『くにさき』の艦橋後方、ヘリコプター甲板に着艦したオスプレイに向かって、担架を持った二人の看護官が走る。真っ先に降り立ったジャック・オーウェン中佐の左腕には包帯が巻かれていた。機内での応急処置で雑に巻かれた包帯には、血がにじんでいる。

 甲板に降り立ったオーウェンは看護官に笑いかけた。

「かすり傷だ。担架はいらない」

 看護官が戸惑いを見せる。

 オーウェンに続いた大島が小声でたしなめる。

「ジャック、諦めて怪我人らしく振る舞え。ビデオに撮られてるんだからな」

「そんな絵を世界中にばらまかれたら、恥ずかしくて隊に戻れないだろうが」

「任務なんだから我慢しろって。アメリカを救うために何兆ドルもの資金を手に入れたヒーローなんだからな」

 オーウェンの腕を抉った銃弾は、実は神崎が放ったものではなかった。神崎は正確な射撃で、オスプレイの機能を損なわない場所を選んで銃弾を撃ち込んでいた。むろん、機内の隊員を撃ち抜くこともなかった。

 だが、オスプレイが〝中朝合同軍に攻撃された〟事実を世界に発信するには、機体に穴があいているだけではインパクトが小さい。オーウェンは中国の逃げ道を徹底的に塞ぐために、『大島に撃たれろ』と本国から命じられていたのだ。大島もまた、『オーウェンに銃の傷を残せ』と明確に指示されていた。

 オスプレイの着艦直前、大島は血管を傷つけないように細心の注意を払いながらオーウェンの腕を撃った。オーウェンの二の腕を抉った銃弾は、開いた後部ランプから日本海へと消えていった。

 二人はそれぞれの上官から、同じ内容が記された命令書を受け取っていた。異例なことではあるが、誤解が生じないように作戦の目的まで明確に記されていた。『秘密厳守、読後廃棄』と念を押された命令書は、細かく破られて海上へ廃棄された。

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