第20話「白銀の魔術師」
銀に輝く髪を風に揺らして、ルビーのような真っ赤な瞳が薄暗い闇の中で怪しく光る。顔立ちは誰が見てもため息をつく程に美しく、どこかこの世の者とは思えない印象を与える。
彼女はお手本のようなお辞儀をすると、優しくも魅惑的な色を含む声で挨拶をした。
『初めまして、私の名前はアンブローズ・マーリン。古き友からアナタに言伝を頼まれた灰色のマジシャンだよ』
「どうも、シアンです。マジシャンって、リアルの本職の事ですか?」
『もちろん、世界中でマジックを披露しててね。特に姿を消すのが得意なんだよ』
だからあの時、彼女は一瞬にして姿が消えたのだろうか……。
現実のテレビ番組でも、マジシャンがドッキリで何も知らない一般人にドッキリを仕掛けたりする。自分達が来ると分かっていれば、事前に準備する事も可能なのかも知れない。
「マーリンって、あの有名なアーサー王伝説の魔術師ですよね」
『私は名前をお借りしてるだけの偽者だよ。ブリテンを支えた偉大なる魔術師として、私はこの世界で彼のようになりたいと思ってるんだ』
「綺麗な銀髪って事は、北欧系の人なんですか?」
『ソレについては、今はヒミツにしておこうか。だってミステリアスな女性の方が、色々と妄想が駆り立てられて面白いからね』
「つまりアナタは、怪しい人なんですね」
少しだけ警戒レベルを上げると、何故かアンブローズは嬉しそうな顔をした。
『そうだよ、それで良い。私を含めて全てが君の味方というわけじゃない、何事も疑いを持つ事は大切だ。特に君みたいな存在は、その光で善も悪も全て惹き寄せてしまうからね』
意味深な言葉を口にした銀髪の少女は、側にある発光するクリスタルの周りを飛んでいる背景用に設置されている小さな虫を目で追う。
それからアンブローズは、ゆっくり歩み寄ると僕の頬に軽く右手で触れようとして、
──バキンッと音が鳴り、犯罪防止システムが彼女の指先を弾き飛ばした。
『ちゃんと防犯対策はしているね。もしも設定していなかったら、大人のお姉さんとして、忠告しようと思っていたんだけど、これなら安心だよ』
「知らない人と夜間に会うんですから、そこら辺はちゃんとしますよ」
『うん、そうだね。しっかりしているようで何より』
アンブローズは、実に楽しそうな顔をする。背にしている月の光と合わさり、どこか月からやって来た妖精のような神聖さを感じた。
見惚れて頬を赤く染めた僕は、彼女を直視することが出来なくなり視線をそらした。
「そんなジッと見ないでください、なんだか恥ずかしいじゃないですか……」
『ふふふ、ごめんよ。会う度にあの鉄仮面が、嬉しそうに君の事を語るのも分かると思ってね』
「……まぁ、ミライ姉さんは確かに普段は無表情で、何を考えているのか分からない事が多々ありますけど、そんな事を言うと鉄拳が飛んできますよ?」
『そうだね、今の発言は内密にしてくれると有り難いかな。彼女に本気で殴られたら、私の貧弱なアバターが一撃で粉々になりそうだ』
彼女の発言は、他の人が聞いたらオーバーな表現だと思われるだろう。
しかし実際に従姉に殴られたら、けして無事では済まない事を自分は知っている。
──アレは以前、ミライと外出していた時の事。不幸にもマンションの修繕工事現場で落下した鉄パイプが僕に直撃する寸前、ミライが右拳で殴り飛ばしたのだ。
しかも、鉄を殴った右手は無傷で、鉄パイプは半ばから『くの字』に折れ曲がっていた。
この伝説は、神居市で知らない者はいない程に有名である。
数年前の事を思い出していると、アンブローズが軽い咳払いを一つだけした。
『ごほん、親睦を深めるための軽い雑談もここまでにしようか。君に彼女からの言伝を伝えるから、今の内に心の準備をして欲しい』
ミライからの言伝と聞いて、息を呑んで背筋を真っ直ぐに伸ばす。
昔から意味が無い事は、絶対に言わない従姉の伝言だ。
世界が変わり、彼女が伝えないといけない事があると判断したのだから、今から聞かされる内容はとって大きな意味があるに違いない。
少しばかり緊張して待っていると、アンブローズは徐(おもむろ)に小さな唇を開いた。
『この世界の謎を解き明かす為には、ユニークボスを倒し、七つのエリアを開放する必要がある。──以上が、彼女からの君への伝言だ。まぁ、要約するとこの世界を攻略しろって事だね』
「………………ッ」
全て聞いた僕は、正に雷に打たれたかのような感覚に打ち震えた。
アンブローズが頼まれた、ミライのメッセージには特別な意味は込められていない。
攻略をする事は、全てのゲームにおいて基本中の基本だから。
そんな子供でも分かる事を言われたら、普通のゲーマーは「なに当たり前の事を言ってるんだ?」と言って苦笑いするだろう。
だけど僕は、そんな簡単な事すら、頭の中から失念していた。
(──そうだ。最初から悩む必要なんて無かったんだ。この身体に〈ソウルワールド〉が関係しているのなら、解決する為には何よりもあの世界の攻略を進めていくしかない)
この世界にはメインシナリオは存在しない。
プレイヤーに与えられた役目は、世界の闇が集まり具現化した七体のユニークボスを倒すこと。
なんて、わかりやすい目標なんだ。
数十分前までは、今後どうしたら良いのか分からなくて一人で悩んでいた。そんな頭の中を占めていた、真っ暗な闇が晴れていくような感覚に自然と笑みが溢れる。
「アンブローズさん、ありがとうございます。もしもミライ姉さんに会う事があったら、僕がとても感謝していた事を伝えて下さい」
『分かった、そのように伝えよう。……それにしても、会った時は何か悩んでいたようだけど、今は良い顔をしている。抱えていた悩み事が一つ解決したのかな?』
「はい、おかげさまで、やらないといけない事が分かりました」
『それはなにより。君の一助になれたのなら、ここに来たかいがあったというものだよ』
誰もが見惚れるような笑みを浮かべながら、アンブローズは少し考えるような素振りを見せた後、唯一他者に干渉の許可をしている右手を握った。
『ご足労をお掛けしたのに、話をこれで終わらすのは少々物足りない。そういうわけで一つだけ、私から君の冒険の助けになるアドバイスをしてあげよう』
「アドバイス?」
『こう見えて、私はマジック以外にも星占いが得意なんだ。──今日は良い星の配置と〝満月〟だ。この国を出たら、私が指差す方角を真っ直ぐに進むと良い。そこにきっと、君が求めている素敵な出会いが待っている筈だよ』
「アンブローズさんが、差した方角……」
言われた通りに目で追った先にあったのは、初心者用のエリア『カームの森』だった。
この辺りで一番強いレベル15の〈ヴァルト・コボルドナイト〉が支配している事以外は、特徴のない初期マップだ。
現在レベル20になっている自分にとっては、美味しいクエストは一つもなく、唯一存在するエリアボス以外には興味がない場所でもある。
「出会いって、一体誰なんですか?」
『ふふふ、そこは黙っていようか。ただ一つだけ答えるなら、今の君が必要としているモノをくれると思うよ』
「今の僕が、必要としているもの……」
『信じるか信じないかは君しだいだよ。暗い森の中で、君を一人で送り出すのは忍びないけど、幸いにもそこら辺の心配はいらないかな』
言っている言葉の意味が、全く分からなくて首を傾げる。
彼女は周囲を軽く見回した後、意味深な笑みを浮かべるだけで詳しく教えてはくれない。
同じように、何かあるのか見回してみるけど、何かを感じ取ることはできなかった。
『これで頼まれていた要件は済んだので、私は失礼させてもらうよ。次に会うときは、是非とも個人的な用件で君と会いたいね』
それでは良き魂の冒険を、アンブローズは最後にそう言い残して暗闇の中に消える。
一体どんなスキルを使用したのか、消えた後に姿をどれだけ探しても、その姿を見つけ出すことはできない。
ベータ版では、こんなスキルは聞いた事も見たことも無かった。
一人残される形となった自分は、森の方角を見て彼女を信じて進むか否かで悩んだ。
何故ならば素敵な出会いとだけ言われても、ソレがプレイヤーなのかモンスターなのか明言されていない。
必要としているモノをくれるのならば、プレイヤーかNPCの二択になるのだろうが、これがモンスターからのドロップもくれる判定になるのなら三択まで広がる。
「今の僕が必要としているモノか、武器は先ず考えにくいから防具あたりかな?」
このアバターが抱えている足りないものは、レベル上げを除けば現状ではそれくらいだ。そこをEランク以上の装備で補うことが出来れば、この《魔法剣士》ならばエリアボスのソロ攻略も視野に入れることが出来る。
それにゲーマーとして考えるのならば、せっかくのアイテムを入手するチャンスを逃すのは、とても勿体ないというのが本音でもあった。
従姉の知り合いであるアンブローズを信じて、ここは行ってみても良いだろう。
進む事を決意した僕は、正面を見据え小さな声で呟いた。
「ベータ版ではソロプレイなんて日常茶飯事だったけど、今の世界になってからは初めてだ」
見慣れた森の景色を眺めながら、少しだけ緊張して胸が大きく脈打つ。
漆黒の炎をモチーフとした魔剣〈レーバテイン〉の柄を握り、相棒から勇気と力を少しだけ分けてもらった僕は、不敵な笑みを浮かべ前を見据えると、
──この世界を攻略する為にも、先ずは強くなろう。
心に決意の炎を抱き、暗く深い森に向かって駆け出した。
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