3
案内されたのは、高級ホテルの一室を思わせる部屋だった。ベージュで統一されたインテリアが、柔らかい間接照明で照らされている。その中で背中を向けて立っていたのは、深紅のチャイナドレスを着た女だった。一人きりだ。案内した神崎は、矢作を残してあっさり部屋を去った。
矢作は振り返った女を見つめた。腹の内では怒りと苛立ちが激しく渦巻いている。だが女を見た戸惑いは、その怒りを一瞬で逸らしてしまった。背中の印象よりははるかに年を取っている。
東洋系ではあるが、人種は分からない。日本人のようだが、中国人だとも韓国人だとも言える顔立ちだ。年齢もよく分からない。若作りの老人にも、老けた中年にも見える。だがまぎれもなく美人で、姿勢にもスタイルにも一点の緩みもない。
女は、滑らかな日本語で言った。
「レディ・ドラゴンだ――って紹介されたかい? 笑っちゃうよね。でもまあ芸名みたいなもんだから、気にしなくていい。あたしの命が欲しいって連中も多いから、気軽に正体を明かせないんでね。座りなさい」
女は傍らの応接セットを指差した。
矢作は無言でソファーに腰を下ろした。柔らかい革張りで、明らかに超高級品だ。頭の中は疑問ではちけれんばかりだ。だが疑問が多すぎて、何から聞けばいいのかも分からない。
矢作の腹の内を察したのか、レディ・ドラゴンは矢作の正面に座って言った。
「この部屋に通されたってことは、納得したんだろう? 少なくとも、覚悟は決めたはずだ。あんたが危険を冒せば、あんたが大切にしている人が守れる。あんたが逃げれば、彼らが死ぬ」そして、矢作の目を真正面から睨んだ。「納得したね?」
矢作はうめくように言った。
「子供たちは、今の俺には関係ない……」
「それを決めるのは、あたしだ。あんたは気に入らないだろがね。もう一度聞こう。子供を殺させたいのかい?」
矢作の返事は素早かった。
「そんなことはさせない」
「ならば、一生遊んで暮らせる額の報酬を約束しよう。仕事を成し遂げればその金はあんたに渡る。万一あんたが死ねば、金は子供たちに届けられる」
矢作は、自分が追い詰められたことを悟った。
相手は明らかに犯罪組織だ。そして、自分を犯罪に加担させようとしている。この建物や使われている機材を見れば、規模が大きく資金も豊富なことが分かる。自分の身体能力を確認したのは、その能力が不可欠な犯罪を犯そうとしているからだ。何を要求されるにしても、相当の危険が伴うだろう。
むろん、逃げ出したい。能力があるからという理由で犯罪を強いられるのは、不条理だ。だが、犯罪者に倫理など通用しない。逃げれば子供たちに危害が及ぶ。矢作自身も組織に接触してメンバーの顔を見ているのだから、殺されかねない。それが、目の前に突きつけられた冷酷な現実だ。
一方、彼らが真実を語っている保証はない。犯罪者なら、平気で嘘もつけるだろう。〝仕事〟が終われば全員が殺されるのかもしれない。逆に、ただの脅しで、実際にはそんな危険を冒すつもりはないかもしれない。確かなことは、今のところ組織と〝矢作の家族〟には接点がないということだ。組織が一方的に家族を見張っているにすぎない。自分が従ってさえいれば組織はひっそりと姿を消し、今後も接点は生まれないはずだ。覚悟を決めれば、家族だけは守れる。
それ以上に、運に恵まれれば財産を渡してやることもできる。欲とは違う。自分の我がままで苦労をかけてばかりだった元嫁たちに、気持ちを形にして残すことができるのだ。父親としての役割を果たせるかもしれない。
矢作はすべてを失って、抜け殻になったつもりでいた。だが、まだ血を分けた息子が残されている。自らの保身と引き換えに、唯一の〝財産〟を失うことなどできない。
矢作はレディ・ドラゴンを睨みつけた。
「分かった。協力する。俺に何をさせたいんだ?」
レディ・ドラゴンはかすかに笑って、言った。
「酒を持ってきな」どこかで室内を監視している部下に命じたようだ。そして、矢作を見る。「話は長くなる。ま、呑みながら、な」
矢作は尋ねた。
「あんたを何と呼べばいい? レディ・ドラゴンは恥ずかし過ぎる」
「あたしもそう思うよ。そうさね……社長、にしておくかね」
「ここは、会社なのか?」
〝社長〟はうなずいた。
「そんなもんだ。商社……というよりは、銀行に近いかな。できたてほやほやがだ、すぐに世界を動かす力を持つ」
背後のドアが開いて、両手で盆を持った神崎が入った。グラスが二つとアイスピッチャー、チェイサー用の水、そしてジャックダニエルズの黒いボトルが乗っている。矢作が自分に贅沢を許す時に選ぶテネシーウイスキーだ。『SHINOBI』をクリアしたとき以来、口にしていない。お世辞にも高価だとは言えない酒でさえ、矢作には贅沢な存在だったのだ。
テーブルに置かれた酒は、組織が矢作の性癖や過去を調べ尽くしていることを無言で語っていた。
〝社長〟がボトルの封を切って、神崎に言った。
「あんたも呑むかい?」
神崎は笑った。
「遠慮しておきます。あなたのペースにはつきあいきれませんから。グラスも足りませんしね」
神崎が去ると、〝社長〟は自分で酒を注いでストレートで飲み始めた。
「あんたも勝手に呑みな」そして、いきなり本題を切り出した。「ファントム・プリズンと呼ばれる刑務所がある。日本語にするなら、幽霊監獄ってところかな。一般には知らされない、極秘の施設だ。この世には存在しないはずの存在だってことだな。もちろん、刑務所だから警察の施設ではある。だが刑務所といっても、中身は世界最高峰のホテルと同等だ。実際、建物はバブル崩壊で廃業したホテルを買い取って改装している。つまり、中身はホテルそのものだ。〝囚人〟はワンフロアを独占してその中では自由に過ごすこともできるし、世界中から高級食材を仕入れることも、お抱えのシェフを侍らせることも許される。高級娼婦を招き入れることも可能だ。ただし、〝囚人〟は家族との面会を制限されるし、外部との接触は厳しく監視されている――」
矢作には、〝社長〟が何を言わんとしているのか掴めなかった。だが、いきなり語られた〝社会の秘密〟には好奇心をかき立てられた。この世には、矢作の知らない世界が無数にあるのだ。
「何のためにそんな刑務所を?」
「経済犯罪を犯した者を収監するのが目的だ。とはいっても、雑魚が相手じゃない。例えば数10億円を脱税した経営者がいたとしよう。大金をかけて脱税を摘発しても回収できるのは重加算税を乗せた程度の金額でしかない。その背後には、証明する方法がない不正資金が数百倍も蓄えられていることもある。国境をまたいで大金を動かしている奴らほど、マネーロンダリングやらなにやらで税金をちょろまかそうとする。そもそも、人身売買や麻薬などの犯罪で稼いだ汚い金は、税務署の網にはかからない。で、政府はその金を合法的に搾り取る手段を考えた。いわば、刑務所の選択を可能にする、病院の個室みたいな制度だ。刑務所まで民営化するアメリカじゃ、何年も前から取り入れられていた方法だ。経済犯に限り、囚人はファントム・プリズンへの収監を希望することができる。法制局内では、いわゆる〝差し入れ〟と同じ考え方だと理由付けされ、施行範囲を広げる条文がそれとなく加筆されている。だが囚人は、ホテル並みの待遇を受ける代償として特別料金を支払う必要がある。その額は、最低ランクでも一日あたり100万円以上」
矢作は思わずうめいた。
「何だ、それ……?」
「ぼったくりだろう? ま、犯罪者の懐から汚い金を吸い上げるのが目的なんだから、当然だね。一年間収監されれば、総額4億円をはるかに超える額を日本政府に支払う。囚人が何か要求を出せば、その度に対価として追加料金を国庫に納める。つまり、その金額を平然と支払える財力がなければ、ファントム・プリズンを利用することはできない。貧乏人には、こんな施設が存在することすら教えられない。で、警察は金を持った犯罪者を発掘したら、些細な罪状でもいいから汚い刑務所にぶち込む。ま、あれこれ嫌がらせもするんだろうね。犯罪者の方は、金を払ってでもそこから逃げたくなる。で、めでたくファントム・プリズンへ収監されていく。政府はその〝売上〟を使って国税庁の機能を強化したり、一般の刑務所や警察の運営を補助できる。当然、防衛費の拡充にも寄与している。国が行う〝事業〟としては桁外れの収益を上げて、ナショナル・セキュリティーとやらを高める助けになっているわけだ。ま、かなりの額が官房機密費としてプールもされているようだけどね」
〝社長〟は一息置くと、一気にグラスを空にした。二杯目を注ぐと、蓋の開いたボトルを矢作に差し出す。ボトルを受け取った矢作は自分で水割りを作って口をつけた。
グラスを置いて言う。
「で、その刑務所が俺とどんな関係がある?」
〝社長〟は矢作の問いを無視するように続ける。
「ところが、ファントム・プリズンの運営が軌道に乗ると、面白い変化が起こった。刑務所だから、警備は万全。脱出できない代わりに、潜入も難しい。日本政府に守られた難攻不落の要塞、ってところだ。しかも、金さえ払えば娑婆にいる以上の豪華な暮らしが独占できる。最初にそれに目を付けたのが、広域暴力団の組長だった。対抗組織との抗争が激化して命を狙われるようになった時に、あえて些細な脱税を警察に〝上げさせ〟てファントム・プリズンを避難所として使った。国家権力を警備員として雇って、数年間身を隠したようなものだ。パチンコ業界のドンと呼ばれる韓国人も〝静養〟に入っている。もちろん、ファントム・プリズンはその場所を明かされていない。全国に何カ所あるのかも分からない、警察のトップシークレットだ。だがその噂は、世界中の金持ちに知れ渡った。もちろん、数兆円単位の金を自由に操れるスーパーリッチっていう連中に限るがね。今では、FBIの要請でマフィアのボスの証人保護プログラムに使われたり、EUやロシアから超セレブが送られてくるという噂まである」
矢作は耐えかねたように言った。
「だからそれがどうした⁉ 俺に何をやらせたいんだ⁉ そもそも、なんであんたらがそんな国家機密を知っているんだ⁉」
〝社長〟はじっと矢作を見つめた。
「堪え性はないね」
「話をはぐらかすからだ。俺は短気じゃないが、無意味にじらされれば腹が立つ」
「覚えておくよ。それがあんたの欠点かもしれないし、長所にもなるかもしれない。ただし、無意味じゃない。全部、明日からのあんたに関わることだ」
矢作は深呼吸で苛立ちを抑えた。
「わかった。口を挟まずに聞こう。続けてくれ」
〝社長〟は軽くうなずいた。
「まず、質問に答えておくよ。あたしたちがそれを知っているのは、ファントム・プリズン内部に情報提供者がいるからだ。で、今度はあたしから質問だ。あんた、ニュースには関心があるかい?」
不意の切り返しに、矢作はまた溜息を漏らした。
「特別な関心はないが、テレビやネットのニュースぐらいは見る。人並みの知識は持ってると思うが?」
「現在の東アジア情勢を簡単に解説してみなさい」
「東アジアって?」
「中国、韓国、北朝鮮、それと日本との関係」
何を求められているのかが分からない。だが、反抗に意味がないことは分かる。矢作はもはや、彼らの奴隷も同然だ。しばらく考えて、ありったけの知識をかき集める。
その間、〝社長〟は次々とグラスを空けながら矢作が口を開くのをじっと待っていた。
考えをまとめた矢作は水割りで喉を潤してから、説明を始めた。
「約三年前、中国では経済崩壊を食い止められなくなった。周金幣が画策した軍部の再編も集団指導体制の廃止も上っ面だけで、内部抗争は激化する一方だ。国内のテロや暴動も制御が効かなくなり、暴徒に巻き込まれて日本人ビジネスマンが50人以上が惨殺された『重慶の大虐殺』が起こった。中国からの脱出を図った在留日本人は今でも万単位で足止めを食らったままで、事実上の人質状態だ。それをきっかけに共産党支配の崩壊が加速し、国家主席の周金幣が国外逃亡すると、いくつかの戦区が対立する内戦状態に陥った。それぞれの戦区は独立を主張しているが、それを認める国は一国もない。かつての北京軍区を中心とした〝国家〟としての中国は形式上まだ存在しているが、一時は外に向かった軍事力も維持できる状態ではなくなった。台湾では独立運動が激化し、香港は英国領への回帰を公然と表明している。周辺の民族自治区も同様だ。日本では『重慶の大虐殺』で世論の風向きが一気に変わった。直視できないような残忍な殺し方をされた写真がネットに出回ったからね。本当に食われたっていう話だって、嘘だとは言い切れない。で、大東亜戦争のきっかけとも言える通州での虐殺事件も再評価されて、戦後の左翼思想が疑念を持たれるようになった。憲法にはまだ手がつけられないが、以来急速に法改正が進んで、自衛隊が一部の国軍機能を担えるようになった。一度は中国からの偽装難民が大挙して押し寄せたが、その混乱が火付け役になって逆に法整備が進んだ。反日国家なんとか法――ネットじゃ〝特亜法〟って呼んでるが、そいつのおかげで水際で追い返すことができるようになった。犯罪を犯した在日たちも国外追放してるし、これまで中国人に密かに買われていた水源地なんかの山林も強制的に買い戻してるってことだ。今でも中国じゃ日本人がどれだけ殺されているか分からないが、そのおかげで中共を擁護する新聞やテレビも商売ができなくなるし、野党勢力も虫の息だ。大学の教授なんかもずいぶん入れ替わったらしい。ついこの間、90%以上の日本人が「普通の国になったと思う」っていうネットのアンケートが出てたな。おかげで中国の尖閣への軍事的活動も影を潜め、南シナ海への領土拡大を模索する余裕も失ったようだ。核兵器もメンテナンス不足で使用困難だとCIAに暴かれて、恫喝が効かなくなった。共和党政権が復活したアメリカが手練手管を駆使して中国を封じ込めに転じた結果でもある。一方では、米軍が撤退した後の朝鮮半島が混迷を極めている。韓国はIMFの管理下に入っていて経済的には死人と同じ。一度は中国の勢力下に呑み込まれたかに見えたものの、一転して日本やアメリカに媚を売りまくって形ばかりの独立を辛うじて保っている。北朝鮮のキム・ジョンウンは中国主導のクーデターに遭ってロシアに亡命政府を作っていたが、民主化を要求する日本の支援を嫌っていつの間にか元の土地に戻った。ま、拉致被害者は帰ってきたから、日本政府は目的は達したって威張っているがね。ロシアからもあれこれ注文をつけられたんで、息苦しくなったんじゃないかという噂だ。中国の支援を失った北朝鮮は相変わらずの経済苦だが、独立の噂がある北部戦区の支援を裏から受けて核兵器を維持し続けている。互いに国力を弱めながら韓国と小競り合いを繰り返しているが、今のところ大きな戦闘は起きていない。だが偶発的な衝突から、いつ全面戦争に発展するか分からない――ってなところかな。もっと国の範囲を広げて解説するか?」
〝社長〟はにやにや笑っていた。
「充分だよ。それだけ分かってれば問題ない。筋肉バカだと思ってたけれど、上出来じゃないか」
「だから、ニュースぐらいは見てるって。『SHINOBI』は海外で開催されることもある。嫌でも国際情勢は頭に入ってくる」
「なら、海外に逃亡していた中国共産党幹部どもが桁外れの大金を着服してことも知ってるね? 現在の中国政府は――政府っていっても、北京を含む中部戦区が『正当な政権継承者だ』って言い張ってるにすぎないんだが、アメリカやEUに逃亡したかつての幹部たちの身柄拘束と資金返還を要求している。要求された側は、従えば中部戦区だけを一人勝ちさせる結果になるから、二の足を踏んでいる。わざわざ懐に入った金を吐き出したくもないだろう。放っときゃ旧軍区の共食いで中国は消滅して、自分らの金になる可能性だってあるからね。だから今、中国は元幹部を狩り出す実力部隊を密かに世界各国へ送り込んでいる。指名手配されている連中は、捕まれば有り金を搾り取られた上に本国で見せしめの死刑だ。公開処刑ってやつで、機銃でバラバラにされるぐらいならまだ楽な方だろうね。中韓の連中は、日本人には考えもつかない残酷な殺し方を無数に知ってるから。どんな手段を使っても逃げ切らなけりゃならない――」
その瞬間、矢作の頭でこれまでの話が一つに繋がった。思わず、小さな叫びを上げる。
「あ!」
〝社長〟がうなずく。
「分かったようだね」
「中国の元幹部がファントム・プリズンに逃げ込んでるのか⁉ じゃあ、その金を掠め取る――とか?」
「ビンゴ。勘がいいじゃないか。あんたが先頭になって刑務所に攻め込むんだ」
「そんなバカな……盗みなんかしたことはない!」
「覚悟は決めたんだろう? 人を殺せと命じられるよりはマシだろうが」
「だが……強盗なんて……。そもそも、そいつらは刑務所に現金を持ち込んでるのか? どうやって奪えって言うんだ⁉」
その瞬間だった。矢作の頭に男の声が聞こえた。
『心配するな。私の指示に従えばいい』
神崎の声に思えた。矢作は、どこかにスピーカーが隠されているのかと思って、周囲を見回した。
〝社長〟がにやりと笑った。
「どうした? 何か聞こえたかい?」
なぜか、〝社長〟には何も聞こえていないようだった。
「あ、いや……」
再び神崎の声がする。
『私の声は、君の脳に直接届いている。悪いが、体内にちょっとした装置を埋め込ませてもらった』
「何だと⁉」
『大声を出す必要はない。自分に聞こえるだけの囁き声で答えてくれれば充分だ。この装置は小指の先ほどの大きさしかないが、最新鋭の性能を備えている。骨伝導を利用する双方向の通信装置で、超小型のGPSも装備している。君が通信範囲内にいれば、確実に誘導できる』
矢作は、意識が戻った時に首の後ろにかすかな痛みを感じたことを思い出した。それ以後は脱出行動で痛みは気に留めずにいた。あれは、手術の後の痛みだったのだ。普段なら、その変調を見逃すはずはなかった。さほど痛みを伴わない簡単な手術だったのか、あるいは麻酔で部分的に感覚が鈍っていたのかもしれない。
「畜生、勝手にそんなマネを……」
〝社長〟は言った。
「通信機のテストだね。安心しな、あたしが設計した装置だ。体内に埋め込んでも五年は持つ耐久性は確保してある。非接触で充電できるから再手術は装置を取り出す時だけでいい」
矢作の怒りは〝社長〟へ向かった。
「そんなことを言ってるんじゃない! なんでそんなもんを身体に入れたんだ⁉」
「分かりきったことだ。あんたを守るためだよ。一人で危険な場所に送り込むんだからね。あたしたちが指示を送らなかったら、どうやって任務を果たす?」
「任務だと⁉」
「そう。あんたはもう、あたしたちから逃げられない。だから、この通信機が必要なんだ」
矢作は言葉を呑んだ。その通りだ。自分はもう逃げられない。逃げれば、子供たちに危害が及ぶ。二人は絶対に守らなくてはならない。たとえ、自分が死のうとも。
「……分かったよ。従う。で、俺はどうやってその刑務所に潜入するんだ?」
「言ったろう? 金さえ払えば、収監者は娼婦を連れ込むことも許されている。収監者は、男ばかりじゃない」
矢作はうめいた。
「男を売れ……ってか?」
「身長はちょっと物足りないけど、あんた、いい身体してるからね。トム・クルーズもチビだっていうし。あたしももう少し若かったら、試してみたいもんだ」
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