第13話「ラフレシア狩り」

 少し歩いた先に、パッと見では良くわからないけど〈プワゾンの森〉がある。


 しっかり観察したら、カームの森と違って森全体に薄い霧が掛かっているのが分かるのだが、これがモンスターとの戦闘中だと全く見えなくなるのが難点である。


 恐らくわざと分かり難くしているのだと思われるが、このマップを作成した者は中々に性格が悪いのだろう。


 始めたばかりの頃は、うっかり足を踏み入れてしまい〈ラフレシア〉に捕まって絞殺されたのは、今でも鮮明に思い出せる苦々しい思い出だった。


 迷うことなく、森の境界線をまたいで危険地帯に足を踏み入れる。


 リュウも後に続くけど、アザリスは少しだけ及び腰で、此方に来るのを躊躇っている様子を見せる。


「アザリス、戦うのは基本的に僕だけだから、そんなに気負わなくて良いよ」


「ベータ版の廃人プレイヤーが二人もいるんだ、肩の力を抜いて行こうぜ」


「う、うん。でも自分よりも強いモンスターがいるエリアは、とても緊張するわ」


 落ち着かない様子で、ユウは境界線を跨いで此方側に来る。


 三人で並んで歩きながら僕は、情報収集の為に一つだけ気になった事を二人に聞いてみた。


「……えっと、一応聞いておくけど二人はこの世界で死んだ経験は?」


「昨日一回だけ野良と組んでエリアボスに挑んだんだが、トリガーで事故って死んだ。感想としてはベータ版の頃と感覚は一緒だったな」


「目の前が真っ暗になって、気がついたら〈シルフィード国〉の宿のベッドで目を覚ましたわね」


「なるほど、貴重な情報をありがとう」


 二人のレベルで挑めるエリアボスというと、カームの森にいるレベル15の主〈ヴァルト・コボルドナイト〉しかいない。でも序盤のエリアボスなだけあって、基礎をしっかり覚えたパーティーが連携を取れば、そう難しくないモンスターな筈だが……。


 リュウが野良と組んで負けた発言から察するに、残り二十パーセントで発動する〈オーバードライブモード〉を、オメガスキルで削り切れなかったのかも知れない。


 その最後の削り切る役目を担っていた、《魔法剣士》が使い難くなったのはすごい痛手だ。クランの人達は、きっと空いた枠をどう補うか頭を悩ませているだろう。


「……と、ラフレシア発見。突っ込むから、念の為にミスった時のサポート準備よろしく!」


 視線の先に一回り大きな花を見つけた僕は、腰に下げている長剣を抜き両手で握り締める。


 ──植物型モンスター〈ラフレシア〉。


 花は五弁で多肉質。花弁は黄赤色で、楕円(だえん)形の斑紋(はんもん)が散在する。花の中心には半球形|椀(わん)状の花筒部があり、その底に鋭い突起物の盤状体があった。


 見た目は現実にあるラフレシアと同じで、そのサイズは全長1メートル程。地面から二本のツルを露出させており、テリトリーに入ってきた者を殴るか或いは捕獲して絞め殺す。


 そんな〈ラフレシア〉の特徴は、遠距離の魔法に高い耐性がある事だ。


 遠距離からの魔法攻撃は半減されて全くダメージを与える事ができない。だからと言って弓矢で攻撃すると、ツルに叩き落されてしまう。


 アレにマトモなダメージを与えるには、近接の物理攻撃しかないのだが二本のツルから繰り出される敵の打撃は、中々な速さで対応しながら接近するのはかなり難しい。


 更に本体に攻撃できたとしても、今度は周囲に毒を散布して囲んだ者全てに一秒間に1ダメージを与える『毒』の状態異常を付与してくる。


 レベル10ならば二百秒で死ぬ事になるし、打撃を受けていたら三分も掛からずに死んでしまうので、このデバフは絶対に無視する事はできない。


 一戦ごとに消費する回復アイテムの量が多い上に、面倒で効率が悪いモンスターというのが、目の前にいる〈ラフレシア〉の評価である。


 だけど──ベータ版の《魔法剣士》ならば話は大きく変わる。


『Gsyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!』


 植物なのに雄叫びを上げながら、二本のツルが自分に向かって交互に振り下ろされる。もしも直撃を貰ったら、レベル1のアバターは確実に即死するだろう。


 だから地面を強く蹴って、右左にジグザグに不規則な動きを織り交ぜながら回避する。六回目の攻撃を避けたタイミングで、一気に敵の懐まで飛び込んだ。


「このまま物理スキルで攻撃したら、〈ラフレシア〉は毒を散布してくるんだけど!」


 ここで選択したのは、敵の弱点である火属性の攻撃スキル。


 身体の内側にあるMPを消費すると、真紅に燃える剣を構えて横薙ぎの斬撃〈ファイア・リカムベント〉で敵の身体を切り裂いた。


『───ッ』


 炎の一撃を刻まれた〈ラフレシア〉の悲鳴が、周囲にビリビリと響き渡る。火属性の近接攻撃を受けた植物モンスターは、一時的に行動不能状態となった。


 もちろん、行動が阻害される事で、ヤツは毒を周囲に散布できなくなる。与えたダメージは体力の十分の三程度、つまり後三回切れば〈ラフレシア〉を倒せる計算になる。


「一度使用した魔法剣技のクールタイムは九秒、対して攻略情報に載っていたオマエの硬直時間は十秒! こうなったらお前が死ぬまで、ずっと僕のターンだ!」


 通常の物理攻撃をしたら、スタンは強制的に解かれてしまうが残念ながら相手をしているのは僕だけ、そのような事故は絶対に起こらない。


 故にコンマ数秒単位でクールタイムを管理して、最速の水平切りをひたすら繰り返す。


 この戦法は簡単なようで、実はそうではない。


 一秒でもタイミングを誤り、クールタイム中のスキルを使おうとすれば、即座にエラーが起きてスキル攻撃はキャンセルされる。


 そうなったら、発生したロスタイムで敵の硬直時間は解除され、そこから自分は反撃を受けて確実に即死する事になるだろう。


 だから細心の注意を払いながら、僕は極限まで集中してクールタイムが開けると同時に魔法剣技を繰り出す。


 単純な作業ではあるが、緊張を伴うそれを続けて四回目の攻撃を与えると。


 HPゲージを全て失った〈ラフレシア〉の身体は、光の粒子になって砕け散った。


「……ふぅ、先ずは一体目だ」


 討伐に成功した僕は、通常経験値の他にMVPボーナスを追加で獲得する。


 レベルは一気に2から5まで上がると、待機していたリュウとアザリスが感心した様子で此方に近づいてきた。


「いやー、一度もスキルエラーを出さないで、最後までやり切るとは流石だな」


「見てるだけだったのに、すっごい緊張して汗かいちゃったわ……」


「正式サービスに備えて、何回もこのパターンは練習したからね。この調子で〈ラフレシア〉を狩りまくって、どんどんレベルを上げて二人に追いつくよ」


 レベル20までは、このレベリングで一気に上げられるし、ついでに受けたクエストの採取アイテム〈ラフレシアの花粉〉もドロップするので資金稼ぎもできて一石二鳥だ。


 ステータス画面で確認できる、〈ソウルワールド〉の滞在時間は残り五時間ほど。


 それだけあれば、レベル20まで到達する事が出来るだろう。


 僕は獲得した30ポイントを、早速『理力』に振って70まで上げた。


 これで『理力』を100まで上げたら、攻撃回数が一回減るので更に効率は良くなる。


 ステータス画面を閉じたら、クイック設定で直ぐに取り出せるようにしているマジックポーションを手にする。紫色の液体が入った瓶を手にしたら、中身を一気に飲み干した。


「う、ぐ……ッ」


 ベータ版の頃と変わらない、コーヒーを更に濃く凝縮したような苦味に眉間にシワが寄る。


 ……苦い、余りにも苦すぎる。ガムシロップで思いっきり甘くしたい。


 口の中に残る後味に、少しだけ悶えていると消費したMPはちゃんと全回復した。


「よ、ようし、次の経験値を狩りに行こう!」


 別の意味で気合が入った僕は、次の獲物を探して二人と森の奥に向かった。

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