第12話 小動物を愛でる性癖のようですね

「助けて下さって、ありがとうございます」

「市民を守るのも、僕たちくれないの騎士団の務めですからね。気にしないで下さい」


 白い生地に紅の十字ラインが入った騎士服は、紅の騎士団の制服だ。王族の護衛や街の警護が主な仕事の彼らは、空を飛ぶ竜騎士たちよりも市民との距離は近い。フィオナも花を売り歩く時は、街を巡回している騎士団の彼らを何度も目にしている。

 今も夕方の巡回中だろうか。金髪の青年を呼ぶもうひとりの騎士が、通りの向こうから早足で駆けてくるのが見える。


「セレグレス。お前魔法放っただろ。市中でのむやみな魔法は禁止されてるんだぞ」

「彼女がタチの悪い男に絡まれていたので」

「だからって服燃やすことないだろ。あの男、ズボンがまるごと燃えてたぞ」


 やっぱり燃えたんだ……と、フィオナは申し訳ない気持ちになる。その視線がセレグレスと呼ばれた金髪の男とかち合うと、彼はあの爽やかな笑顔を湛えたままフィオナの手から手押し車の持ち手を自然な動作で引き取った。


「あの?」

「家まで送ります。もしかしたら下着男が現れるかもしれませんし」

「そうさせたのはお前だろ! ……って、あぁもう人の話を聞きやしない」


 男がぼやくのも当然である。セレグレスは手押し車を押してさっさと歩き出しており、当のフィオナは彼の同僚である騎士の男とふたり取り残されたままだ。悪い人ではなさそうだが、少し癖のあるセレグレスに、フィオナはどう反応していいか分からなかった。


「あぁ……えぇと、君。何か悪いね」

「い、いえ。助けて頂いたのは本当ですし……」

「魔法も剣も同期の中じゃ一番なのに、ちょっと自己中過ぎるというか……。今も君を送る気満々だしね」

「お仕事中じゃないんですか? 私なら一人でも大丈夫ですけど」

「君を無事に送り届けるのも仕事のうちさ。ここは大丈夫だから、君も遠慮せず送って貰うといい」

「そう、ですか。では、お言葉に甘えて……ありがとうございます」


 振り返ると、通りの角を曲がるセレグレスが見える。あまりにも堂々とした足取りだったので一瞬ついていきそうになったが、屋敷への道はそっちじゃない。フィオナは慌ててセレグレスへと駆け寄ると手押し車を方向転換させ、今度は一緒に押しながら通りをまっすぐに進んでいった。


 とはいえ、さすがにヴィクトールの屋敷まで送ってもらうのは気が引けた。所属は違えど、二人とも城に勤務する者同士だ。ヴィクトールの方は団長なので、セレグレスも彼の存在を知らないはずはないだろう。

 どうしたものかと考えているうちに辺りは貴族たちが多く住む区画に変わり、洗練された街並みを通る手押し車の場違い感が半端ない。さすがに違和感を覚えているだろうとセレグレスを窺い見れば、申し合わせたようにフィオナは名前を呼ばれた。


「フィオナ?」


 声のした方を見ると、向こうからヴィクトールが歩いてくるのが見えた。いつの間にか屋敷の近くまで辿り着いていたようで、見覚えのある門扉のそばにアネッサの姿もあった。


「帰りが遅いとアネッサが心配していたので、迎えに行こうかと思っていたのだが……。セレグレスも一緒とは、何かあったのか?」

「あぁ、やっぱりあなたの結婚相手ってこの子だったんですね。普通の町娘があなたの屋敷の方へ行くので、もしかしてとは思っていたんですが」

「やはり騎士団の方にも、話は広まっているのか」

「当たり前でしょう。堅物生真面目女に不器用な竜騎士団長が結婚したと、朝から大騒ぎでしたよ」

「いや……言い方……」


 やはり顔見知りだったのかと思ったが、それにしてはやけに親しげな感じがする。セレグレスと話すヴィクトールの表情は、副団長のゴルドレインに向ける柔らかいものとよく似ていた。


「あぁ、フィオナ。彼はセレグレス・サークロイ。騎士団の第三隊長を任されている。私の幼馴染みなんだ」

「そうだったんですね。あの、団長さん。わたし先ほどセレグレスさんに助けて頂いて、それでここまで送ってもらったんです」

「助けた?」

「街のごろつきに身売りさせられそうになっていただけですよ」


 案の定「身売り」の単語に異常な反応を見せたヴィクトールだったが、セレグレスがやんわりと事の顛末を説明してくれたおかげで、彼の怒りは爆発することなく静かに喉の奥へと沈んでいった。


「彼女を助けてくれて、本当にありがとう」

「これも仕事ですからね。気にしないで下さい。……それにしても、本当に驚きましたよ」


 そう言うものの、セレグレスの口調は淡々としている。抑揚が少ないというか、感情が平坦というか、そんな感じだ。


「どんなに見目麗しい貴族令嬢に迫られても逃げるだけだったあなたが、まさか結婚するとは思いもしませんでしたが……」


 セレグレスが含みのある視線を二人に向けて、にっこりと美しく笑った。


「意外にあなたは小動物を愛でる性癖のようですね」

「……は?」

「庇護欲をそそられる相手がタイプということでしょうか。狼に囲まれて震えるうさぎを眺めていたい欲はよく分かりますよ。意外とあなたも僕と同じサディストの気質があるのかもしれませんね」

「お前と一緒にするな!」


 屋敷の使用人や竜騎士の同僚、そして幼馴染みにまでからかわれる竜騎士団長ヴィクトール・ティルヴァーン。

 フィオナより背の高い彼が顔を赤くして狼狽える様を見ていると、何だか彼の方が狼に囲まれて震える大きなうさぎのように思えて仕方がなかった。




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