第15話 めんこいのぅ!
メルトシア王国の北に位置するモルドレイ山脈は、竜の棲息地としても有名である。人が踏み入ることの出来る範囲で確認されるのはほとんどが緑竜だ。そのため竜騎士が騎乗する飛竜も、この緑竜の卵から孵ったものになる。
しかし騎士団の団長が乗る蒼竜に限っては、卵から孵ったものではなく、人に慣れていない野生の竜だ。気位の高い野性の蒼竜に認められてこその、竜騎士団団長。それゆえに、団長不在になることも珍しくはない。
ヴィクトールのティルヴァーン家は代々騎士団長を輩出する名門として有名で、彼の父親もまた先代の団長だったと聞く。ヴィクトールが団長になったのを機に、今は早々に隠居して別邸にて妻と余生を楽しんでいるらしい。
「では、フィオナ。私たちは見回りに行くが……本当に一人で大丈夫か?」
「はい。イスタ村には何度か訪れているので平気ですよ。それに一人の方が買い物しやすいですし……気にしないでお仕事頑張って下さい」
安心させるために笑顔を向けて元気に送り出すと、なぜかヴィクトールの顔がほのかに染まった。
「う……うむ。では、行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
そのやりとりが新婚みたいだと思ったのはヴィクトールだけだったらしく、フィオナはいつもと変わらない様子で暢気に手まで振って見送っている。女性に不慣れなヴィクトールの方がつい余計に反応してしまうのは仕方がないのだが、こうも頻繁に顔を赤らめていては男としても何だか格好がつかない。これ以上醜態を曝さぬようにと急いで兜を被ると、ヴィクトールは気持ちを切り替えて再びエスターシャと共に空へと駆け上がっていった。
メルトシア王国では国獣として神聖視されている竜だが、隣国では恐ろしいことに不老不死の妙薬として好事家たちの間で人気になっているらしい。もちろん竜にそのような効果はないのだが、裏社会では高値で取引がされているので竜卵の密猟が後を絶たない。
ヴィクトールたち竜騎士団は密猟者から竜卵を守るため、竜の棲息地であるモルドレイ山脈の巡回を定期的におこなっている。
滑らかに空を飛んでいく竜たちが小さな点になるまで見送ってから、フィオナは身を翻してイスタ村へと入っていった。フィオナの肩に乗ったルルは身を乗り出して周囲を観察しており、いつもより少しだけ落ち着きがない。時々鼻をすんすんと鳴らして空気の匂いを嗅いでいるので、もしかしたら自分が生まれた場所がわかっているのかもしれない。
「ふふ。ルル、懐かしいの?」
「きゅるんっ」
「山の方には行けないけど、皆が戻るまで一緒にイスタ村を見て回りましょうねー」
エスターシャのためにカロンの果実を買う予定だが、一足先にフィオナとルルで味見してみるのもいいかもしれない。ルトレイン山脈に成る果実は、きっとルルにも気に入ってもらえるはずだ。
「お嬢さん。さっき竜騎士の方々と一緒にいたようじゃが……」
小さな市場の花屋に立ち寄ると、店主の老人が物珍しそうに訊ねてきた。ただでさえ目立つ竜騎士団に何の変哲もない町娘が紛れ込んでいれば、誰だって不思議に思うのは当然だろう。加えてその娘――フィオナの肩には、これまた珍しい白い竜が乗っている。竜を見慣れているイスタ村の住人でさえ、ルルの容姿は初めて目にするものだ。
「訳あって、一緒に行動させてもらってるんです」
国王ティーガスからは、特にルルのことについて箝口令が敷かれているわけではない。けれどもあまりに公にしてしまうと混乱を招きかねないので、その辺りはぼんやりと薄く誤魔化した。
「白い竜もはじめて見たな。お嬢さんによく懐いておるようじゃ」
「ルルって言います」
「きゅっ、きゅー」
「おお! めんこいのぅ!」
愛想を振りまくことを覚えたのか、ルルは人間で言えばあざとい笑顔――のようなもの――を浮かべて、「きゅっきゅっ、きゅっきゅっ」と鳴いている。その愛らしさに見事に胸を貫かれた店主が、店の奥から茶色い種の入った小袋を持って戻ってきた。
「これはルドリーフの種じゃ。竜のおやつみたいなものなんじゃが、良かったらその竜に食べさせておあげ」
「わ! こんなにたくさん……ありがとうございます!」
「竜騎士様にはお世話になっているからの。最近は竜卵を密猟する輩が増えて心配しとったんじゃが、今日もこうして見回りに来て下さっているからわしらも安心じゃ」
「おじいさんが感謝していたって、後で皆さんに伝えておきますね。あとこの種も竜騎士さんたちの飛竜と分けて食べさせてもらいます」
「なら、もっと持って行くといい」
「わわ! それはさすがに多過ぎです!」
小袋から大袋に変わったルドリーフの種と、ルルミュアの種。そしてカロンの果実を無事に買うことが出来たフィオナの両手は、荷物でいっぱいになってしまった。
カロンの果実が思いのほか大きかったのには失敗した。オレンジくらいを想像していたのだが実際はココナッツくらいの大きさで、フィオナが持って帰るには三個が限界だった。
「ルル、ちょっと休憩しましょうか」
そう言って、足を止めた時だった。
フィオナの視界が突然、真っ暗闇に覆われてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます