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5号様は、艶かしく光る濃い紫のガウンを着てキングサイズのベッドに横たわり、肘をついていた。その下はおそらく全裸だ。ベッドは重厚な色の木製で、やや暗いウッディな内装に溶け込んでいる。
矢作はスターウォーズのジャバ・ザ・ハットのようにでっぷり太った女を覚悟していたが、幸いにも予測は裏切られた。少なくとも、太りすぎてはいない。豊満な中年女――あるいは老人だというだけだ。顔つきは、日本人とは異なるアジア系のようだ。好みの顔ではないし、何より年を取りすぎている。
当然、性的な関心は湧かない。
5号様は、矢作の全身をじろじろ見ながら言った。
「チビだね……聞いてはいたけど。まあいい、顔は悪くないから許してやろう。早速だけど、マッサージをお願いしようかね」
そう言った5号様は、ゆっくりとうつぶせになった。
「マッサージは専属スタッフがいるって聞いたが……?」
「嫌なのかい? それなら、今すぐ帰ってもらってもいいがね」
「いや……やらせていただきます」
矢作は、人体についての豊富な知識を持っていた。訓練の後は自分で身体をほぐすし、専門的といえるレベルではないが東洋医学を学んだこともある。他人に行うことは滅多にないが、ツボやリンパの流れを考慮したマッサージもできる。
矢作はベッドの縁に腰掛けた。ガウンの上から5号様の肩に手を乗せる。思った通り、若干脂肪が付き過ぎで筋肉が少なく、当然、皮が緩んでいる。だが、特別こりがひどいという訳ではない。
ゆっくりと指先に力を込めていく。数回、肩をもむ。
それだけで、5号様は満足げな溜息を漏らした。
「いいね……さすがに、アスリートだ。人間の身体を良く知っている。あたしの部下よりずっと上手だよ」そういうと、身体をねじって上体を起こした。わずかに身を引いた矢作に、両腕を絡めてしがみつく。「試験は合格だよ。他のことでもあたしを気持ち良くできるか、試してみようか? 気に入れば、長期契約してあげるよ」
矢作はさらに身を引いた。理性では従うべきだと分かっていたが、反射的な反応は止められなかった。5号様の怒りを覚悟する。
だが5号様は、笑っていた。
「分かってるよ。無理に抱けとは言わないから」そして、矢作の首元に口を寄せる。「レディ・ドラゴンに伝えといて。あたしの好みのボーイを送ってくれてありがとう、ってね」
と、矢作の頭に神崎の声が響いた。
『了解しました。レディ・ドラゴンからも伝言があります。〝早く長靴を返せ〟と』
矢作ははっと身を震わせた。まるで、他人に頭の中身を占領されたかのような奇妙な感覚だった。5号様は、矢作の通信機を使って神崎に話しかけたのだ。
5号様が矢作に言った。
「返事は何と? 聞こえたんだろう?」
「レディ・ドラゴンが『長靴を返せ』と……」
5号様は矢作から身体を放し、爆発的な大声で笑った。勢いよくベッドを出て、楽しそうな大声を上げながら別室へ向かう。
「あの売女、まだそんなつまらないことにこだわってたのか!」
矢作の頭に、再び神崎の声が響く。
『君が聞いている音は、よほど小さくなければこちらにも届く。指示が送れることも確かめられた。今後は、5号様との連絡役にもなってもらう』
矢作は思わずつぶやいていた。
「何者なんだよ、このばあさん……」
『レディ・ドラゴンの昔からの友人だ。パチンコ業界のドンが静養中だと聞いただろう? ただし、佐藤君から説明されたはずだ。素性は詮索するな。これが、君が知ることを許されるすべての情報だ。これからは黙って5号様に従え』
「分かったよ。だが、本当にここは監視されてないのか? 他人には覗かれたくないことを仰せつかりそうなんだが……」
『その階にカメラがないのは本当だ。こちらの準備にはもうしばらく時間がかかる。それまでは、楽しめ』
「楽しめって……あのばあさんとか?」
神崎の返事はなかった。
矢作は、5号様はこの〝計画〟のためにあらかじめ送り込まれていたのだろうと結論した。
と、5号様が消えた部屋から物音が聞こえた。振り返った矢作が見たのは、5号様と同じ色のガウンを着たケイコだった。無表情だ。
その後ろに立った5号様が面白そうにつぶやく。
「だから、無理に抱けとは言わない。あたしは、見てるだけでもそそられるんでね。あんたも、うちの秘書が相手なら不満はないだろう? 盛り上がったところで、混ぜてもらおうか。さて、どこまで嫌がっていられるか……」
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