第17話「幼馴染と趣味のトラウマ」
……至福とは、きっとこの事を言うのだろう。
食後の後は食器を三人で協力して片付け、一旦休憩する事になるとそこで隣を陣取ったユウが、今日ソウルワールドで僕が『ラフレシア』を一人で倒した事、沢山経験値を得て自身のレベルが22まで上がった事を嬉しそうに語った。
「あらあら、蒼君って寝起きなのにいきなり大暴れね」
「ほんと凄かったわ。あっという間にレベル20になっちゃったんだもの、この調子でやれば明日にはトップ層の人達のレベルに追いつけるんじゃない?」
「いや、それは無理かな……」
ユウの言葉を、僕は正面から否定する。
何故ならばソウルワールドというゲームは、プレイヤーが同レベルのモンスターを倒した際に得られる経験値が大幅に減少する仕様だからだ。
今回は討伐MVPとかで経験値をブーストして、一気にレベル20まで上げる事に成功したが明日からは〈ラフレシア〉の討伐クエストは効率が悪くなるのでやらない方が良い。
「……僕の考えとしては、これ以上〈シルフィード国〉にいてもレベル上げとか上位の装備に更新する事は無理だと思う」
「レベル15になった辺りで、リュウジも似たような事を言っていたわね。一番実入りが良い〈ラフレシア〉は《魔法剣士》無しだと無理だから、二番三番目に効率が良いクエストにプレイヤー達が殺到する。だから今の内に、次の国に行った方が良いって」
「うん、だから明日はユウ達がいた〈ヴィント国〉に移動する事を優先しよう」
攻略本を一通り見た限りでは、どうやら〈シルフィード国〉にあるオススメのクエストとか、序盤プレイヤーが覚えなければいけない『初心者ガイドブック』みたいな作り方がされていた。
つまり次の国に関する情報は、ベータプレイヤー以外は分からない状況にある。
念のためにスマートフォンでSNSを見ても、攻略サイトは一つも見当たらなかった。つまり攻略本以上の情報はベータプレイヤーが独占している状況にある。
一体どういう考えで、こういうことをしているのかは分からないが、少なくとも以前に会ったカラスという人物は悪い人間ではない事を自分はハッキリと覚えている。
(考えられるとしたら、情報を小出しにし、プレイヤーの進行を意図的に遅らせているのか?)
だがこれも、自分の憶測に過ぎない。
実際にカラスに会わなければ、情報を制限している真相を知る事はできないだろう。
取りあえず、この件に関して頭の中で一旦保留にする。
「当面の目標は、三人ともレベル25を目指す事だね」
「レベル25になると、何かあるの?」
「あー、もしかして、竜司から何も聞いてないのかな」
「ええ、今のところアイツから教わってるのは、〈ヴィント国〉にあるオススメのショップとか、オススメのクエストとかモンスターに関する情報だけね」
「マジかよ。……えーと、分かりやすく説明するとレベル25になった場合、設定している職業の中級スキルを獲得できるんだよ」
「え……そうなの?」
説明を効いたユウは、目を大きく見開いて驚いた顔をする。
自分は頷いて、彼女に説明を続けた。
「中級スキルはMP消費は大きいけど、初級スキルよりも強力なモノが多い。《プリースト》なら一番大きいのは十秒間の間継続して回復効果を与えてくれる〈リジェネ〉とか、状態異常を一回だけ完全無効化する〈デバフコート〉を獲得できる。この二つを獲得したら、味方はより戦いやすくなるし戦術の幅も広がるんだ」
「……確かに、聞いただけで凄いスキルだって分かるわね」
「それに加えて、ユウはスキルを繋げる連撃は練習中だけど、突き技に関してはトップクラスの技術を持ってる。〈リジェネ〉なら回復しながら戦闘により積極的に参加できるようになるし、ユウがディレイを入れてくれると、僕と竜司にはとても心強いよ」
「ちょ、もう! そんなに褒められると、照れちゃうじゃない!」
顔を真っ赤に染めて、ユウは椅子から勢いよく立ち上がった。そして、照れているのを誤魔化すように背を向けると、
「さて! それじゃご飯食べて一息したし、今日のメインディッシュといきましょう!」
「………………うん?」
この空間の時間が、一瞬だけ停止する。
今日のメインディッシュとは、一体なんだ?
首をかしげていると、彼女は鼻歌交じりでどこかに走り去る。
どうしたんだろうと、疲れもあってかぼんやり待っていたら、彼女は洋服が一杯掛かっている可動式のハンガーラックを押しながら戻ってきた。
見たところフリルがついた洋服だけじゃなく、アニメなんかで見た事があるコスプレ衣装なんかもチラホラあった。
アレは確かレイナとユウの二人が個人的な趣味で作っている、僕と現在は留守にしている家主しか知らない秘密の洋服たちだ。
……これは、とても嫌な予感がする。
特に自分の良く当たる第六感が、これまでにない程に警報を鳴らしていた。
ここにいるのは不味いと思って腰を浮かして逃げようとしたら、窓側の方には正面に座っていた筈のレイナが、まるで門番のように仁王立ちしていた。
出入口の方を押さえているユウは、嬉しそうに洋服を手にすると見た目は白髪の美少女、中身はいたって健全な高校男子の僕に向かって笑顔で死刑宣告をした。
「さーて、それじゃ約束通り可愛い服を着てもらうわよ」
「そ、そうなるよねぇ……」
コスプレ趣味を持つ彼女は、ゴスロリ、ナース、巫女装束、シスターなど色んな服を手に「どれから着てもらおうかなー」と目を輝かせて選ぶ。
そして最終的に手に取った晴れある第一号は、下の裾がギリギリ見えるか見えないかを狙ったピンク色のナース衣装だった。
「ひぇ、これ動いたら見えるじゃん……」
「絶対領域っていうのは、ギリギリのラインを反復横跳びするから良いのよ!」
「それって、何度もライン越えてるよね⁉」
鋭いツッコミを入れるが、欲望に支配された彼女は楽しそうな顔で無視した。
──それから僕は「ここはゲーム内、この身体はアバターアバター」と呪文のように唱えながら、色々なコスプレ衣装で撮影をこなしていった。
だがそうしていく内に、撮影の興奮が最高潮に達したユウが洋服の山の中から最後に手にしたのは、何と──旧型のスクール水着だった。
「しょ、正気かオマエ⁉」
「ごめんなさい! わかってる、わかってるんだけど、昔から大好きだった白髪美少女が今目の前にいるの、だからどうしてもこれだけは着て私に拝ませて!」
「訳が分からないよーッ!」
幼馴染からの突然のカミングアウトは、まるで意味が分からないものだった。
長年一緒にいて彼女について知らない事はないと思っていた僕は、頭で処理しきれない情報量を処理する事ができなくて危うく身体が停止しかけた。
本能的に逃げる事を選択するが、距離を取ると彼女はスクール水着を手に、ジリジリと離した分だけ距離を詰めてきた。
「個人用! 個人的に楽しむためのモノだから!」
「言い方が、完全にアウトなんだよ!」
「大丈夫、私も一緒に着てあげるからッ!」
「どこが大丈夫なんだ、ユウは着てもノーダメージだろう⁉」
突然始まった、広い居間を利用して繰り広げられる鬼ごっこ。
どたばたと騒音を立てるけど、レイナは完全に傍観するモードに入っており「あらあら、二人共まだまだ元気ね」と追いかけるユウと、それから逃げる僕を微笑ましく眺めていた。
一方で常に最適のルートを利用して、ユウが疲れて諦めるまで逃げるつもりでいた自分は、常にテーブルを挟んで逃げ続けている。
時折フェイントを挟んでくるが、その全てを冷静に見て対応し逃げること数十分後。
流石に狭い室内で、運動神経バツグンのユウを相手に一切ミスをしないのは、ソウルワールドで全てのエリアボスを制覇した自分にもできなかった。
逃げ先を間違ってしまって、ヤバいと思ったときには既に手遅れ。部屋の隅っこに追い詰められると、涙目で幼馴染に許しを請う。
「ごめんむりむり! それだけは許して!」
「一回だけ、一回だけだから!」
「それ女の子側のセリフじゃな……にゃああああああああああああああああああああああッ⁉」
夜の神居市の住宅街に、心の底からの悲鳴が響き渡る。
後に冷静になったユウによって、この写真達は世に出す事が出来ない封印指定となるのだが、僕の心には永遠にトラウマの一つとして刻まれるのであった。
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