第19話「単身でソウルワールドへ」
親友のリュウが送って来たモノだと思っていたら、メッセージの一番上に記載されている見慣れない名称に首を傾げる。
取りあえずタッチして内容を開き、目を通してみるとそこには、
『立秋とは名ばかりの厳しい暑さが続いている最中、君が無事に目を覚まされた事を、心よりお祝い申し上げる。……と、硬い挨拶は柄じゃないからここまでにしておこう。誰がどう見ても怪しくて即座に破棄してしまうメッセージだけど、どうか最後まで読んでほしい。私の同胞であり君の従姉、天之(あまの)ミライから言伝があるので、ウリエルサーバーの〈シルフィード国〉中央広場で待ってる。できれば一人で来て欲しいけど、そこは君の判断に任せるよ』
──と、長々と記されていた。
疑いを抱きながら全部に目を通して、文の中にあった一つの名前に驚かされた。
天之ミライ。この名は自分の従姉でVRNをプレゼントしてくれた、言うなればゲームを始める切っ掛けを与えてくれた人物のモノだ。
仕事は何をしているのかは分からないが、世界各地を旅しており日本に戻って来た際には必ず自分に会いに来て、色々と海外で活躍した話を聞かせてくれる。
誰が見ても綺麗で優しくて、時々遠くを眺めるような顔をしたかと思えば僕を見つめて「今度こそ必ず守る」とまるで物語の騎士の様に不思議な誓いを呟く。
赤髪でモデルのような美人だけど、少し変わってる女性、それが天之ミライという女性だ。
彼女の言伝とは何だろうと、少しだけ気になった。
だけど現在の姿で知らない人と会うのは余りにもリスクが高すぎる上に、何かあった場合に一人では対処できない恐れもある。第一に送り主が、本当にミライと知り合いなのかも分からないのだから、冷静に考えるのならば見なかったことにするのが一番だ。
それなら携帯電話で、本人に確認をしてみたら良いと誰だって思うだろう。
ところがミライは、このご時世に携帯電話を一切持ち歩かない主義の人で、此方から連絡のやり取りをする事は出来ないのだ。
どうしたものか悩みながらメッセージを眺めていたら、そこでミライが前に家を訪れた際、一つだけ変な事を言っていたのを思い出した。
「……そういえばミライ姉さん、今後〈灰色の魔術師〉を名乗る女性が何らかのコンタクトを取ってきたら、話だけ聞いて欲しいって言ってたな」
メッセージを送って来た者の名は、従姉から聞いていた〈灰色の魔術師〉だ。
これは偶然とは思えない。メッセージでは、相手が女性かどうかは分からないけど、彼女の言葉に従うのなら話だけでも聞いた方が良いだろう。
「うーん、どうしたものか……」
気持ち的には半信半疑といった感じだった。でもミライの言伝は現状ではとても無視できる内容じゃないから、多少のリスクは覚悟しなければいけないと思っている。
それに一人で来るかどうかは、此方の判断に任せると記されているので、不安ならば今からでも二階で寝ているユウを起こしてついて来てもらっても良い。
「でも待ち合わせ場所は安全圏か。それなら、一人でも大丈夫かな?」
ソウルワールドは圏外に出なければ、プレイヤーは他のプレイヤーから攻撃される事は基本的にはないし、何らかのバッドステータスを付与される事もない。この辺りのルールは攻略本を読んで、ベータ版から変わっていないのは確認済みだ。
それに危ないと思ったら、即転移して現実世界に逃げる道もある。
頭の中でいくつかの展開と対処法を考えながら、ソウルリンクを首に装着した僕はメニュー画面から、ウリエルサーバーを選択した。
「今は少しでも情報が欲しい、ちょっと怖いけど行ってみよう」
緊張した気持ちを和らげる為に、深呼吸を一つ。覚悟を決めると、向かう先を確認した後に小さな声で『転移』と口にする。
見知らぬ魔術師に会うために、僕は本日二度目のソウルワールドに向かった。
◆ ◆ ◆
視界が暗転して、椅子に座っていた身体は大きなベッドに横たわる姿勢に変わる。
目を開いた先にあるのは、ベータ版で何度も見ていた木製の天井と部屋の中を明るくする、マジックランプの小さなシャンデリアだった。
木製部屋の独特な香りを、口から胸いっぱいに吸い込んでゆっくりと吐き出す。
転移後に少し上がったテンションを鎮めたら、自分の身体に異常はないか確認をして、ベッドからゆっくりと小さな身体を起こした。
「……ふぅ、ソウルワールドに移動する〈転移〉が、フルダイブでログインしていた時と同じ感覚で良かった」
まだゲームだった頃のベータ版では、現実世界の自分の姿勢とゲーム内での最後の姿勢の変化に慣れなくて、何度もすっ転んでいたのは記憶に新しい。
チラリと、僕はアザリスが転移するのに使用したベッドを見る。
そこはもぬけの殻になっていて、日本語の表記で『干渉不可』の四文字が表示されていた。
どうやら防犯の一つとして転移するのに使用した場所では、周囲の五メートル以内はアイテムの設置とか、悪巧みは出来ないようになっているらしい。
実際に自分も転移してきて五分間は、他のプレイヤーからの全ての干渉を無効化する状態になっている。
「こっちの世界で、徹底的なまでに防犯意識が高いのには、何か理由があるのか?」
いくら考えてみても、答えは簡単には出てこない。犯罪を未然に防ぐという意味では間違ってはいないので、これ以上は考えても時間のムダだろう。
軽く伸びをして最後の調整を済ませると、部屋から出る事にした。
「……よし、行こう」
宿泊室を出ると、扉は自動で閉まる。
現実世界と違って実物の鍵ではなく、部屋をレンタルした者にしか開けられないシステムなので、自分とアザリス以外の誰かに入られる心配はない。
真新しい木製の長い廊下を歩いて次に階段を降りると、百人くらいのプレイヤーが入れそうなくらいの、大きな受付フロアに出た。
ソウルワールドは、東アジアの時間を基準にしているので今は深夜だ。
外国人っぽい人達でフロアは埋まっていて、日本人プレイヤーは数える程度しかいない。年齢はピンからキリまで、性別も男性と女性の比率はMMORPGでは珍しくほぼ同数だった。
近くで談笑していた彼等は、階段を降りてきた僕の姿を見ると会話を止める。
次に驚いた顔で「お忍び中のお姫様かな?」と揃って不正解を口にした後、頭上に表示されているネームプレートの色を見て、プレイヤーだと気付き何人かは視線を外す。
ただそれでも、何名かの外国人ではなく──同年代の日本男子が、興味津々な顔をして僕の事を見て話をしている。ゆっくり歩いていると話しかけられそうな気がしたので、視線をそらして横を足早に素通りして宿屋の外に出る。
少しだけドキドキしたが、歩きながら僕はホッと胸を撫で下ろした。
「ふぅ、声を掛けられなくて良かった……」
この容姿のせいかベータ版の最初の頃は、NPCのお姫様と間違われて話し掛けられる事が何度かあった。そして大抵はプレイヤーだと気付くと相手は謝罪して、今度はフレンドになって欲しいと頼まれる流れになるのだ。
相手が女性ならスムーズに断れるのだけど、男性の中には告白してくる者がいる。それで自分は男だと正直に伝えたら「なんだ、ネカマかよ」と露骨にガッカリされて、その場を何度も去られた。その回数は両手の指で数えきれない程である。
中には男でも構わない、寧ろ男が良いというヤバい人もいたけど、そういったケースは自分が耐えられなくて全力で逃走した。
ゲームで出会いを求めるな、と声を大にして言いたい所だが相手のビジュアルが良ければ期待してしまうものなのだろう。
「どっちにしても、ゲームを楽しむ事を第一に考えている僕には、理解できない事だな」
出会いを求めたい奴は、関わらないで欲しいと心の底から思うが、今のソウルワールドのアバターは残念ながら現実の姿の写し身となっている。何も知らない相手からしてみたら、今はこの姿がリアルの僕の姿としか考えられないのだ。
言い寄られた際には、今までと同じように男だと言っても信じてもらえる可能性はゼロに等しい。だからなるべく、注目されないようにしなければいけない。
何せ今は本当に、小さな女の子なのだから……。
薄暗い気持ちを抱きながら歩いていると、向かう先で灰色のローブに身を包んだ人物がこちらを注目して立っている事に気がついた。
中央広場を明るく照らす、クリスタルの側に立っている人物の姿に僕は見覚えがあった。
「あ、……貴女は……」
『やぁ、一週間ぶりだね。無事に目覚められたようで何より』
目を大きく見開いて、僕は立ち止まる。
そこに立っていたのは、一週間前に出会った──不思議な銀髪の少女だった。
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