第15話「リアルワールドに帰還」

「うーん、ここは特にベータ版から変わってないね」


 宿の部屋を契約した後、隣の個室を取ったリュウと別れ中に入った。二人部屋ということもあり、中はそれなりに広くて解放感がある。


 クラシカルなインテリアと、別室には簡易的なシャワーが付いていて、窓からは先程まで狩りをしていた〈カームの森〉と〈プワゾンの森〉が一望できる。


 ベータ版の頃に良く利用していた室内を探索しながら、シャワーの効果を確認してみた。


 どうやら新規の追加要素として、受けた状態異常を洗い落とす効果に加えて『清潔』というバフが付与されるらしい。


 効果は一時間の間、デバフに対する耐性値が二十パーセントアップするというもの。


 状態異常を扱うモンスターと戦うのならば、受ける確率を下げる為にシャワーを浴びるのは良いと思った。


「ベッドは横になって転移すると、HPとMPの全回復に加えて、次回転移した際に『幸運』が六時間『30』プラスされるのか……」


 このゲームの『幸運』ステータスは、アイテムのドロップ率とかダメージを与えた際のクリティカル率とか、様々な効果をプレイヤーにもたらす。


 生粋のクリティカラーな人達は、この『幸運』にポイントを割り振る。だけど安定を取るのならば、自分としては、他のステータスを優先して強化した方が良いと思った。


「更新だから、毎回ベッドを使用したら永続で付くのは良いなぁ……」


「幸運がプラス30されるだけでも、結構違うわよね。レアなアイテムが時々ドロップするようになるし、オマケに安全でプライベートな空間も確保できるから、殆どのプレイヤーは割引が適用される長期契約で宿を愛用しているわ」


「……なるほど、安全面とバフの二つを得られて一石二鳥ってわけか」


「そういう事。それじゃ、今から私は軽くシャワーを浴びて来るわ」


 話しに納得すると、アザリスは装備していた武器と防具を解除して衣服だけとなった。


 そのままシャワー室に向かって歩き出すと、彼女は扉を開けた状態で立ち止まる。中に入る前に此方を振り返り、ふとこんな事を言ってきた。


「良かったらシアンも一緒に入る? 戦いの後のシャワーは気持ち良いわよ」


「このおバカ! 中身が男の僕を、ナチュラルに誘うな!」


「リアルで一回一緒に入ったし、それにシアンは得するんだから良いじゃない」


「アザリスは、僕の事を何だと思ってるんだよ……」


「ふふふ、それは ヒ ミ ツ ♪」


 彼女はくすりと笑って、シャワー室に消えた。


 扉は閉まるが『ロック』状態にはならずに、中から水が流れる音が聞こえる。


 そこから、いつでも中に入って来て良いという意思を読み取り、自分は意識しないように努めて扉に背中を向けた。


「……まったく、取りあえずステータスの確認でもして時間を潰すかな」


 柔らかく大きなベッドに腰を掛けると、今日獲得したアイテムとか、レベルが上がるたびにポイントを割り振ったステータスが目の前に表示される。


【PN】シアン【LV】20【職業】魔法剣士

【HP】400【MP】60

【筋力】50【物防】20(+10)【魔防】20(+10)

【持久】50【敏捷】50【技術】30

【幸運】10【理力】100


 ダメージディーラーとして、選んだのは魔法剣技を最大現に生かしたスタイルだ。


 どうせ序盤の防具は重くてロクなのがないので、攻撃力と速度を重視したビルドの方が無駄に被弾する事もないし安定して立ち回れる。


「ステータスは順調、問題はやっぱりこっちの方になるかな……」


 次に視線を向けたのは、所持金の下に表示されているベータテストには無かった新項目。


 SPと呼ばれる、ソウルワールドに来るためのポイントだった。


 最初にこの世界に来るのに一〇ポイント消費したのだが、クエスト達成後に気がついたらポイントは九〇から二〇〇にまで増えていた。


 リュウの話だと、クエスト達成時に上乗せした成果に色々とボーナスがついて一一〇ポイントも増えたらしい。


 このポイントの用法はそれだけじゃなく、攻略本によるとSPは一ポイントで日本円にして百円の価値があり、現実にある神殿のシスターさんの所で電子マネーに交換できるらしい。


 現在トータルで所持しているポイントは、二〇〇だから日本円にすると二万円ほど。


 億万長者になれるわけではないが、それでも遊びながら金を稼げるのは色々とトラブルが起きそうだなと、今後の活動が少しだけ不安になった。


 つまり神殿に向かう最中、自分達に声を掛けてきた人達は強いプレイヤーと組む事で効率よくクエストをこなして、沢山ポイントを稼ぐのが目的だったのかもしれない。


「今後はそういう人達もいるって事を、頭の中に入れておかないとダメかな」


 シャワー室からアザリスが出てくる音が聞こえたので、考えるのはここまでにしておく。


 僕は隣にある、ベッドに腰掛けた幼馴染に視線を向け、


「待たせたわね。それじゃリアルワールドに帰りましょう」


 金髪碧眼の美少女が、白い下着だけの姿になっているのに何とも言えない顔になった。


(そういえばアザリスは、服を着ないで寝るタイプだったね……)


 彼女は幼い時から、寝る際には必ず全裸になる変わった拘りを持っている。


 修学旅行とかで、同じ女子クラスメート達と寝る際にはちゃんと服を着るのに。幼い時から寝食を共にしていた自分の前では、アザリスは遠慮なく脱ぐのだ。


 でも今から行うのは〈転移〉であって寝る事ではない。


「服を脱ぐ必要って、ないんじゃないかな……」


「ベッドという神聖な場所に、衣服を持ち込むなんて邪道なのよ。本当なら下着も脱ぎたいところだけど、ここはマイハウスじゃないからね。念の為に着けてるわ」


「……うん、それなら僕に対する羞恥心も身につけてくれると嬉しいかな」


「さて、時間も後十分くらいしかないし、さっさと帰るわよ」


「無視しないで欲しいんだけど……」


 苦情はスルーされて、アザリスはベッドに横になるとメニュー画面を操作する。


 準備は良いか尋ねられると、僕は言われた通りに転移先の設定を水無月家にする。


 他人の家に飛ぶという事でセキュリティが働き、家の住人であるアザリスとリアルワールドにいる彼女の両親に『許可』を求める申請が行われる。


 僅か数秒で、それが許可されると『リアルワールドに転移しますか?』とメッセージが表示されたので、最後にYESボタンをタッチした。


 そして僕達は光に包まれて、ソウルワールドから現実の世界に帰還した。

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