第3話 今から夫婦な

 ヴィクトールに連れられて医務室を出たフィオナは、そのまま医療棟を抜けて王城へと入ったらしい。いわゆる裏口のような場所からの入城だったので、そこが城であることがわかったのは案内された部屋に入った時だった。


「陛下」


 部屋に入るなり、そう言って頭を下げたヴィクトールの前には、逞しい体躯をした剃髪の男性が立っている。ヴィクトールと、その後ろからおずおずと顔をのぞかせたフィオナを見ると、まるで裏社会を牛耳る親玉のような強面にパッと笑顔が浮かんだ。


「おお! お前が幻竜の卵を孵化させた女か。何だぁ? えらくちまっこい娘だな。ちゃんとメシは食ってるのか?」


 おおよそ君主とは思えないほどの豪快さとほんのり漂う粗野っぽい空気に、フィオナの体がびくりと震える。それを予想していたのか、剃髪の男性――陛下、と呼ばれたのだから国王なのだろう――の視界からフィオナを隠すようにヴィクトールが前に進み出た。


「初対面の女性に対して、そんな風に乱暴な物言いをしては怖がらせてしまいます。もう少し優しく……」

「相変わらずお前はうるせぇな。何も取って食いやしねぇよ」


 面倒臭そうに髪の毛……はないので、後頭部をボリボリと掻きながら、多分国王である男がフィオナを見て手招きをした。厳つい見た目に恐ろしさはあったものの、国王に呼ばれては無視するわけにもいかない。恐る恐るそばへ寄ると、たくさんの書物が置かれた机の真ん中に大きめの鳥籠が一つ置かれていた。

 中に入れられているのは、あの子竜だ。フィオナを見るなり、籠の隙間から鼻先を出して「きゅぅん」と切ない声で鳴いてくる。


「お? やっぱりお前の言った通りだな、ヘイデン」


 国王の隣に立つ老魔道士がヘイデンなのだろう。彼は深く頷くと、興味深そうに子竜とフィオナを交互に見つめた。


「気位の高い竜といえど、やはりそこは人の子……いや竜の子か。ともあれ、落ち着いたようで良かったわい」

「ヴィクトールも一緒にいたのに、お前には全く懐いていなかったな。指まで噛まれるとは、竜騎士団長が聞いて呆れる」

「甘噛みなので問題ありません」

「……そういうことじゃねぇよ」


 話に全くついてついていけないフィオナは、王様の眼前に連れて来られたというだけで萎縮している。もしかして卵を孵化させてしまった罰で投獄させられるのだろうか。あるいは密猟者の一味と思われて首を刎ねられるかもしれない。


「娘っ子。お前、名は何という?」


 悪い考えばかり浮かんでいたところに声をかけられ、フィオナの口から「ひゃぃっ!」という奇声が飛び出た。それに倣うように、子竜も「きゅぃっ!」と鳴く。


「フィオナ・イートン……、と申します」

「そうか。フィオナ、俺はこの国の王ティーガス・ジョン・ネイブールだ」


 簡単に名乗ると、ティーガスはフィオナによく見えるように、子竜の入った籠を持ち上げた。


「この竜は幻竜と言ってな。メルトシア王国では既に絶滅したと言われる稀少な竜で、実際俺もこの目で見たのは初めてだ。おそらくこの国の誰もがそうだろう」

「は、はい……」

「おまけにコイツは成長過程で属性が決まる、非常に厄介な危険獣として書に記されている」


 絶滅危惧種の上に危険獣のダブルパンチを食らい、フィオナの顔から血の気が失せる。国宝級の壺を割ってしまったような感覚だ。実際に割れたのは卵の殻なのだが。


「成獣になるのにかかる時間は他の竜と変わらないだろうが、属性が確定するのは生まれてから一、二年ほどらしい。そのあいだ子竜が幸せを多く感じれば聖竜に、逆なら世界を滅ぼす暗黒竜に成長する」

「せかっ、……滅ぼす!?」

「そこでだ、フィオナ・イートン。お前にはこの子竜の世話を命じる。二年までの間に子竜を聖竜へと成長させろ」

「……え? えぇっ!?」


 拒否権はないと言わんばかりに、ティーガスがフィオナに子竜の入った籠を押し付けた。混乱するフィオナをよそに、籠の中の子竜は小さな羽をパタパタと動かして喜んでいるようにも見える。隙間から出した短い前足で必死にフィオナの服を掴もうとするところは可愛いのだが、今は申し訳ないがそれどころではない。


「あっ、あの……お世話と言われても、……私は竜のことについては全く知らないので、かえってご迷惑をおかけするかと」

「何、その辺は心配ない。そこにいるヴィクトールも一緒だからな」

「はい?」


 今度はヴィクトールが声を上げた。わずかに困惑の色を滲ませた声音から察するに、どうやら彼も寝耳に水の話だったらしい。フィオナとヴィクトール、二人して戸惑う視線を投げかければ、ティーガスがニヤリと意味深な笑顔を浮かべた。


「ヴィクトール・ティルヴァーン。フィオナ・イートン。お前たちは、今から夫婦な」


 まるでおもしろい遊びでも思いついたかのように、ティーガスは満面の笑みを浮かべたまま、「今からご飯な」くらいのノリでそう言ったのだった。




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