矢作の身体検査は2日間に渡って続いた。物理的な検査ばかりではなく、精神科医らしい医師による心理的な調査にも多くの時間が割かれた。無意味とも思える単調な質問に何度も答え、左右対称のインクのシミを見て何を想像するかを答えるロールシャッハテストが繰り返された。ひたすら足し算を繰り返すクレペリン検査や、その他数種類の筆記検査も行われた。

 健康状態に加えて、収監者へ危害を加えないかどうかを厳しくチェックされたのだ。体内に異物を隠していないか、感染症の危険はないか、薬物の常習性はないか、精神的な不安定さを抱えてはいないか――。

 結論は、オールクリアだった。

 再び目隠しの布を被されて車椅子に乗せられ、最後に送り込まれたのが施設の管理者の部屋だった。

 背後に立った〝ソムリエ〟が目隠しを外す。

 中小企業の社長室を思わせる、こじんまりとした部屋だった。奥にはシンプルな木製の机が置かれ、黒っぽいスーツを着た所長らしい人物が背を向けて立っていた。振り返らないまま、〝ソムリエ〟に命じる。その口調は厳しく、命令することに慣れた人間のものだ。

「退出してよし。ドアの外で待て」

「了解しました」

〝ソムリエ〟が去る気配があった。

 所長が振り返る。その顔は、手に持った大型の黒いファイルで隠れて見えなかった。ファイルの中身は医療検査のデータだろう。

 矢作は車椅子から立ち上がって背中を伸ばした。

「それ、俺の検査結果でしょう? ここを出る時にもらえないかな。人間ドックに入る手間が省けるから」

 所長が囁くように言う。

「そう手配しておこう。君は思った通りの男だったな。医学的には健康体の標本のようなデータだ」

 所長はファイルを降ろして顔を見せた。

 矢作はあっと息を呑んだ。

 神崎だった。

「あんた……」

「〝あれ〟はあらかじめ取り外していた。これから私が、再度挿入する。最初から傷がついていれば、疑われないからな。今後、君とはこれで連絡を取る」

 そう言った神崎は、胸ポケットから取り出した黒いスマートフォンのような通信機を見せた。

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