第38話「紅蓮の双剣士」

 パッと見た感想としては、元男である自分が見ても爽やかな美形だと思えるほどの顔立ちだった。


 身長は百七十後半で身体つきは細い。


 見た感じで例えるなら、どこかのアイドルグループのメンバーなのかと思うほどの、超が付くイケメンである。


 そんな彼が身に着けている装備は、速度を重視しているのか二の腕から先と、膝から下と胸部の合計三か所の、必要最低限の鎧しかない。


 両腰に真紅の双剣を下げている所から察するに、前衛でアタッカー的なポジションを担当しているか、中衛で遊撃者をしていると予想できる。


 少年の肩に〈ソウル・ナイツ〉のエンブレムが刻んであるのを確認すると、僕は彼がポジションを伝えに来てくれたんだと直ぐに理解した。


「はじめまして、ボクは〈ソウル・ナイツ〉のリーダー、〈紅蓮の双剣士〉イグニスです。アナタ達と、こうして戦場を共にできる事を、とても光栄に思います」


「……初めまして、シアンです。まさか大物クランのリーダーが、わざわざクランですらない僕達の所に来てくださるなんてビックリですね」


「お三方の活躍は沢山耳に入って来るんですよ。特に通常よりも強化された、レアなエリアボスをソロで倒されたという噂の貴女は、特に気になっています」


 噂と付けているけど、その目はボスをソロ討伐したのが僕だと確信をもっている色を宿している。

 つまりあの日の夜に起きた事を、イグニスは全て知っているわけだ。


 直々に来たという事は、彼の目的は恐らく自分だろう。


 こういう時は、馬鹿正直に語ってもロクなことが無い予感がする。


 とりあえず僕は、首を横に振ってしらばっくれてみた。


「へー、全く身に覚えのない事ですね。〈ソウル・ナイツ〉のリーダーさんは、ソースのない与太話を信じるんですか?」


「レアなエリアボスの存在は未確認ですが、例え存在していたとしてもベータで全てのエリアボスを単身で撃破し、伝説の魔剣を手に入れた貴女なら十分に可能だと思っています」


「そうですか、でもこんな話をするために僕達の所に来たわけじゃないですよね。早く用件を聞いて、仲間と打合せをしたいんですが」


 話を強制的に止めると、イグニスは苦笑して次いで丁寧に頭を下げた。


「失礼しました、では単刀直入に言いましょう。クランのトップ達で話し合った結果、この中で屈指の実力者であるアナタ方は〈デゼスプワール〉の本体に対するメインアタッカーとして働いてください。ですが、いくらお三方が強くても流石にメンバーが最低でも後一人か二人は欲しい。──そこでボクを、一時的にパーティーに入れてくれませんか?」


「「なんだって……⁉」」


 全く予想していなかった提案に、僕とリュウは同時に驚きの声を上げてしまった。


 アザリスに関しては、びっくりし過ぎて固まっている始末だ。


 自分はチラリと、広場の中央で此方を見ているクランリーダー達を見る。するとイグニスの話は本当の事らしく、彼等は右手の親指を天に突き立てて力強く頷いた。


 ノリが良いクラメンだなぁ……。


 だけど同意を得ているからと言って、その提案に対し「はい、わかりました」と軽々しく許可する事はできなかった。

 居心地の良い場所に、よそのリーダーが入ってくるという不快感もあるけど、それ以上にこのイケメン騎士が何を考えているか分からないからだ。


 だから心底嫌そうな顔をして見せると、敬語を止めてイグニスに疑問を述べた。


「え、クランリーダーだよね。全体の指揮があるんじゃないのか?」


「そこは〈シュヴーブラン・ソシエテ〉のサブリーダーとのじゃんけんに勝って、快く彼に担当して頂くことになりました」


「じゃ、じゃんけん……?」


 何を言っているんだお前は、という顔をしてみせると、イグニスは中央で地面に両手と両膝を付けて落ち込んでいる騎士を指差した。


「あそこで負けて、心底ガッカリしてる角ありの騎士──ガルディアンさんって方がいるんですが。実はボクと彼のどちらが、アナタ方のパーティーに入るかで揉めたんです。最終的にじゃんけんで負けた方が全体の指揮をするという事になりまして」


「いやいやいや! そこは普通、勝った方が全体の指揮権を得るよね! ──って言うか、そんなバカな事を、クランメンバーが許すはずないと思うんだけど⁉」


 彼の言葉を遮り、思わずツッコミを入れてしまった。


 何故ならば大規模なボス戦では、基本的に指揮官ボーナスとか総ダメージボーナスとか色々なボーナスが設定されている。


 特に指揮官ボーナスは、戦闘に参加した自身のクランメンバーにも適用されるボーナスで、経験値と資金の獲得数だけではなくアイテムのドロップ率がアップする。


 だから指揮官のポジションは、絶対に他のクランには譲りたくない一つである。


 しかし、イグニスは爽やかな笑顔で「クランの仲間達は、それを快く承諾してくれましたよ」と有り得ない返事を返してきた。


「クラメンの総意、そんなバカな……」


「驚かせてすみません、でもボク達にとっては指揮官ボーナスを他に譲ってでも、貴女達とのコネクションを作りたいんです」


「それなら、正面からクランに勧誘したら良いんじゃないか」


「いえ、実は直接クランに勧誘するのは、色々な事情があって禁止されてまして……」


「禁止されてる……?」


 聞き逃せない不穏な発言に、顔をしかめた。


 クランシステムも一応頭の中に入れているけど、無所属のプレイヤーを勧誘するのに制限があるなんて情報は、見た事も無ければ聞いた事もない。


 既に所属している他のプレイヤーを勧誘できない事は知っているけど、それも所属済のプレイヤーの事であって、今回のケースには全く当てはまらない。


 一体どういうことだ……。


 警戒するように見ていると、イグニスはくすりと笑い、あっさり白状した。


「クラン同士の間で、取り決めみたいなのが色々とあるんですよ。特にシアンさんはAクラスの魔剣の所持者であり、──どういうわけか〝ベータ版と同じ仕様で魔法剣士〟を使用できている規格外のお方ですから」


「……なるほど。言いたい事は、何となくわかりました」


 今の発言で、クラン間で何があるのか大体察する事ができた。


 どうやら自分の知らないところで、クランのトラブルを回避する為にルールが制定されているらしい。しかもトップクランの中で最も上位にいる〈ソウル・ナイツ〉ですら、そのルールに従わざるを得ない程の強制力があるとは、一体誰が主導となっているのか。

 一瞬だけ従姉の姿が脳裏に過ぎるが、彼女がゲームをする姿は見たことがないので、候補から即座に取り消す。


 数秒間だけ考えてみるが、結局は他に誰も思い付かなくて諦める事にした。


「……話を戻すけど、イグニスさんの提案に対する僕の意見は、本体との戦いに参加できるのなら悪くないって感じだけど、アザリスとリュウはどう思う?」


「ボスと直接戦えるんでしょ、私は文句ないわ」


「俺も異論無しだ。むしろこいつらが二人でイチャイチャするもんだから、一時でも後方腕組みしてくれる男仲間ができるのは嬉しいぞ」


 イチャイチャって、そんなにしていないと思うのだが。


 リュウを睨みつけたら、彼は「ウソは言っていないぞ」と真面目な顔で反論してきた。

 むむむむ、リュウの奴……。

 二人で睨みっていると、その姿を見たイグニスが笑いを耐えながら言った。


「ふふふ、ありがとうございます。シアンさんとアザリスさんの仲の良さは有名ですからね。間に入ろうとしたら、問答無用で百合好きのクランメンバーに捕まって処されますよ」


「そ、そんなに有名なの?」


「はい、プレイヤーで知らない者はいない程度には」


「意外と見られているのね」


「それはもう、なんせお二人の容姿は高ランクプレイヤーの女性達の中で最も美しいですから」


 女性プレイヤーねぇ……。


 実は中身が男なんだとカミングアウトしたら、イグニスはどんな反応をするんだろうか。


 すごく気になるけど、今はそれよりも彼が加わる事で、今までとは違う戦術の打ち合わせをする方が先だった。


 四人のポジション確認をする為に、僕が口を開こうとしたら、


「──みんな、大ニュースだ!」


「……うん?」


 広場に只ならぬ様子で、忍装束の青年が一人だけ駆け込んできた。


 あの肩のエンブレムは、クラン〈ソウルメディア〉のモノだ。


 開きかけた口を閉ざして彼に注目すると、周囲の視線を一身に集めた青年は臆することなく、広場にいる全員に向かって大声を上げた。


「ボス戦に参加した、他のサーバーのプレイヤー達は全滅した! 残っているのは、このウリエルサーバーだけだ!」

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