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オスプレイのエースパイロットである大島健吾少佐は、不意の〝実戦命令〟の背景を訝っていた。むろん、いつ実戦へ投入されても問題はない技量と指揮力、なにより心構えを備えている。東アジアは危うい緊張状態が続いてもいる。だが隊は、現状では突発的な武力衝突の可能性は低いと分析していた。
情報部の評価を覆す事態が発生したようだ。それは何なのか? 周辺国の不安定さを考えれば、予告なしに弾道ミサイルが放たれる危険は常にある。だがそれは、オスプレイ隊を発進させても防げない。海自なら、輸送艦ではなくイージス艦の仕事だ。
陸上自衛官の大島は、おおすみ型輸送艦『くにさき』で離島防衛に備えた日米合同訓練の真っ最中だった。オスプレイは陸上自衛隊からの三機、アメリカ海兵隊からの三機が、佐渡島沖の公海に集まっている。空自の佐渡分屯基地、海自の『くにさき』が参加し、陸自でようやく本格運用が始まった『水陸機動団』――日本版の海兵隊の、海上での協調行動の練度を上げることを目的としていた。従って、武装は実戦並みだ。
大島自身は三ヶ月間アメリカで過ごし、オスプレイを操る訓練を徹底的に積み上げてきた。鬼門と言われるヘリモードと航空機モードへの変換も身に馴染み、帯広駐屯地で部下の教育を任されるほどに上達している。事実上のヘリ空母と言える『くにさき』での発艦、着艦や、ドックへの収容でも米軍に遅れを取ることはなかった。実際、海兵隊のパイロットからも自衛隊の技量を不安視する声は聞かれない。むしろ大島が、彼らの操縦法や整備の〝アバウト〟さに呆れるほどだ。
狭い会議室での緊急ブリーフィングを終えて、少数の参加者が席を立ち始める。同席していたジャック・オーウェン中佐は大島とともに残るように、艦長から命じられていた。
オーウェンが大島に身を寄せて言った。
「俺たちもオブザーバーとして同行するよう命令が下った」そして、小声で加える。「これも抜き打ちの訓練なのか?」
大島は肩をすくめた。確かに、ブリーフィングの内容だけでは、なぜ実戦を考慮する必要があるのか釈然としなかった。
「直接、本国から命令されたのか? 自衛隊のお偉方には、海兵隊にサプライズをかます度胸はないと思うがな……」
オーウェンも、『くにさき』の艦長が緊迫した表情を見せていることに気づいていた。
「何が起きている?」
「自分にも分からない……」
そこに、艦長が近づいた。声を落として、英語で話す。
「詳細な情報はまだ入らないが、オスプレイが一機、強奪された。矢臼別演習場での訓練中だ。現在北海道から日本海方面へ超低空で飛行中で、巧みにレーダー網をすり抜けている。グローバルホークやAWACS、それにヘリでの目視の捜索を続けている状態だ。どうやら、亡命を企てているらしいのだが……」
大島は意表をつかれた。遥か昔、ソ連という国家が存在していた頃、ジェット戦闘機で函館に亡命してきたソ連軍士官がいた。だが、今時、逆方向への亡命など考えられない。日本からの脱出が目的なら、方法は他にいくらでもある。
「オスプレイの鹵獲が目的ですか? 犯人は自衛官、ですよね……?」
大島も、隊内に北朝鮮のスパイが潜んでいるという噂は聞いたことがある。一般の隊員にとっては都市伝説のようなものだが、階級が上がるごとにそれが笑い話ではないことに気付く。とはいえ、最新鋭装備のオスプレイが〝盗まれる〟とは信じ難い。
艦長の表情も厳しい。
「未確認の第一報だが、最重要人物が拉致されているという可能性もある。国外逃亡を阻止するのが君たちの任務だが、最悪の場合、撃墜も覚悟しておくように。オーウェン中佐には一部始終を見届け、本国へ正確に報告していただきたい。事の経緯は、確実に記録するように」そして艦長は、二通の封筒を取り出す。それぞれに手渡した。「命令書だ。機上で開封するように。オーウェン中佐の分は、合衆国国防省から送られてきた。内容は私も知らされていない。これは、訓練ではない。では、直ちに発艦準備にかかれ」
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