収穫祭deパニック・4

 セレグレスと別れたあと、フィオナはヴィクトールに連れられてテラスへと出てきていた。二階のテラスから見える庭園も華やかに飾り付けられていて、散歩するミイラや魔女たちの楽しげな声が風に乗って流れてくる。


「わぁ! 外も凄く綺麗にライトアップされてるんですね」

「毎年、しろがねが張り切っているからな」


 しろがねとは、王都リグレスを守る三大組織のひとつだ。魔力に長けた彼らは、国の防衛に関わる武具だけでなく、今回のように人々の生活を豊かにする発明の研究もしている頭脳派集団だ。


「せっかくだから庭園も散歩してみるか?」

「したいです! ……あ、でも団長さん踊らなくて良かったんですか?」


 今夜は仮装ダンスパーティーだ。普段はあまりこういう場には出ないと聞くヴィクトールが、わざわざ黒猫の衣装を用意してまで参加しているのだ。よほど踊りたいのか、あるいはセレグレスと同じで仕事の延長なのか。そう思っていたフィオナだったが、困ったように眉を下げて微笑むヴィクトールを見る限り、どうやら予想は外れたらしい。


「君が踊りたいのなら、会場に戻るが……」

「いえ! 私、その……練習はしたんですけど、まだ上手く踊れなくって。団長さんに恥をかかせちゃいますから」

「今日のパーティーはそういうダンスをする必要はない。思うままに、好きに踊ればいい」

「でも団長さんは、踊れるんでしょう?」

「それはまぁ……私の場合は必要に迫られてと言うか。だからあまり得意ではない」


 竜騎士団長ともなれば地位も高く、社交場に顔を出すこともあるだろう。教養のひとつとして身に付けているであろうダンスをフィオナはまだ見たことがなかったが、優雅に踊るヴィクトールを想像すると胸の奥にぽっと甘い熱が灯るのを感じた。


「団長さんのダンスを見てみたいです」

「あまり人に見せられるようなものでもないと思うが……」

「いつか私にも教えて下さい。もしかしたら、そういう機会が今後ないとは言い切れませんし」

「君は真面目だな」


 紺色の瞳を細めて優しげに笑いながら、ヴィクトールが庭園へ続く階段を降り始める。かと思えばすぐに振り返って、甘い微笑はそのままにフィオナへと右手を差し出した。


「お手をどうぞ。マイレディ」


 その所作があまりに美しくて。

 段差のせいで目線の逆転したヴィクトールの紺色の瞳が、煽情的に揺れていて。

 いつもと違うヴィクトールの姿に、フィオナの鼓動が一気に限界まで跳ね上がった。


「ちょ……っと、だ、だめです! それは危険ですっ」


 このままヴィクトールと目を合わせていると、心臓が爆発してしまうかもしれない。黒猫コスチュームがかっちりとした隊服にすら見えてくるようで、フィオナは堪らず熱くなる頬を黒猫の肉球グローブで覆った。

 その瞬間、頬の熱を冷ますように少し強い風が吹き抜けて――フィオナの丈の短いスカートがふわりとめくれ上がった。


「きゃぁっ!」

「……っ!」


 フィオナがスカートを押さえるよりも早く、その眼前にいたヴィクトールが物凄い瞬発力でタックル――もとい、フィオナの太腿に両腕を回してスカートの裾ごと抱きしめた。そのままの勢いで抱き上げられ、フィオナの視界が一気に高くなる。


「だ、団長さん!?」

「大丈夫だ。スカートの中身は死守した!」

「そ、それはどうも……ありがとう、ございます」

「私も……その、見ていないから……安心してくれ」


 太腿を抱きかかえられているせいで、ヴィクトールの顔はちょうどフィオナのお腹辺りだ。フィオナも落ちないようにヴィクトールの両肩を掴んでいるので、いつもよりも……それ以上に距離が近いし密着部分も多い。そのせいかフィオナの腹部あたりは、さっきからずっとヴィクトールの呼吸の熱と言葉の振動に晒されてムズムズと落ち着かない。

 それにフィオナは今、言うなればヴィクトールの両腕に座っている形だ。スカートのフリルがいい意味で緩衝材になってはいるが、ヴィクトールの逞しい腕の感触がどうしてもお尻と腕に伝わってしまう。腹部のムズムズはいつの間にかお尻と太腿にも伝染して、ついにはフィオナの尻尾までぶるっとしまった。


「……え?」

「どうした?」

「ちょっと待って……下さい。何か変っ」

「フィオナ?」


 尻尾の違和感に体をよじると、ずり落ちそうになるフィオナをヴィクトールが更に強く抱き上げる。その拍子にぶらんと垂れていた尻尾がヴィクトールの腕に触れて――ぞわり、と震えた。


「わぁ!」

「すまないっ。すぐに降ろして……」

「待って待って! 団長さん、降ろすの待って下さいっ。尻尾が……」

「尻尾?」


 尻尾に触れたヴィクトールの腕がまた少し動く。その度に尻尾を通じてフィオナの体に変な電流が走る。まるで尻尾の先まで神経が通っているかのように、くすぐったいと感じてしまうほどだ。


「動くと尻尾があたって……っ、くすぐったいです。いま降ろされても、わたし……ちょっと立てる気がしません。力が……抜けちゃって」

「なぜ尻尾が……。……っ、セレグレスか!」


 セレグレスの贈り物リボンを結んだ尻尾が、まるで肯定するようにくるんと上に伸びる。本物の猫のように自在に動く尻尾が、ヴィクトールの腕を伝って……あろうことか今度は彼の頬をさわさわとくすぐりはじめた。


「……っ、ちょ……待て。待て待てっ、これはダメだ!」

「そんなこと言われても……私の意思じゃ動かせません。どうしたらいいんですかぁ!」

「ひとまず落ち着こう! 深呼吸だ! そう、深く息を吸って……吐いてぇ……ふがっ! フィッ、フィオナ! くふぃのなふぁぁぁくちのなかぁぁぁ!!」

「ひゃん! やだやだっ、団長さん! 喋らないで下さいっ」

「君こそ尻尾で顔を撫でまくらないでくふぇっふぅ!」

「私のせいじゃないですーっ!」


 その後も尻尾はヴィクトールの頬を撫でたり、ぺしぺしと額を叩いたりしていて一向に鎮まる気配がない。たまに唇を掠めるものだから、その度にフィオナの体はプルプルと震えてしまい、最後には完全に力が抜けてヴィクトールの肩にもたれかかってしまった。


 ヴィクトールと言えば、あられもないフィオナの姿(語弊がある)と艶めいた喘ぎ声(語弊がある)に、何か必死で耐えているようだ。時々「……くっ」と息を呑んで、フィオナを抱きしめる腕に過剰なくらいに力が篭もる。それがまた敏感になったフィオナの神経を刺激して、結果連動した尻尾がふぁさふぁさと動き、ヴィクトールが呻く……という負のループに陥ってしまうのだった。


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