第18話「不安で正直な気持ち」

 薄暗い部屋の中で、女の子の独特なフローラルな香りに包まれながら、僕は中々に寝付くことが出来なかった。


 瞳を閉じて、呼吸を整えて頭の中を空っぽにする。普段の自分ならば、このワンセットを行うだけで直ぐに熟睡できるのだが、今日は何だか目が冴えている。


 その最大の原因として、現状で考えられるのは一つしかない。それは間違いなく自分の真横で眠りについている幼馴染の少女だった。


 今日は客室で寝ると言ったら「一緒じゃないと眠れない!」と、何だか子供のようなワガママを押し通したユウは、どこか満ち足りた顔でスヤスヤと眠っている。


 もちろん素肌でなければ寝れない事を言っていた彼女は、中身が健全な思春期の男子である僕の隣で、恥ずかしがる事なく上下纏わぬ全裸になっていた。


 視線を向ければ美しい少女の生まれたままの姿がそこにはあり、僕は顔を真っ赤にして深い眠りについているユウに背中を向ける。


(ぬあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ無防備すぎるんだよバカぁッ!)


 このタイミングで、万が一にも男に戻ったらどうするんだよ。例え戻っても襲う度胸なんて微塵もないが、少しくらい男だって事を意識して欲しい。


 こちとら初心な高校男子で、綺麗な女の子に興味が全く無いわけじゃない。オマケに相手は小さい頃からの初恋の人なのだから、なおさら精神的に辛かった。


 チラリと素っ裸のユウを見た僕は、芸術的な身体に対し思わず溜息を吐いた。脳裏につい色々な事を想像してしまい「こんな状況で煩悩はアウトぉ!」と声には出さずに反省の意を込めて、自身の顔面に軽い握り拳でパンチを決めた。


「…………う、っ」


 痛みで強制的に邪(よこしま)な考えを払った後は、涙目になり顔を枕に埋める。


 それでも複雑な心境が改善されない事に気が付くと、困った顔をした自分は気を紛らわす為に、取りあえず今日あった出来事を振り返ることにした。


「本当に、今日一日だけで色々な事があったな……」


 目覚めたらゲームを起動させた日から一週間も経過して、オマケにいつの間にか身体は、ゲームの中で長年の悩みであった白髪の美少女になっていた。


 更に変化は自分の身体だけではなく、外には見たことがない大きな建物があり、最後に待っていたのはゲームの世界に行けるようになっていたのだ。


 だけど幼馴染歴十年の少女が真横に素っ裸で寝ている事は、それらに勝るとも劣らないくらいに衝撃的だった、身体と心に深刻なダメージを容赦なく刻んでくる。


 顔を真っ赤に染め、寝ているユウを見た。


 彼女と最後に一緒に寝たのは、確か小学校四年生くらいだったはず。


 実に五年ぶりなのだが、こうして見ると改めて人の成長とは凄いものだと思った。


 たったの数年で小学生の時は胸が平原みたいだった少女が、母親程ではないけど大きなリンゴレベルに育つのだから。


 ひょっとして自分も男に戻る事が出来なかったら、ああいう風に成長するのだろうか?


 そんな恐ろしい事を考えて、慌てて首を横に勢いよく振った。


(いけないいけない、この身体の事を深く考えないようにしているのに、危うく自分で地雷を踏み抜くところだった……ッ)


 男に戻れなかった時の未来を考えるなんて恐ろしすぎる。


 どんよりした気持ちに支配される前に、慌てて思考を切り替える事にした。


 取りあえずこのままでは眠れそうにないと判断して、そっとベッドから抜け出し机の上に置いてある自分の〈ソウルリンク〉を手にして彼女の部屋から離脱する。


 音を立てないように扉から出たら、薄暗くてどこか不気味な廊下を自分のメニュー画面を出すことで明るく照らす。足音を立てないように気をつけながら歩くと、そのまま二階から一階に静かに移動した。


 宙に浮いてる画面に表示されている時間は深夜の一時である、流石に主婦であるレイナも就寝しているようで一階は全て真っ暗だった。


 自宅と同じくらい知り尽くしている家の中を歩き、迷うことなく数時間前に三人で一緒にいた広いリビングに足を運ぶ。頼りにしていたメニュー画面を消して中に入ると明かりは全て消されており、先程の喧噪(けんそう)が噓みたいにシーンと静まり返っていた。


 明かりを付けずに中に入った後は、近くにある椅子を音を立てずに引いてそっと腰掛けた。


「……僕、これからどうなるのかな」


 暗い部屋に影響されたのか、思わず本音がポロッと出てしまった。


 みんなの前では、心配をさせまいと何とか我慢して気丈に振る舞っていたけど、本当の事を言うと泣き喚きたい程にショックを受けている。


 ラフレシアに対し、八つ当たりみたいに不安な感情を剣に乗せてぶつけていたが、それで気が晴れるほどこの身体の問題は軽くはない。


 海外に行っている両親や従姉に、この事を何と言ったら良いのか。


 夏休みが明けたら、今までと同じように学校に通えるのか。


 そもそもソウルワールドに行けるようになった事で、今後世界はどうなってしまうのか。


 大きな問題と変化に、一体どう向き合えば良いのか分からない。不安な思いに溜息を吐き、椅子の背もたれに背中を預け天井を見上げる。


 するといきなり、何もしていないのに目の前にウィンドウ画面が出現した。


「う……むぐっ」


 思わず大声が出そうになったので、慌てて両手で口を塞ぐ。


 もしかしたら今の音で、ユウかレイナが起きたのではないかと思い、口を塞ぎながら少しの時間だけ周囲の音にそっと耳を傾けた。


「だ、大丈夫かな……?」


 数分間ほど待ってみるが、他の部屋から物音は何も聞こえない。


 眠っている二人が目を覚まさなかった事に、ホッと胸を撫で下ろした。


「びっくりしたな、一体何が……って、これは他のプレイヤーからのメッセージ?」


 どうやら何者かのメッセージを受信して、自動で通知が開いたらしい。


 急にウィンドウ画面が出てくると心臓に悪すぎるので、確認するよりも先に設定の変更を選択すると、今後は受信した際に画面が自動で開かないようにした。


 後はこんな時間に、誰がメッセージを飛ばして来たのか気になり確認をして見ると──『灰色の魔術師』という人物からだった。

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