撃墜に至っても、もはやどうでもいいとさえ思えた。
ただ、戦いたかった。政治的な思惑や祖国の都合に縛られずに、持てる力をすべての吐き出したかった。
それが自由というものだ。
と、通信が入る。
『三機の戦闘機を確認。三沢基地から発信したF35だと思われる。貴機までの距離は約10キロ。高空に注意!』
空中戦は覚悟していた。だが、敵機が現れるのが予測より早い。相手は、日米が共同して開発した運動性能には定評のある機体だ。スペック上は殲20の性能が上回るが、果たして実戦で渡り合うことができるのか……。
黄は死をも覚悟して、にやりと笑うとつぶやいた。
「F35と戦って死ねるなら幸せだ。そのためにここまで這い上がってきたんだからな……」
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