収穫祭deパニック・3
「あ、フィオナさん。ちょうど良かった」
ヴィクトールが戻ってくるのを待っていると、不意に声をかけられた。目の前には黒いマントを羽織った金髪の吸血鬼――セレグレスがいる。セレグレスに吸血鬼の仮装は似合いすぎていて少しだけ怖い。いつも笑顔の彼は正直なにを考えているのかわかりづらく、その捉えどころのないセレグレスにどう接していくのかフィオナはまだ模索中だ。
「セレグレスさんも参加されてたんですね」
「参加というか、会場の警備ですね。場の雰囲気を壊さないよう、僕も仮装してみました」
そういって揺らしたマントの下には、しっかりと帯剣してあるのが見える。
「黒猫の仮装、よくお似合いですよ。せっかくなので、もっと可愛らしい猫に変身させてあげましょう。フィオナさん、ちょっと立ってもらえますか?」
促されて立ち上がると、突然セレグレスがフィオナの後ろにしゃがみ込んだ。
「セレグレスさん!? 何を……っ」
「楽しい夜になるように、僕からプレゼントです」
有無を言わさずスカートについた尻尾を握られる。感触などないのに、何だか体の一部を触られているようで恥ずかしい。こんな場面をヴィクトールに見られたら、彼はどう思うだろうか。そう思った瞬間、フィオナの妄想から飛び出したかのように、ヴィクトールの焦った声が鼓膜を震わせた。
「セレグレス! お前、フィオナに何をしている!」
よほど慌てたのか、両手に持ったグラスから飲み物が大量にこぼれてしまっている。猫グローブをびちょびちょに濡らしながら近寄ってきたヴィクトールの背に庇われて、フィオナはやっとセレグレスの手から解放された。
「いやですね。さすがの僕も、公衆の面前でフィオナさんのお尻を撫でたりはしませんよ」
「単語を出すな! 女性の前だぞ!」
「臀部、といった方がいいですか? それとも下半身?」
「どっちもダメに決まっているだろう!」
「しょうがないですね。……それじゃぁ、かわいらしく桃にします?」
「もっ……桃か、それなら……って、ちがぁぁうっ。尻の話題ではない!」
結局自分の口から「尻」という単語を発してしまい、ヴィクトールの顔がさぁーっと青ざめてしまった。心なしか体もプルプル震えているように見える。
「あ、あの、団長さん。わたし大丈夫ですよ。お尻でも桃でも下半身でも平気なので」
「フィオナ。……いや、しかし」
「触られてませんし、そんなに気にしないで下さい」
そっと背中に手を添えると、項垂れたヴィクトールがチラッとフィオナを振り返る。フィオナの顔色を窺う様子は、まるで何か失敗してしまった大型犬が飼い主に怒られるのを怖がっているかのようだ。黒猫コスチュームなのに、視覚情報の乖離が激しい。
「そう、か? 君が平気なら……いいんだが」
「フィオナさんに許してもらえて良かったですね」
しゃあしゃあと言ってのけるセレグレスに、もちろん悪びれる様子はない。何ならもう二人とは少し距離を置いていて、そのまま仕事に戻る勢いだ。
「元はといえばお前のせいだろう! そもそもフィオナに一体何をしていた?」
「今夜を楽しむために、ちょっとした贈り物を」
セレグレスの視線を辿ると、フィオナのお尻――スカートに縫い付けられていた黒猫の尻尾に、パープルピンクのリボンが結ばれている。スカートのフリルと同じ色のリボンは、違和感もなくフィオナの衣装に馴染んでいた。
「それならそうと早く言ってくれ。……ありがとう」
「あなたの素直さは本当に美徳ですが、少し恐ろしくもありますね」
「何がだ?」
「いいえ?」
含みのある笑みを浮かべたまま、セレグレスが小さく首を振る。
「僕からのプレゼント、きっと気に入ると思います。……特にヴィクトール、あなたにはね」
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