フェイズ・エンド――覚醒

 矢作の妻子は、長野県の実家に住んでいた。古い、日本の伝統的な家屋だ。

 実家を訪れた代理人は、妻に矢作の通帳と印鑑を渡した。その様子は、代理人のネクタイピンに付けられた隠しカメラで記録されている。両親は外出しているようだった。

 3歳になったばかりの息子が、訪問者を恐る恐る見ながら妻の首にしがみつく。その頭をなでながら、妻が片手で通帳を開いた。

 妻が息を呑む。

「え……? これって……いくらなんですか?」

 ずらりと並んだゼロの列に、記帳された金額が理解できなかったのだ。

「10億円です」

 妻が目を丸めて代理人を見つめる。

「何でこんな大金を……?」

 画面が大きく揺れる。代理人が頭を下げたようだ。

「大変申し訳ありませんでした。我々は矢作さんに、極秘の仕事を依頼していました。矢作さん以外には成し遂げられない、非常に困難な仕事です。残念ながら、矢作さんはその仕事を完全に成し遂げた後に、不慮の事故で亡くなられました。この金は、その報酬です。万一命を落とした場合は、奥様に手渡すように言い残されていましたので」

「だけど……とっくに別れているのに……」

「矢作さんのご希望ですから」

「あなた方、いったい誰なんですか……?」

「お話しする訳にはいきません。その通帳をお収めいただき、忘れてください」

「だけど……」

「できれば、この家を出て、全く新しい生活を始めていただきたい。万一、金の出所を誰かに尋ねられても、矢作様との関係は明かさないでください。どうしても避けられない場合は、宝くじに当たったと答えてください。これは、国家的な機密に関わることです。最悪の場合、機密保護法の処罰の対象になる場合もあります」

 妻が不安そうな表情を見せる。

「え……? 犯罪者にされるんですか?」

「口をつぐんでさえいただければ、何も起こりません。矢作さんは亡くなられた――それ以外は口外しないでいただければ、何も起こりません。その金は、自由にお使いください。矢作さんの意思ですから」

 代理人は、そうして妻たちの元を去った。

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