第12話「初めての戦闘」
道具屋で回復アイテムを整えて〈シルフィード国〉を出発したら、ヴィント国に続く整備された道をわざと外れて、広大な〈カームの森〉に足を踏み入れた。
このまま三十分ほど掛けて森を南下すると、ベータ版の頃に初心者殺しの森と名付けられ、多くのベータプレイヤー達から嫌われた〈プワゾンの森〉に着くことが出来る。
一年前はマップを開きながら、迷わないようにしていたのが懐かしい。
三人で並んで歩きながら景色を楽しんでいると、隣にいるアザリスが徐にこう言った。
「そういえば、今向かっているマップは初めて入るわ」
「あー、〈プワゾンの森〉は〈ラフレシア〉を狩る事ができないと、他のクエストをこなすことが大変だからね。余程な理由が無い限りは、行く必要は全くないよ。前衛の盾役兼アタッカーのリュウと回復役のアザリスの組み合わせなら、レベル15までハチのクエストをして、次にヴィント国の付近にある〈スカラベの森〉でレベル上げをするのが定番かな?」
「その通りよ、良く分かったわね」
「伊達にこのゲームを一年間プレイしていないからね。経験値を稼ぐAプランがダメな時用に、代わりになるBプランとCプランも、ばっちり頭の中に入っているよ」
得意げな顔をしたら、アザリスは少しだけ呆れた様子で、
「──勉強もそれくらい熱心にしたら、毎回赤点ギリギリで悲鳴を上げなくて済むのに」
と実に、ぐうの音も出ない正論を口にした。
これに関しては何も言い返せないので、そっと視線をそらして口を閉ざす。
昔からゲームに記憶領域を全振りしている自分は、両親からゲーム禁止令が出る度にアザリスに助けを求め、家に泊りがけで勉強を教えて貰っているのだ……。
そんな自分達を眺めていたリュウが、苦笑して一つだけ質問をしてきた。
「森を調査したトップランカーの奴らも、直ぐ別のマップに切り替えたくらいだ。……お前から見て、問題はなさそうか?」
「うん、リュウから借りた攻略本に目を通した限りだと、〈ラフレシア〉狩りは以前と同じやり方でいけそうだよ」
「そうか、お前がそう言うなら大丈夫だな」
ポカポカ陽気の森の中を散歩気分で歩きながら、僕はリュウから先程レンタルした〈ソウルワールド〉の最新攻略本を目の前に表示する。
ベータ版から変更されたのは、《魔法剣士》のスキル仕様だけで他は変わってない。
威力まで下方修正されていたらどうしようかと思っていたが、幸いにも最初に検証してくれたプレイヤーが、初期で使える全てのスキルを検証してくれたらしい。
「こうやって、情報をまとめてくれる人には感謝だね」
「ベータ版の時も、情報屋として活動していたカラス印の本だからな。一冊百ゼーレとそこまで高くないし、何よりもアイツの情報は下手なSNSの攻略サイトよりも信頼できるから、今回も活動を続けてくれて助かるぜ」
リュウの言葉に同意しながら、一通り内容に目を通す。
その際に知ったのだが、どうやらこの世界で死亡した場合、プレイヤーは直ぐに完全なゲームオーバーとかには至らないらしい。
現在所持しているソウルポイント──通称SPと呼ばれるものを一〇ポイント消費して、死んだプレイヤーは、最後に寄った国にリスポーンすると記されている。
その際のペナルティは、十分間ステータスが半減するだけ。
こちらはベータ版の頃と同じで、それよりも注目しなければいけないのは次に記載されていた、自身が所持している〝SPが0以下になった場合〟だった。
「……ポイントがマイナスになったら、その時点で現実世界に強制送還されるのか」
だがSPがマイナスになっても、転移自体はできるらしい。
実際に検証をした一人のプレイヤーの許可を得て、マイナス状態で転移をした際に発生した不気味な警告文のスクショ画像が載っていた。
(アナタの〈ソウル〉は現在保護されておりません。死亡には十分にご注意下さい?)
このソウルの保護とは、一体何なのか。
表面通り受取るなら、魂に対する守りと読むことになるのだが……。
少しだけ気になるけど、その疑問を今は深く考えるのをやめた。
何故ならば、向かっている進路先で丁度エンカウントしたレベル3のスライムとコボルドが、真っ直ぐ此方に襲い掛かって来るのが確認できたから。
「二人は手を出さないで。ラフレシア戦の前に、軽く腕試しをしたいからさ」
「「わかった(わ)」」
リュウとアザリスの前に出て、ゆっくり魔剣を抜き放つ。スキルエフェクトを発生させると、全長五十センチ程のゼリー状のモンスター、スライムに向かって駆け出した。
スライムが吐き出す溶解液を、身体を左右のステップで避けながら接近する。そして自分の間合いまで詰めたら、左下から右上に振り上げる斬撃〈インクライン〉で、スライムを一撃、HPを一気に残り二割まで削る。
そこから振り抜いた剣をスムーズに持ち替えて、真っ向から垂直に振り下ろす通常攻撃で、HPが僅かになっていたスライムを両断した。
──次ッ!
真横から迫る出刃包丁の突き技を、軽く身体をそらすだけで避ける。更に回避と同時に放った水平切り〈リカムベント〉で、敵の胴体を横に薙ぎ払った。
『ギィッ⁉』
想定外の反撃をもらってコボルドの姿勢が崩れた所に、最小限の構えから刺突技〈フォール・ストライク〉を眼前の犬頭に叩き込んだ。
二体のモンスターは、出会ってから二分も経たない内に光の粒子になった。
「すごい、二体をあっという間に倒しちゃった」
「一週間も寝てたとは、思えない程の技のキレだな……」
「ねぇねぇ、リュウ。スキル攻撃って、あんな綺麗に繋げられるものなの?」
「こればっかりは要練習としか言いようがないな。シアンがスキルを干渉させる事なく繋げられるのは、ベータテスターとしてこのゲームに時間を費やしていた証拠だ」
アザリスに称賛されて、僕は少しだけ照れてしまう。
これがスキル無しの通常攻撃と違う、〈ソウルワールド〉のスキル攻撃の強さである。
レベル1の冒険者でも、最初に覚えているスキル攻撃を使いこなす事が出来れば、レベルが二つ上のモンスターを二体相手にしても余裕で勝てる。
──とは簡単に言ったものの、始めたばかりの初心者は八割方モーションアシストに頼りきりで、どうしても技を出す際に初動がワンテンポ程遅れてしまう。
今の戦闘を解説するのなら、一体を相手に一秒でも時間を掛けてしまうと二体目に攻撃されてピンチに陥る場面だった。だから自分はスキルを発動する際、初動に動きを合わせてブーストし、できる限り隙を作らないようにした。
これと同じことが出来るのは、ベータプレイヤーか熟練のゲーマーくらいだろう。
「……お、レベルが上がったね」
レベル3を二体倒した事で、基本経験値に加えて、色々なMVPボーナスを貰った。
パーティーを組んでいるアザリスとリュウには、倒したモンスターから獲得した基本経験値だけが入る。戦闘では活躍に応じてMVPボーナスがあるので、戦いは頑張れば頑張るほど報酬が良くなるのだ。
取りあえず僕は、早速レベルアップ時に貰えるボーナスの10ポイントを、魔法の威力などに関与する『理力』に全て振った。
「それじゃ、肩慣らしが済んだところで本番に入ろうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます