第42話 大好き

 きょう、ぼくのおかあさんがけっこんする。

 だいすきなおかあさん。あいつの「つがい」になるのはちょっとくやしいけど、おかあさんをまもれるおとこはあいつしかいないこともわかってる。ぼくはものわかりがいいから、おかあさんをこまらせることはしない。


 きょうもおかあさんのべーるをくわえてあるく、という「にんむ」をかんぺきにこなしてやった。ぼくはりっぱな「せいりゅう」なので、これくらいあさめしまえなのだ。どうだ。まいったか。


 それにしても、きょうのおかあさんはきらきらしていてまぶしい。ぼくのおかあさんなのだから、きれいなのはあたりまえだ。それをきょうからあいつがひとりじめするとは……やっぱりくやしいので、さりげなくつめをたててやろう。



 ***



「あれ? ヴィクトールさん。もしかしてエスターシャ、ルルを咥えてませんか?」

「ん? あぁ、本当だ。心なしか、ルルに睨まれているような気がするんだが、気のせいだろうか」

「ふふ。ヴィクトールさんにいたずらしようとして、エスターシャに止められたのかもしれませんね」

「あいつはまだ、時々私に爪を立てるからな」


 大聖堂から階段を降りた先。赤い絨毯の終着点に待機しているエスターシャの口元では、ルルの白い翼がバタバタと忙しなく羽ばたいている。


「だがさすがに今日は勘弁してくれ」


 困ったように笑うと、ヴィクトールはエスターシャの口からルルの体を引きずり出した。前足の脇に手を入れられて持ち上げられると、ルルが金色の目を細めて不機嫌に喉を鳴らす。


「きゅるるぅ」

「ルル。お前はまだ最後の仕事が残っているだろう? ほら、しっかり咥えて」

「……ぎゅぅ」


 あらかじめ用意されていた小さな花かごを前に置くと、その取っ手部分を鼻先でつついて再びヴィクトールを見上げてくる。まるで駄々をこねる子供のようだ。


「ルル。フィオナが困ってるぞ」

「きゅっ?」

「ルル。私、ルルが降らせる花びらの空を飛んでみたいわ。お願いできる?」


 白いドレスを汚さないように腰を下ろして、フィオナがルルの頭を優しく撫でてやる。すると途端に目をパッと輝かせて、ルルがフィオナの手のひらに頭を擦り付けてきた。


「きゅいっ! きゅっ、きゅーん!」


 俄然やる気になったのか、花かごの取っ手を咥えたルルが、あっという間に空に駆け上がっていく。その後を追って飛翔したのは蒼の竜騎士団の面々だ。正装した彼らも、その手に花かごを携えている。


 春のやわらかい青空を駆け上がる飛竜と共に、周囲から歓声が沸き起こった。

 あまりに大きい声の洪水。よろこびと、祝福に満ちたあたたかい響きに、フィオナの胸は感動と感謝に打ち震えてしまった。

 思わず竦んだ足を踏み外す前に、ふわりと体を抱き上げられる。風を含んで揺れる裾が地面にこぼれた花びらを掬って、純白のウエディングドレスにカラフルな色を纏わせた。


「私たちも行こうか。二人で作る未来の先へ」

「はいっ!」


 二人を乗せたエスターシャが、広げた翼をゆっくりと羽ばたかせた。止まない歓声に祝福の咆哮をひとつ響かせて、どこまでも高く駆け上がる。

 見下ろす王都の街並みは人々の歓声と春の花々に彩られ、見上げた青空には色とりどりの花びらのシャワーが降り注ぐ。大きな飛竜の間を縫って飛んできたルルが花かごを揺らすと、残っていた花びらがフィオナの桃色の髪に絡みついた。


「まるで春の妖精だな。可愛すぎて、攫われてしまわないか心配だ」

「だったら、ヴィクトールさんがしっかり……つかまえてて下さい」

「心得た」


 見惚れるくらいの笑みを浮かべて、ヴィクトールがそっとフィオナに口付ける。やわらかな唇の感触は、何度触れても愛おしさが止まらない。掠めて、触れて、啄んで。まだまだ足りずに吸い上げて絡み合う。


「フィオナ。君を愛している」

「ちょっ……と、苦しいです。少し息を……」

「これくらいで音を上げてもらっては困る。これからは存分に君を愛したい」


 挑発的で、どこか煽情的にも見える笑みに、フィオナの胸があまく音を立てる。熱に酔って揺れる紺色の瞳には、もう抑えきれないほどの思いが溢れているようだ。その瞳に見つめられているのだと思えば、体の奥からぞくりとした不思議な感覚が押し寄せてきて――。


「ほ、ほどほどに、お願いします」


 そう口にすると、ヴィクトールが困ったように笑った。


「――善処する」

「えぇ!? ヴィクトールさ……ふぁっ」


 反論は唇で押し込めて。

 二人を乗せたエスターシャは、花びら舞う青空の中をどこまでも高く飛んでいく。


 ルルみたいにふわふわと流れる白い雲。青空に舞い散る色とりどりの花びら。やさしく可愛い風景は、あの日夢に見たパステルカラーの世界に似ていた。


「ヴィクトールさん。大好き」


 指を絡めて、きゅっと手を握りしめた。互いの薬指に嵌められた黒と虹色の混ざった指輪が、陽光を弾いてキラキラと輝いている。それはまるで聖竜ルルの祝福のように、いつまでも輝きを失うことはなかった。




――fin.











************************



「竜騎士様とはじめる、愛と子竜の育成日誌」

 これにて本編完結です!

 このあと番外編も幾つか用意しているので、よければそちらも楽しんでもらえると嬉しいです。


 少しでもおもしろかったなと心に残るものがありましたら、ぜひ評価を入れて下さると今後の励みになります!


 最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました!


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