第14話「初めてのクエスト達成」
──あれから、残りニ時間になるまで〈ラフレシア〉を討伐し続けたのだが。
ベータ版でいくら練習をしたとしても、全ての作業をずっとノーミスでこなせる程、目覚めたばかりの自分が集中力を継続させることは難しかった。
「……あ、ヤバいミスった」
途中でクールタイムの管理を失敗してしまい、発動しようと思っていたスキルが途中でキャンセルされる。そこに直から復帰した敵の毒霧を、至近距離で受けてしまった。
毒状態になった僕は、右上に表示されているHPが毎秒一ずつ減少を始める。
だが死亡するタイムリミットが発生したからと言って、ここで慌てると更にミスが発生して、本当のピンチに陥ってしまうので注意が必要だ。
だから敵が放つツルの攻撃を、冷静に見極めて左右のステップで回避する。
毒状態を回復する為に、ストレージから『毒消し草』を手にすると、
「ここは、私に任せて!」
後方にいたはずのアザリスが、自分の横を抜けて前に飛び出した。
あっという間に、敵の懐まで接近した彼女は手にした槍を構え、刺突技──〈フォール・ストライク〉を発動させる。
まるで夜空を駆ける流星のような金色の突き技は、〈ラフレシア〉の急所である花の中心部を見事に捉え、クリティカル判定を出してHPをゼロにする。
その一撃は僕がベータ版の頃に見た、どの槍使いのプレイヤーよりも鋭く洗練されていて、そして何よりも心の底から──美しいと思った。
「やった! ちゃんとカバーリングできた!」
「お、お見事……」
大喜びするアザリスに軽い拍手を贈りながら、僕は説明を求めてリュウを見る。
「すごいよな。家でレイナさんと対戦ゲームをするって聞いてたが、まさかこれほどまでにレベルが高いとは知らなかったぞ。アレを見た一部のトッププレイヤー達からは〈セイント・ランサー〉って二つ名で呼ばれてるんだぜ」
「自衛用じゃなくて、前線で戦うための槍だったとはびっくりだよ……」
「ちなみに何で回復職を選んだのか聞いてみたんだが、戦いながら回復したら最強だと思ったからだそうだ」
「あー、アザリスらしい考えだな……」
リュウの半ば呆れたような言葉に苦笑いすると、元気よく戻って来た彼女を迎え入れて〈ラフレシア〉狩りを再開した。
◆ ◆ ◆
無事に目標であったレベル20に到達すると、クエスト達成を報告する為にアザリス、リュウと共に〈シルフィード国〉に戻った。
現在の時刻は午後の十七時過ぎ、青色の空は夕暮れのオレンジ色に染まり、夜になる事を知らせる教会の鐘の音が国の外にまで聞こえる。
無事に国に到着した僕達は、そのまま真っすぐにギルドに足を運んだ。
「ローラさん、クエストを終わらせてきましたよ」
「え?」
丁度空いていた、クエストの受注をしてくれたローラに話しかけたら、彼女の綺麗な笑顔がマネキンのように固まった。
「申し訳ございませんが、もう一度お伺いしても宜しいでしょうか」
「クエストを終わらせてきたので、確認をお願いします」
「………ほ、ほほ本当に? あの〈ラフレシア〉を?」
「ここでウソを言っても、クエスト条件を達成してなかったら、確認した時に直ぐに分かるじゃないですか。ちゃんとクリアして来ましたよ」
「確認しますので、少々お待ち下さい……」
ローラは震える指先でウィンドウ画面を開き、クエストの進行状況を確認する。そして何度も、僕と手元にある半透明の画面を交互に見た。
念入りに目の前にある結果を確認した彼女は、限界に達したのか「レベル1だったのに、本当にクリアしてるッ!」と甲高い声で叫び、泡を吹いて背中から倒れた。
バターンと大きな音がして、びっくりした僕が大丈夫だろうかと少しだけ心配したら、ローラは呆れた顔をした他の同僚達に抱えられて搬送される。
受付嬢がいなくなったが、此処からどうしたら良いのだろう。
少しだけ困っていると、代わりに見た目が十歳くらいのエルフ少女がやって来る。彼女は目の前に表示されている画面を見て、ローラほどではないが驚いた顔をした後に、途中だった処理を済ませてくれた。
「お騒がせしてすみません、クエスト達成を確認しました。報酬を受け取り下さい」
軽快な音が鳴り、報酬が僕達のプレゼントボックスに送られる。
メニュー画面を開いて、その中にあるリボンで包装された箱のアイコンをタッチ。すると贈られたアイテムのリストが表示されたので、全て一括で受け取った。
クエスト報酬と倒したモンスターから入手した稼ぎは、合計して一万二千二百ゼーレとなった。初期に持っていた二千ゼーレは二十個のマジックポーションを購入するのに使ったので、支出としてはプラス一万になる。
しかし、マジックポーションをまた買わないといけない事を考えると、二千ゼーレは消えてしまうので最終的に手元に残るのは一万くらいだ。
武器を更新する必要はないけど、流石に防具類の購入は必須だ。何時までも紙装甲では、事故った時のリカバリーができないし、最悪のケースとしては即死する。
(でもNPCの作る衣装って、どれもイマイチなんだよな……)
考えながら、目の前のウィンドウ画面をタッチして閉じた。
用事は済んだのでこの場を離れようとすると、エルフの少女に背後から周りに聞こえない小声で、〈ラフレシア〉の件について尋ねられた。
「クエストのリザルトを見る限り、ラフレシアと戦ったのは殆ど貴女だけです。レベル1でレベル20のモンスターを単独で倒すなんて、一体貴女は何者なんですか?」
「何者なのかって聞かれると、この世界に遊びに来た《魔法剣士》としか答えようがないかな」
そう言って、彼女から逃げるように一つしかない出入り口に向かって歩き出す。すると複数のプレイヤーが、此方を見ている事に気がついた。
みんな受付嬢の反応を見て、有り得ないと言わんばかりに困惑した顔をしている。
その中の一人がギルドの外に出ようとする自分を呼び止め「あのクソ厄介な花の怪物を、どうやって倒したんだ?」と聞いてきたので、僕は笑顔で答えてあげた。
「他にレベル20を越えてる心強い仲間がいたんですよ。最初に僕が魔法剣技で一撃入れてスタンさせて、その後は待機した人達で同時に攻撃したら意外と何とかなりました」
その返答に、周囲の大多数のプレイヤー達は驚いた顔をする。
背後の受付嬢のエルフからは、何だか「嘘つき」と言わんばかりの冷たい視線を浴びせられるが、自分は鋼の意思で彼女の事を無視した。
「……なんだ、姫プレイかよ」
「つまんねー、解散かいさーん!」
「いや、ラフレシアの攻撃を避けてスキルの初撃を入れるのは、言うほど簡単じゃないだろ」
「でもレベル20越えが他に四人はいたんだろ? 上手い奴がタゲ取りしてあげたら、始めたばかりの初心者だって一撃入れられるぞ」
「……なるほど、確かにそれなら誰でも可能だな」
「それに魔法剣技のクールタイムが大幅に下方修正された《魔法剣士》なんて、いくらレベルが高くてビジュアルが良くても、注目するだけムダよね……」
「俺もベータプレイヤーの〈白の魔剣士〉かと思って見に来たけど、よく考えてみたらあの人はソロを極めたプレイヤーだから、誰かと組んだりしないか」
「ていうか、今の環境は《竜騎士》だろ。《魔法剣士》なんてベータ版の時代遅れなんだよ」
何だか、散々な言われようだった。
ソロをしていたのは、自分から輪の中に入る度胸が無かったからなんだが。理由の二つ目としては、魔剣〈レーバテイン〉が欲しかったのもある。
黙って聞いていると、その後は声の大きい人達の主張によって集まっていた男女のプレイヤー達は、大きな騒ぎにならずに散っていく。
見たところ声を上げていたのは、レベル18くらいのプレイヤーだった。
出る杭を打ちたいタイプなのかは分からないけど、結果として僕に対する関心を散らしてくれたのは実にありがたい。
だがその中には、彼等の言葉に耳を貸さずに真剣な顔で、此方を見ている者達が何人かいた。
視線から感じる圧から察するに、かなりの上級者だと思う。
本格的な攻略が開始したのは、二日前だと聞いている。彼らの装備はどれも、〈カームの森〉を支配するエリアボス討伐の報酬品とか、次の国にあるダンジョンボスの討伐報酬だった。
この短期間でエリアボスを倒した事から推測するなら、恐らくは同じベータプレイヤーか攻略本を熟読したプロゲーマーだと考えるのが妥当である。
仮面や兜で素顔を隠しているので、彼等の素顔は一切分からない。
辛うじて分かるのは、身体つきから男か女であるかくらいだ。
彼等は品定めするように眺めた後、解散する人達に混じって姿を消した。
自分と同じように視線に気がついていたリュウが、人通りの増えた外の中央広場を見据え、眉をひそめて小さな声で彼らの正体について答えた。
「あいつ等の装備に施されたエンブレム、アレは五大勢力のものだな……」
「五大勢力?」
聞き覚えのない単語に首を傾げると、隣で警戒していたアザリスが説明する。
「プロゲーマーとか、ベータプレイヤーのトップクラスの人達が集まった最強の集団よ。全サーバーで活動している最も大きな五つのクランで、皆から五大勢力って呼ばれてるの」
「なるほど、だから装備が他の人達よりもレア度が高いのか」
彼等の目的はさしずめ、僕を品定めていたと考えるのが無難だろう。
勧誘しないで去ったという事は、そこまでするほどのプレイヤーじゃないと判断されたのか、それとも他のクランがいる手前で行動するのを避けたのか。
どちらにしても、現状では揉め事はゴメンなので関わらないようにするのが一番良い。
「……と、ヤバい。六時間経っちゃうね。今日は取りあえず、ここまでにしようか」
「そうだな、目覚めたばかりであまり無理させるのも良くないから、明日また一緒にやろうぜ」
「シアンは宿の利用は初めてだから、私と一緒の部屋を借りましょう」
「え、別に攻略本で知ってるから、アザリスの手助けは必要な……」
断ろうとしたら言葉の途中で、不意にガシッと両肩を力強く掴まれる。
筋力の数値は自分の方が上のはずだが、全く身動きする事ができない。
至近距離でアザリスは満面の笑顔を浮かべ、先程の五大勢力の団員とは比べ物にならない程の、身が凍るような威圧感を放っていた。
「一人はダメよ、シアン?」
「い、イエス、マム……」
頭の中に、蛇に睨まれた蛙という諺が思い浮かぶ。
完全に気圧された僕は、彼女の言葉に頷くしか選択肢は無かった。
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