第39話「開戦」

「な……」


「〈ソウルメディア〉のプレイヤー、それは本当の事──」


 衝撃的な情報をもたらした青年に、イグニスが歩み寄って話の真偽を確かめようとしたら、


 不意に上空から、背筋が凍るほどの凄まじい殺気を感じ取った。


 ガバッと、急ぎ見上げた上空には、血の様に真っ赤な光が確認できる。


 アレは以前に一度だけ見たことがある。ユニークボス〈デゼスプワール〉が使用する、広範囲に深紅の三日月状の刃を撒き散らす攻撃〈デスペア・ソニックムーブ〉だ。


「──ヤツが出たぞ! 全員、今すぐ回避か防御をしろ!」


 僕の警告を聞いた、大多数の上位プレイヤー達の動きは迅速だった。


 真紅の刃が雨のように降り注ぐ。まるで地獄のような光景に、誰一人焦る事なく対応に動いた。


 回避に自信のある者達は、ステップ回避に専念してやり過ごし、盾持ちの騎士は防御スキルで強化して、仲間達の盾となって〈デスペア〉を正面から受け止めた。


 しかし、中には反応が遅れた者達も多数いた。それは先程やってきた忍装束の青年を含む、撮影で身を隠していた殆どの〈ソウルメディア〉の人達だった。


 隠れていたら大丈夫だと思っていたのだろう。回避も防御もできずに、真紅の刃に切り裂かれた者達は、例外なく一撃で即死して光の粒子となった。


 自分はステップ回避しながら、全体の五分の一が戦線離脱する光景に戦慄する。


「レベルも防具も、ベータよりハイスペックなのに、それでも直に受けると即死するのか……」


 油断なく刃を全て回避し終わったら、広場の中央に漆黒の鎧を纏った、全長七メートルの巨大な漆黒の獣人が降り立った。


 頭上に表示されているのは三本のHPゲージ。


 そしてHPの上には〈デゼスプワール〉という名が記載されていた。


 デゼスプワールとはフランス語で『絶望』という意味を持つ。


 たった一撃で数十人もの上位プレイヤーを葬ったその圧倒的な力は、正に『絶望の獣騎士』に相応しい名前である。


 同じく回避行動で生き残ったアザリスが、隣で額にびっしり汗を浮かべると、


「……アレが、ベータで誰も倒せなかった唯一のボスモンスター」


「そう、アレこそが古の森を彷徨さまよう、最強の怪物の一柱だよ」


「久しぶりに見たけど、やっぱやべぇなアレは……」


 真っ赤な双眸そうぼうで睨みつけ、イヌ科の鋭い牙をき出しに怪物は右手に持つ血のように真っ赤な長剣を握り締め、挑戦者である僕達に殺意を向けた。


『愚カナル者達ニ、我ガ、絶望ヲ……』


 ノイズが混じった、低い重低音の呪言が耳に届く。


 ベータ版では、一言も喋らなかったボスモンスターの新規要素に、僕は驚いて一瞬だけ動きが止まってしまう。


『弱者ニ、絶望ノ死ヲ』


 敵の視線が最初に向けられたのは、最も近くにいた半壊したフルパーティだった。


 どうやら運悪くリーダーをやられたらしい。


 長剣を手にミサイルのように突撃して来た〈デゼスプワール〉に、冷静さを失った彼らは逃げようと背中を向けて胴体を両断された。


「う、うわああああああああああああああああああああッ⁉」


 更に次の標的になったのは、部隊が殆ど壊滅したクランだった。


 ボスモンスターは戦意が低い、あるいは恐怖心を抱いている弱者を狙っているのかも知れない。長剣を手に地面を蹴ると、問答無用で逃げようとするプレイヤー達に襲い掛かる。


 しかし奴が出現したのと同時に、周囲にはクエストを受けた者達を逃がさないように、逃走防止の見えない壁が発生していた。


 壁に衝突して動きが止まる者達に、〈デゼスプワール〉は長剣を手に容赦なく迫った。


「これ以上、戦力が削られるのは不味い! みんなを助けて体勢を立て直すよ!」


「わかったわ!」


 敏捷の高い自分とアザリスは地面を蹴り、獣騎士に向かって突撃する。


 だけど、このままでは間に合わない。


 そう判断した僕は、走りながら長剣を抜いて魔法剣技の発動準備をした。


 七つの属性の中から選択したのは、雷属性と風属性の二つ。


 魔剣を媒体にして、中級魔法剣技〈サンダー・ヴァンブレイド〉が発動した。


「風雷の刃よ、敵を切り裂け!」


 気合を込め、下段から上段に解き放った風雷の刃は、逃げるプレイヤー達に刃を振り下ろそうとする〈デゼスプワール〉を背後から切り裂く。


 その寸前──、敵は見えない死角からの攻撃に反応してみせた。


 振り向きざま、真向で振り下ろした超高速の一撃が雷の刃を容易く真っ二つにする。


「……ベータの頃より強いのに、やっぱり簡単には通用しないか」


 この程度の攻撃が、ヤツに通るとは思ってなかったので驚きはしなかった。


 目的は攻撃をすることで、敵の注意を此方に向けさせる事だから。


 更に加速して接近すると、魔剣を手に炎属性と光属性を合わせた魔法剣技を発動させた。


「中級魔法剣技〈ルミエール・フレイムストレイト〉ッ!」


 聖なる炎を宿した真向切りを、敵が下段から振り上げる真紅の刃に叩きつける。遠距離攻撃は簡単に切られたが、流石に魔剣による直接的な斬撃は拮抗するらしい。


 凄まじい衝撃波が発生し、自分と〈デゼスプワール〉は動きが止まった。


 その一瞬の隙を、並走していたアザリスは見逃さなかった。


「ハァッ!」


 これ以上ない程に洗練された〈フォール・ストライク〉が胴体に突き刺さり、敵の二本ある内の一本を僅かに削る。


『……矮小ナル、槍使イニ、絶望ヲ』


 敵のヘイトは、ダメージを与えたアザリスに向けられた。


 拮抗していた競り合いを止め、獣騎士の巨体が残像のように目の前から消える。


 敵は驚異的な移動速度を以って、一瞬にしてアザリスの背後を取った。


「俺の仲間を、やらせるかよ!」


 少し遅れて追いついたリュウが、強化した大剣〈ギガンテ・ソード二式〉を手に正面からアザリスを両断しようとする横薙ぎの一撃を、防御スキル〈ガード〉で受け止めた。


 武器の強化を全て、強度に注いでいる彼の剣は魔剣以上の硬さを誇る。


 何度も放たれる斬撃技〈デスペア・コンセキュティブ〉を、壁役としてリュウは雄叫びと共にHPを削られながらも、自身の高い筋力と技量と長年の直感だけで全て防いで見せた。


「流石はベータで名をはせた〈大剣の騎士ギガンテナイト〉ですね。見事なガードと防御力です!」


 連続攻撃を全て防御された事によって〈デゼスプワール〉の動きが僅かに硬直する。


 入れ替わるように、前に出た赤髪の少年イグニスは、真紅の双剣を構えて〈ツイン・ドラッヘ〉を発動させた。


 目にも止まらない神速の斬撃が、何度も敵の身体にスキルエフェクトの線を刻み込む。HPが大きく削れると、敵は苛立ったのか地面に真紅の魔法陣を発生させる。


「足元からの範囲攻撃〈デスペア・アースランス〉が来るぞ!」


 慌てず、緊急回避スキル──〈ステップ・イベイジョン〉を使用する。


 僕を含む四人は、同時に回避スキルを使用したのか後方に大きく跳んで、地面から串刺しにしようと発生した真紅の槍をギリギリ避ける事に成功した。


(周囲のプレイヤー達は立て直したみたいだね。このまま一旦間合いから離脱して、向かって来てくれている〈シュヴーブラン・ソシエテ〉と交代を……)


 そこまで考えると、目の前を大きな影が覆いつくす。


 不味い。どうやら間髪入れずに、自分を追い掛けてきたらしい。


 防御力を防具で底上げしているとはいえ、それでもヤツの一撃を受ければ即死は免れない。


『ソノ輝キ、我ガ脅威ト成リエン!』


 ボスが長剣を振り上げるモーションを見て、パリィできるか一か八か試みようとしたら、


「白姫様を、やらせるものかぁ!」


 叫びながら誰かが、僕と〈デゼスプワール〉の間に割り込んできた。


 それは白いマントに全身に鎧を纏った一本角の騎士。〈シュヴーブラン・ソシエテ〉の副リーダー、ガルディアンだった。


 彼は両手のガントレットを構え、迫る長剣の側面を殴って綺麗なパリィを決めて見せた。


 しかし、一度のパリィでは敵の動きは止まらない。


 弾かれた勢いを利用して、刃を加速させた〈デゼスプワール〉は先程よりも鋭い斬撃を放つ。


「ハハハハハハッ! 白姫様を守る為なら、そんな攻撃は恐れるに足らず!」


 何やら鳥肌が立つようなセリフを叫びながら、ガルディアンは連続攻撃を拳で弾いて見せる。


 技量だけならば、先ほど大剣でガードしていたリュウよりも上だ。


 ベータでは、あんなプレイヤーは見たことがない。


 アレだけの変態的な体捌き、考えられるとしたらプロゲーマー辺りだろう。


「助かった、ありがとう!」


 礼を言って下がると、〈デゼスプワール〉の動きは更に加速した。


 これは流石に、拳で対応するのは厳しいかと思った直後だった。ガルディアンも更に加速し、HPを徐々に削られながらも、敵の猛攻を防いで見せた。


「我が名はガルディアン、不在の長〈天剣〉に代わりこのパーティーを指揮する騎士なり!」


 大きく刃を弾いたガルディアンは、地面を蹴って鋭い跳躍をすると右の拳を握り締め、〈デゼスプワール〉の顎に向かって強烈なアッパーを決めた。

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