第20話 全力で嫁を愛してやれ

 メルトシア王国の東に位置する隣国エイフォンとは、昔からモルドレイ山脈の竜卵を巡って衝突が起こっている。

 国獣である竜を保護したいメルトシアと、竜の力を手にして国力を上げたいエイフォン。最初は意見の衝突だったものが、今では密猟という強硬手段に出ているエイフォンに対して、メルトシアは再三に渡る警告をおこなっている。それでも密猟者を国が容認している証拠がないので、メルトシアは武力行使という強い措置をエイフォンに対して行うことができない状態だ。

 抗議の文書に対して形だけの謝罪が送られ、ほとぼりが冷めるとまた密猟者が竜卵を狙う。解決策の見つからないイタチごっこは、もう数年前から続いている。


「っとに、いけ好かねぇ野郎だ」


 そうぼやいて舌打ちするのはティーガスだ。おおよそ国王とは思えない風貌と態度に口を出す者はいない。集まった臣下たちはもう慣れている……というか、苦言を呈することを諦めているといった方がいいだろう。

 朝の会議室に集まったのは宰相を初めとする重鎮たちに加えて、ヴィクトールたち団長クラスの面々だ。手元の書類には、先日イスタ村で起きたフィオナの襲撃に関する項目が書き記されている。


くれないしろがねにイスタ村を、蒼に上空から襲撃者を探させたが、まぁ見つかるわけないよな。犯人はとっくに逃げたあとだった」


 あっけらかんと言った後で、ティーガスがテーブルの上……皆に見えるように青い石のついたネックレスを放り投げた。よく見ると石の中に溝のようなもの見える。


「それは隣国で良く使われている転送魔法の魔石らしい。そうだな? ヘイデン」

「魔力のない者でも、この石を使えば望む場所にひとっ飛び出来ますな。ですが効果は一度きり。イスタ村で見つけたこれも効力を失って、今はただのがらくたじゃ。その証拠に、石に刻まれた魔法陣が色をなくしているのが分かるじゃろう」


 石の中の溝だと思っていたものは、光に傾けてみると確かに魔法陣の形を残している。犯人はこれを使ってどこかへ逃げ、代わりに石だけがその場に残されたと言うことか。


「ならばこれを証拠として、エイフォンに送ることも出来るのでは?」


 そう言ったのはくれないの騎士団長だ。ヴィクトールの父親くらいの年齢だが、逞しく鍛え上げられた体躯には未だ力がみなぎっており、血気盛んな様子が見ているだけでもありありと伝わってくる。

 正義感の強い男なので、隣国エイフォンの悪事を見逃せないタイプだ。今回の件でようやく尻尾を掴めたと意気込む彼に、けれどティーガスは首を横に振ってそれを否定した。


「送ったところで、どうせ奴らは知らん顔するだろう。お決まりの、不老不死を望む好事家たちの仕業とでも言うだろうな」

「しかし、それではまた幻竜が狙われてしまいます。今は我々くれないの騎士団も警護に当たっていますが……城で保護された方が良いのでは?」

「それについては俺も考えたが……ヴィクトールが嫁と片時も離れたくねぇんだとさ」

「ぶふっ!」


 盛大にせたヴィクトールが反論しようとするのを片手で制し、ティーガスが今度は真面目な口調で先を続ける。それなら最初から真面目にやってくれと言いたいところだが、話の腰を折るのも本意ではないので、ヴィクトールは唇をぐっと噛み締めてひたすら黙秘に徹するのだった。


「エイフォンの尻尾を掴むのも忘れないが、とりあえず今は幻竜の聖竜化が最優先事項だ。今回のことがまた起こらないとも限らねぇ。その度に暗黒化されちゃ、たまったもんじゃねぇからな。だから、ヴィクトール!」

「はっ!」

「俺らは全力でお前たちを守る。だからお前も、もっと全力で嫁を愛してやれ!」


 言い方に難があったが、ティーガスの言葉も間違いではない。ヴィクトールのやるべき事はルルの聖竜化であり、そのためにはフィオナと仮初めでも愛を育んでいかなければならないのだ。

 だが正直うまくやれている自信はまったくない。けれどただの女性であるフィオナが頑張っているのに、自分だけがもたついている場合ではないと、ヴィクトールは弱気な自分を心の中で叱咤した。


「……善処します」



 会議を終えて皆が退室する中、ヴィクトールと宮廷魔道士のヘイデン二人がティーガスに呼び戻された。


「ヘイデン」

「結界は張り終えております」


 ティーガスとヘイデンの阿吽あうんの呼吸に、ヴィクトールだけがついていけない。何事かと訝しむヴィクトールに、ティーガスが投げて寄越したものを受け取ると、それは先ほどの魔法陣の名残を残す青い石のネックレスだった。


「さっきはああ言ったが、ソレが犯人のものかどうかは確証がない」

「……どういうことですか?」

「そもそも転送魔法陣を刻んだ魔石は使い捨てじゃねぇんだってよ。効力は一度きりでも、上書きすりゃ何度でも使えるらしい。そうだよな? ヘイデン」


 話を振られ、ヘイデンが首肯しゅこうする。


「稀に落としていくうつけ者もおるかもしれんが、今回はフィオナ嬢の命を狙った犯行現場じゃ。証拠となるものをわざわざ落としていくとは考えにくい。もちろんただの大馬鹿者の可能性もあるじゃろうが」

「わざと石を落として、エイフォンの仕業に仕向けた者がいると?」

「そういう可能性もあるってことだ」


 確かに言われてみれば、フィオナが襲われた場所にわかりやすい証拠を残していくとは考えにくい。だがあの時はルルが助けに入ったとも聞く。逃げようと焦った犯人が、慌てて落としていった可能性もある。

 現状ではどちらでもあり得る話だ。それをわざわざ、部屋に結界を張ってヴィクトールにだけ教えるティーガスの真意とは何か。


「……まさか、内部の犯行だと?」

「さぁな。そこまでは分からねぇが、犯人がフィオナを狙った理由は幻竜を手に入れるためとしか思えん。なら、誰が幻竜を欲しがる?」

「それは、やはりエイフォンでは?」

「幻竜が生まれたのは最近だ。しかも偶然にな。リグレスここでも大々的に発表してねぇから、知ってるのは城に詰めてるモンくらいだろう。それがどうやってエイフォンに伝わった? 風の噂で届くにしても、正確すぎんだろ」


 幻竜が生まれたことと、ルルを育てるフィオナの存在が既に隣国に伝わっているとしたら、その情報はどこから流れたものなのか。

 そして更に今回の事件が隣国とは無関係だった場合、ルルを欲しがっているのは国内にいる誰かと言うことになる。

 どちらが真実だとしても、それは恐ろしい話に違いない。


「エイフォンでは密猟した竜卵を孵して、竜騎士の真似事をしているらしいとも聞く。今回の件も、幻竜を手にしてメルトシアを乗っ取ろうとしてるのかもしれんが……。まぁ、どっちに転んでもいいよう、警戒だけは怠るなって話だ」

「まとめが軽すぎやしませんか?」

「そうか? お前がちゃちゃっとあの子竜を聖竜にしてくれたら、何の問題もねぇんだがな」

「聖竜になっても狙われる可能性は否定できませんが?」

「お前たちの愛を受けて育った聖竜だぞ? お前ら以外に心を許すとは思えんし、万が一狙われたとしても聖竜化してるなら自分で何とか出来んだろ」

「最後……随分と投げやりに聞こえますが」

「女みてぇにぐちぐちとウルセぇな。話は終わりだ。お前はフィオナとのイチャイチャに専念してろ」


 最後の最後で反撃を食らってしまい、ヴィクトールはティーガスの思惑通りぐっと声を詰まらせてしまう。その後ろで「女と遊ぶのが仕事とは羨ましいのぅ」とヘイデンが呟けば、もうヴィクトールは二人の顔を見ることも出来なくなってしまった。





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