うさぎ女子(42話その後)
メルトシア王国が誇る蒼の竜騎士団。その団長を務めるヴィクトールとは、幼馴染みになる。互いの親が友人関係であったため幼少期から顔を合わせることが多く、遊びの一環として木剣を交えることも良くあった。真面目な性格を形にしたようなヴィクトールの太刀筋に、セレグレスが負けることはなかったのだが。
生真面目で融通の利かない男。それがヴィクトールだ。実直な性格は好ましくもあるが、それは逆に闇を隠した人間の笑顔を容易に信じてしまうという弱点もある。
人間の善の部分を過大評価して信じ切ってしまうヴィクトールに呆れることが大半だが、それでも揺るがないまっすぐな彼の輝きをたまに羨ましく思う。自分がとうの昔に失ってしまった純粋さ。見ているだけでこそばゆいヴィクトールの生き方は、時々闇の底に沈みそうになるセレグレスの心を強引に光の方へ引き上げてくれる。
ヴィクトールは光だ。その光が翳らないように、セレグレスは彼を覆い尽くそうとする暗雲を振り払ってきた。それは義務ではなく、自分のためだ。
ヴィクトールには、いつまでも道の先をまっすぐな光で照らし続けて欲しい。人間の汚い闇の部分は、自分が代わりに引き受ける。
――だから、その対価として多少の遊びは許して貰いたい。
「わぁ。フィオナさん、さすが小動物ですね。うさぎの衣装がよくお似合いです」
ぱちぱちと手を叩くセレグレスの前には、白いワンピースを着たフィオナが立っていた。襟と袖と裾に白いふわふわとしたファーが付いており、アクセントとして胸元に赤いリボンが揺れている。腰の下辺りにも飾りとして丸いファーが付いていて、どうやらそれがうさぎの尻尾と言うことなのだろう。
露出は少ないのに、なぜか破壊力が凄い。ヴィクトールの理性が、彼の中でぷるぷると震えている。
結婚の祝いにとセレグレスが持ってきたのは、白いファーの付いたワンピースだ。デザインも可愛らしく、フィオナに似合うだろうと容易に想像できたが、贈り物が「服」であることに多少の戸惑いを感じた。
以前にも異性に服を贈る意味について、ちょっとした騒ぎがあったのだ。その意味を知るヴィクトールの心中は穏やかではない。
けれどもせっかくの贈り物を無下にするわけにもいかず、フィオナもヴィクトールの顔を立てるつもりでワンピースを着てお披露目会となったのだ。
「あとはこれをつけて完成です」
そう言ってセレグレスがフィオナの頭に「それ」を装着した瞬間、ヴィクトールが盛大に吹き出した。
「なっ、なん……っ、何だそれはぁぁ!」
「何って、うさ耳のカチューシャですよ」
「言葉にするな! 卑猥さが増す!」
「いやですね。ただのうさ耳にまで欲情するんですか? こんなに可愛いうさ耳を卑猥だと思う方が、僕は心配ですけど」
「ただのうさ耳が、何で動いてるっ!?」
さっきまでぴんっと上に伸びていたうさ耳は、今はフィオナの頬辺りまで垂れてぷるぷると震えている。羞恥に顔を染めるフィオナの様子に驚くほどぴったりで、うさぎの獣人がいたらきっとこんな感じなのだろうと、思わず魅入ってしまうほどだ。目が合うと驚いたのか、うさぎの耳がぴんっと上に伸びる。
「フィオナさんの感情に合わせて動くように、
「お前は
「そういうわりには、結構喜んでますよね? 僕もフィオナさんがここまでうさぎになりきるとは思わなかったんですけど……ちょっと部屋の隅でしゃがんでもらってもいいですか?」
「いやですっ!」
「それは残念。でも……うさぎをおいしく頂くのは狼の役目でしたね。もう結婚もして、狼もさすがに冬眠から目覚めたはずでしょうし? あ、冬眠するのは熊でしたか。熊……だと、色々大変そうですね」
セレグレスの意味深な視線にヴィクトールは言葉を詰まらせて、また激しく咳き込んでしまった。慌てて駆け寄ったフィオナの頭上では、うさぎの耳がぴくぴくと動いていて――。それがまたとんでもなく可愛いから、ヴィクトールはもう両手で顔を覆うしかできなかった。
***
――その日の夜。
「セレグレスが服を持ってきた時は正直焦ったが……君が脱がされなくてよかった」
「さすがにそれはないですよ。でも服は可愛かったのに……うさぎの尻尾と耳は余計ですよね」
祝いの気持ちはありがたいが、贈り物に服を選んだのは絶対にわざとだ。ゴルドレインから以前の「服を贈る意味」事件――というほどでもないが――を聞いたのだろう。そもそもなぜセレグレスがフィオナの服のサイズを知っているのか、そちらの方が気になるところだ。
それでも悔しいことに、白いワンピースはフィオナにとてもよく似合っていた。うさぎ耳には驚いたが、常日頃から感じているフィオナに対する庇護欲が一気に倍増したのは言うまでもない。
「だが……あれはあれで似合っていて可愛かった。よければもう一度つけてみてくれないか?」
思わず口を吐いて出た言葉に、フィオナがむぅっと眉を顰めた。けれど唇を尖らせるその仕草も、可愛さが上乗せされるだけでまったく怖くはない。
「それならヴィクトールさんがつけてみて下さい」
「何で私なんだ」
「大きなうさぎが見てみたいです」
自分がつけても全然可愛くないだろうと思うのだが、目の前でうさぎ耳のカチューシャを手にして背伸びをするフィオナを見ていると自然と頬が緩んでしまう。身長差があるので、ヴィクトールが背筋を伸ばして立ってしまうと、フィオナの手はぎりぎり頭に届くか届かないかくらいだ。
正面で必死に背伸びをして、それでも届かず時々ぴょんっと跳ねる。その様子は本当にうさぎのようで、――つい悪戯心に火が付いた。
「私はうさぎではなく、君の前では常に狼なのだが……」
無防備なその体をくいっと引き寄せて、愛らしい小さな唇にやわく噛み付く。
「あっ、ちょっと……んんっ!」
反論はもちろんキスで押し込めて。思う存分に味わった唇を名残惜しそうに舐めると、ヴィクトールのうさぎは瞳ではなく頬を真っ赤に染めて俯いた。
「おいしそうなうさぎが目の前にあれば、我慢出来なくなるのは仕方ないだろう?」
「……少しは我慢して下さい。体がもちません……」
「私は……君が愛しすぎて心がもたない」
腰に腕を回して抱き上げる。フィオナの足を床から離して逃げ場を奪うと、ヴィクトールは再度顔を寄せて優しいキスを繰り返した。
※はとりさんから頂いた、セレグレスのイラストはこちらです。
https://kakuyomu.jp/users/lastmoon/news/16816927860000972464
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