第16話「幼馴染の家にお泊り」

 光が消えると、そこは見慣れた水無月家の玄関だった。


 心の中では少しだけドキドキしていたが、どうやら無事にリアルワールドに帰還することが出来たらしい。ホッと一安心して目の前に視線を向けると、


「あ……」


 思わず、声が口から出てしまう。


 そこには、目も覚めるような金髪碧眼の美女、水無月レイナが立っていた。


 容姿は、ユウをそのまま大人にしたような感じで、身長は百八十センチくらい。そしてなによりもJカップの圧倒的な二つの胸は、異性なら二度見してしまう程にデカい。


 更に細くて長い手足は、ムダな肉が無くすらっとしている。ジーンズとTシャツという素朴な格好も、彼女が身に着けているだけでカッコよく見える。


 僕が幼い頃から、変わらない美貌とプロポーションは、この辺りでは知らない者はいない。


 買い物に街を歩けば、異性からのナンパと芸能界関係の人からのお誘いは日常茶飯事だ。


 旦那さんの水無月賢治(けんじ)も高身長のスーツが似合うイケメンな男性で、三人は神居市の美系家族と呼ばれ尊敬の眼差しを向けられていた。


 彼女は此方を見ると足を止め、綺麗な碧い瞳を大きく見開いていた。


 冷静に考えてみると、この姿でレイナと会うのはこれが初めてだ。


 いつもならスキンシップが激しい彼女は出会うなり「蒼くーん!」と言ってハグをしてくるのだが、目の前に現れた見知らぬ少女に驚きの余り動けない様子。


 普段と違う展開に自分も、この姿の事について何て説明したら良いのか分からなくなる。口を開いては閉じて、それを何度か繰り返すだけの、壊れたおもちゃのようになってしまう。


 そんな僕達の様子を後ろから見ていたユウが、止まった時を動かすために、


「ママ、アオが困ってる」


 と、レイナに対して苦笑交じりに指摘する。


 すると次の瞬間、目の前に相対していた彼女は陸上選手みたいなスタートダッシュを決めて、目の前まで迫り両手を大きく広げて僕を思いっきり抱きしめた。


「キャー、キャーッ! なんて真っ白で綺麗な髪、なんてすべすべしたお肌、身長も低くてお人形さんみたい───まったく男の子が、こんなに可愛くなっちゃってぇ!」


「む、むむぐぅ───⁉」


 とっさの事に避けることが出来なかった僕は、二つのメロンみたいなサイズの胸に挟まれて恥ずかしさと息苦しさにくぐもった悲鳴を上げる。


 本人は感極まっているのか、その豊満な二つを惜しみなく押し付けてくる。すると拘束が強くて抜け出せない状況に加えて、徐々に酸素不足で頭が回らなくなって来た。


 翌日の新聞の一面に『白髪の少女、巨乳に埋もれて窒息死』という馬鹿げた見出しを思い浮かべ、僕の意識は遠くなりだし──


「痛ったぁーいっ⁉」


 事の成り行きを見守っていた娘が、手助けの一撃を与えたらしい。


 ユウの容赦のない一撃を受けたレイナは僕から手を離し、やや煙が出ている頭を両手で抱えるように押さえて、その場にしゃがみ込んだ。


 実の母親に対して冷たい視線を向けるユウは、呆れた口調で彼女の行動を咎めた。


「まったく、あのまま抱きしめていたら、アオが死んじゃうわよ」


「……あら、ごめんなさい。ユウちゃんが出発する前に、グループチャットで教えて貰ってたんだけど、想像以上に可愛くて欲望を抑えられなかったわ」


 会話を聞きながら僕は、隣で酸素を求めて大きな呼吸を何度か繰り返した。


 ──やはり、あの巨大な二つの山は危険だ。


 異性の視線を釘付けにするだけじゃなく、相手を窒息させる兇器にもなる。巨乳の危険度を再認識した自分は、少しだけ落ち着いたら改めてレイナに向き直った。


「こ、こんばんは。一週間ぶりって言ったら良いですか、レイナさん?」


「こんばんは、蒼君。……世界が少し変な事になって、貴方が一週間も眠っていた時はとても心配したけど、こうして会えて安心したわ」


「心配させてすみません。身体は……アレですけど、僕自身は元気ですよ」


 笑顔で答えると、レイナは何度も頷いて目じりに浮かんだ涙を指で拭った。


 ……うーん。『神殿』ができたり、異世界に行けるようになったこの世界の大異変に対して少しと表現した彼女の胆力は、やはり中々のものだ。


 少しばかり感心していると、レイナは僕をじっくり観察した後に再び愛でたい気持ちが湧き上がってきたのか、距離をじりじりと詰めながら両手を閉じたり開いたりする。


 何だか嫌な予感がしたので、捕まるよりも素早く幼馴染の背後に逃げた。


 ユウにジロッと睨まれた彼女は、残念そうな顔をして諦めた。


「むぅ……こんな所で立ち話もなんだし、リビングにいらっしゃい。蒼君も来るって聞いて、夕食の準備をしてたのよ」


 レイナに招かれて、素直に従って履いていた靴を脱いで家の中に上がる。


 後ろからはユウがついて来て、僕達は廊下を歩いて直ぐ側にあるリビングに入った。


 するといつも彼女が綺麗にしている、リビングとダイニングルームが隣接している大きな共同空間に出る。大きな薄型テレビの前には、皆で寛げる横長のソファーが二つ向かい合って設置されていて、キッチン側には食事用のテーブルと椅子がある一般的な作りだ。


 テーブルの上には、彼女が作ったシチューとサラダとパンといった洋風の料理が並んでいた。


「よっしゃーっ! レイナさんのシチューだ!」


「蒼君は一週間も寝てたから、消化に良いように柔らかく仕上げたわよ」


 流石はレイナさんだ、そんな所にまで気を使ってくれるなんて出来る女は違う。


 シチューが冷めてしまう前に、僕とユウは洗面所で手洗い等を済ませてからダイニングルームに戻ってくる。


 席に座り三人で一緒に手を合わせて「いただきます」と言うと、早速シチューのジャガイモをスプーンですくって口に運んだ。


「うん、優しい味だなぁ……」


 ほろっと自然に解けるジャガイモ。滑らかな口当たりと、コクのあるホワイトソースの甘い味わい。喉を通って胃の中に至ったら、今度はじんわりと身体の中から外側に向かって暖かくなる。


 隣ではシチューを頬張ったユウも幸せそうな顔をしており、それから僕達はソウルワールドでのクエストで腹を空かせていた事もあってか、ペロリとテーブルの上にあった料理を完食した。

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