第21話「真っ暗な森の行進」
周囲が暗くなるだけで、昼間の明るかった森の印象は大きく変わる。
先ず第一に視界は狭まり、遠くを見渡すことは不可能となる。薄っすらと辛うじて輪郭が見える程度の闇の中は、走っている最中に少しでも気を緩めると、足を木の根上がりや大きな石に引っ掛けてすっ転ぶ事だって初心者の頃はよくあった。
だから熟練のゲームプレイヤーでも、視界が悪ければ動きは鈍くなるし、より深い真っ暗闇であれば動くことは困難になる。こういった現象を回避するには、ソウルワールドでは以下の方法がベータ版の頃より確立されていた。
それはずっと真っ暗闇の中で行動を続け──〈暗視〉スキルを獲得する事だった。
このゲームでは耐久した内容によって、それに対応したスキルを獲得するケースがある。例えば暗闇なら〈暗視〉で、暑い場所なら〈耐火〉、寒い場所なら〈耐寒〉といった感じだ。
ただし何でも耐久していたら、それに対応するスキルを獲得できる訳ではない。
ベータ版の頃に攻略板の情報も少ない中、一人でアレやこれやと色々な事を検証していたのを懐かしく思いながら、僕は暗闇の中を走り続けた。
するとアクションボーナスで経験値が加算されて森に入ってから、僅か十分程度で〈暗視〉のスキルを獲得したお知らせがやってきた。
「良し、行ける!」
真っ暗な中で周囲の木々がより鮮明に見えるようになると、今までエンカウントしなかったモンスターの〈コボルド〉を発見し、腰の魔剣を引き抜いた。
選択したのは、垂直攻撃に応じて発動する〈ストレイト〉。
下段から上段に向かって、金色に輝く刃を一閃する。
接敵と同時に切られた人狼型のモンスターは、股から頭の天辺にかけて真っ二つになり綺麗な光の粒子となって散った。
相手のレベルは5なので、レベル20の自分に加算されたのは僅かな経験値だ。
「……それにしても、この視線は一体何なんだ」
感知系のスキルは一つも持っていないのだが、長年鍛えられた感覚が〈シルフィード国〉を出た辺りから、ずっと何者かの視線を感じ取っていた。
距離感的には襲うにしては遠すぎで、どちらかと言ったら見張られていると表現した方が正しい。
走りながらさり気なく接近を試みても、相手はいち早く意図に気が付いて一定の距離を保とうとする。これでは何者なのか確認する事は難しい。
動きからして、かなりの手練れだ。
危害を加えて来ないと分かってはいても、けして気持ちの良いものではなかった。そんな状況が続くことに対し、背中にむず痒さを感じていると、
「チェストォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
何やら甲高い雄叫びみたいなものが、走っている前方から聞こえて来た。暗闇の中で輝くのは、見慣れた攻撃の際に発生するスキルエフェクトだ。
もしかして、アレがアンブローズの言っていた出会い?
近くまで接近したら、走るのを止めてしゃがみ込み、慎重になって歩く事にする。
幸いにも未だに聞こえ続ける雄叫びと、目立つスキルエフェクトを目印にして目標との距離を徐々に詰めていった。
少しだけ緊張しながら歩いていると、声は段々と近くで聞こえるようになる。かなり近い距離でスキルエフェクトの発光、それと同時に謎の衝撃音が響き渡った。
一体何が行われているのか、その正体を確認しようとそっと顔を覗かせてみたら、
そこには──ピンクカラーの綺麗なパーマの、十代くらいの可愛い少女がいた。
オマケにメイド服みたいな格好で、両手に身の丈ほどあるバトルアックスを両手に握りしめ、淡い光を放つ大木と睨み合っている奇妙な組み合わせで。
恐らくはアレが、アンブローズの言っていた人物だと思うのだが、真剣な顔をして光る大木と向き合っていて実に話しかけ辛い。
まるで、殺し合いでもしているかのような殺意に満ち溢れた横顔だった。
思わず息を呑むほどの緊迫した空気の中、少女は何かのタイミングを見計らうかのようにジッとしている。一体何を待っているんだと見守っていたら、彼女は大木の光が強まったのを見て急に動き出すと、手にしている武器を全力でスイングした。
「キェェェェェェェェェェェェェェ──────────ッ!」
まるで獰猛なモンスターのように大きな声を上げながら、目の前の大木に金色のスキルエフェクトを放つバトルアックスを、勢いをつけて全力で叩きつける。
あの斜めに切り上げる技は、基本形スキルの〈インクライン〉だ。
スキルの一撃を受けた大木は、耐久値が0になったのか光りながらも攻撃を受けた箇所から折れ曲がり、そのままゆっくり地面に倒れ始める。
──ってこの角度は⁉
ふと大木が倒れる位置にいる事に気がついた僕は、慌ててその場から退避した。
「うわぁーッ!」
ヘッドスライディングして、ギリギリ避けると先程までいた場所にその大木が落ちた。ズシンッと大きな音が鳴り、周囲の地面が軽く振動する程の衝撃だった。
あと数秒反応するのが遅れていたら、間違いなく下敷きになっていた。
大木の大きさと倒れた速度から推測して、このアバターの防御力で下敷きにされたらHPはゼロになって死んでいただろう。
何とか無事に避けられた事に、うつ伏せの状態で少しだけホッとする。
一方で叫び声を聞いた少女──プレイヤーネーム『イライザ』は、びっくりした顔になり自身が倒した大木を無視すると慌てた様子で駆け寄ってきた。
「あらあらあら、ごめんなさい! ……って貴女は、噂の魔法剣士ちゃん⁉」
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