第7話 どちらもイケるから大丈夫
ヘイデンの助言を受けて子竜を籠から出すことにしたフィオナたちは、城にある竜騎士専用の訓練場へと足を運んだ。屋内よりも屋外の方が万が一にも備えやすいし、何より訓練場には飛竜のための竜舎もある。同じ竜の仲間がいる方が、子竜にとっても安心するのではないかというヴィクトールの提案だった。
「今は見回りの時間だから、残っている者は少ないと思うが」
そう言って訓練場に続く角を曲がると、ヴィクトールの予想は見事に外れていた。
「あ! 団長が来たぞ!」
「本当だ。女の子連れてる」
「しかもめちゃくちゃ可愛いじゃん。何、あの小動物っぽい子!」
やっぱり結婚の噂は広がっていたようで、フィオナはあっという間に若い竜騎士たちに囲まれてしまった。まるで餌に群がるハイエナのようである。
小柄なフィオナは騎士たちに埋もれてしまい、端から見れば頭ひとつぶん背の高いヴィクトールに若い騎士が群がっているようにも見えて異様な光景だ。
「お前たち、見回りはどうした!?」
「じゃんけんで負けた順に飛んでます!」
「団長が結婚したって聞いたから、みんなびっくりして仕事にならないんっすよ!」
「もうちょっとしたら俺の順番回ってくるんで、その前に団長に会えて良かったです。この子が奥さん……うわぁー、こんな可愛い子どこで見つけてきたんですか!」
わらわらと集まってくる騎士に詰め寄られ、フィオナの腕の中で子竜が怯えたように籠の隅に縮こまっている。フィオナも気圧されて後退したが、前も後ろも騎士に囲まれてしまい、逃げ場というか隙間すらない状態だ。その背にとん……と軽い衝撃を感じれば、次には騎士たちから庇うように体にヴィクトールの腕が回された。
「お前たち、いい加減にしろっ!」
怒気を孕んだ声に、騎士たちが一斉に姿勢を正す。もちろんヴィクトールに一番近いフィオナの体もびくんと跳ねた。
「彼女が驚いているだろう。それに女性をそんなに好奇の目で見るんじゃない」
ヴィクトールの怒号にフィオナは萎縮したものの、彼らにはあまり効果がなかったようだ。「おぉー!」と言う謎の歓声が上がっている。それでも騎士の性分なのか、彼らはフィオナから距離を取り、二人を中心にして綺麗な円形に整列した。
「俺たちはただ団長を祝いたかったんですよ」
「団長に相手が見つかって本当に良かったです。これで俺たちも遠慮なく彼女を作れますっ!」
「結婚おめでとうございます!」
声を揃えた騎士たちが皆一斉に拍手をするので、近くを通りかかった者まで何事かと振り返る始末だ。さすがに疲れたのか、ヴィクトールはもう怒鳴ることもできずに頭を抱えてしまった。
「アナタたち、そろそろ二人を解放してあげなさい。ヴィクはともかく、彼女が怯えまくってるじゃないの」
騎士たちの壁の向こうから柔らかい声がした。竜騎士団の中にも女性がいるのかと思って目をやれば、フィオナの前に現れたのはヴィクトールと同じくらい背の高い人物だ。
緩やかに波打つ長い金髪に、くっきりと色付いた赤い唇。長い睫毛に縁取られた垂れ目と左の泣きぼくろが妙に色っぽい。フィオナよりも数倍色気があり、かつしっかりメイクを施した美女の登場に、騎士たちがサーッと脇に避けて道を開けた。
「ほら! アナタたちはさっさと仕事に戻る! サボった時間の分、腕立て百回よ」
そう言って美女がヒラヒラと手を振ると、騎士たちは渋々ながらも持ち場に戻って素直に腕立て伏せを始めた。騒がしかった訓練場は一気に落ち着き、代わりに数を数える声だけがあちこちで上がっている。
「びっくりさせてごめんなさいねぇ。朴念仁のヴィクがいきなり結婚したものだから、みんな相手が気になっちゃって……」
「ゴルドレイン、助かった」
「ヤダ、名前で呼ばないでって言ったでしょ。アタシはレインよ、レーイーンー」
「どっちでも呼んでもお前はお前だ」
「出たわ、天然のタラシ発言。そうやって彼女も口説き落としたのね。やればできるじゃない」
そう言ってウインクをしてくるゴルドレインに、ヴィクトールの表情も少しだけ和らいで見える。二人とも同じ歳くらいだろうか。ゴルドレインとは初対面、ヴィクトールともたいして変わらないが、フィオナから見ても二人は気心の知れた間柄だということが感じられた。
「フィオナ」
「は、はい!」
「彼はゴルドレイン・シェルトス。竜騎士団の副団長をしている。こんな見た目だが、彼はれっきとした男だから……その、気をつけるようにな」
「おっ!? ……とこの、人ですか?」
「ウフフ、びっくりした?」
人差し指を唇に当てて笑う様はどう見ても女性にしか見えない。けれど彼女――いや、彼の名前は確かに男性名の響きだし、よく見れば喉仏もしっかりと立派なものが飛び出ている。
「あんまり綺麗なので、びっくりしました。羨ましいです」
「あらヤダ! 何て素直な子なの! こんな格好してるけど、アタシ体は男のままだし、恋愛対象はどちらもイケるから大丈夫よ」
「余計な情報を植え付けるな。それに彼女は私の婚……にゃく者だ」
「……何でまだ照れてるのよ」
自分の言葉に照れているヴィクトールに呆れ笑いを浮かべつつ、ゴルドレインはその視線を今度はフィオナと子竜に向けて興味深げに瞳を瞬いた。
「ふぅん。それでこの子が昨日の竜。ちっちゃくて可愛いわね。でも白い羽毛の竜なんてはじめて見たわ」
「それについては後で皆を集めて詳しく話す。とりあえず子竜を外に出して、人に慣れさせようと思ってな。ここなら飛竜もいるし……エスターシャも預けたままだったからな」
「エスターシャ?」
知らない名前に首を傾げたフィオナを見て、ヴィクトールがかすかに口角を上げる。自然な笑顔はひどく柔らかくヴィクトールの顔を彩り、それだけで彼が「エスターシャ」をとても大切に思っていることが見て取れた。
「あぁ、君にはちゃんと紹介していなかったな。エスターシャは私の相棒……蒼竜の名だ」
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