第22話「裁縫師のイライザ」

「……ぼ、僕のこと、知ってるんですか?」


「当たり前じゃなーい! 大幅に弱体化され過ぎて、あのベータプレイヤー達も検証した末に転職するほどの〈魔法剣士〉でプレイしている、すごく可愛い女の子ってプレイヤー達の間では話題沸騰中よッ!」


「ああ、なるほど、そうなんですね」


 やはり昼間の件で、大多数のプレイヤーに白髪の〈魔法剣士〉は知れ渡っているらしい。


 しかしベータプレイヤー達も〈魔法剣士〉を諦めるとは、これはもしかすると物好きを除いて使用している者はすごく少ないのではないか?


 イライザに手を貸してもらい、起き上がると服についた土を軽く手で払った。


「見事なヘッドスライディングだったけど、この世界では擦り傷って概念は無いから大丈夫ね。良かったわ、こんな可愛い女の子に怪我をさせてたら、罪を償うために全身全霊で土下座どげざかわらりを百本しないといけなかったわよ」


「ドゲザ、カワラワリ……?」


 聞いたことないワードに思わず首を傾げたら、イライザは「土下座しながら頭突きで瓦を割るのよ」と笑顔で全く理解できない説明をしてくれた。


 土下座は分かるけど、果たしてそこに瓦割を加える必要性があるのか?


 この時点で自分の中でイライザに対する評価が、可愛い少女から見た目によらず変な思考の可愛い女の子に大きくランクアップした。


 そんな事を知る由もない彼女は、僕の頭の天辺からつま先までじっくり観察をした後、胸の前で腕組みをすると頭を左右に振りながら低い唸り声を上げた。


「むむぅー、素材はこれ以上ないくらいに輝く宝石ちゃんなのに、それを引き立たせるためのコーデがデフォルトで実に残念なところね。……うん、そうだわ! 丁度良い物を持ってるから、アタシが持ってるコレを貴女にあげるわ!」


 一人で何か決めると、イライザはウィンドウ画面を操作する。


 直後に自分の前に表示されたのは、彼女からプレゼントが送られてきた通知だった。


 少し警戒しながら内容に軽く目を通してみたら、そこには〈イライザ印の鎧ドレス〉という、何だか良く分からない自作の装備品が表示されていた。


「まさか、ハンドメイドの……」


 驚いて詳細に目を通し、そこに記されていた内容にビックリする。


 何故なら彼女が無条件で差し出した、アイテムのランクが【E】だったからだ。


 凄さを分かりやすく説明するならば、現在装備している魔剣〈レーバテイン〉がAランクだから、そこから四つ下のランクに位置する防具である。


 オマケに開いたプロパティがバグっていないのなら、物防と魔防のステータスにそれぞれプラス40も数字が上乗せされる事になる。


 これは次の国の隠れ家で買おうと思っていた【E】ランクの装備が、物防プラス20なので、実質【D】ランクに近い性能だった。


 ……ウソだろ。ハンドメイド品って、こんなにもハイスペックなの?


 そもそもベータ版では、職人プレイヤーは全体の一割にも満たなかった。


 当選したプレイヤーでフルダイブのVRに慣れている者が少なかったこともあり、まともにプレイしていたのは一万人中で一割しかいなかったからだ。


 更にその中で、生産職を選んでいたのはごく少数しかいない。


 だから初めて見た、ハンドメイドの能力を目の当たりにして流石に驚きを隠せなかった。


 目の前の画面に、釘付けになりながらも最後に装備条件を確認する。


 そこに記載されていたステータスの要求値──筋力50と理力100が必要なことに、思わず頬を引きらせた。


「コレを装備できるのは、全職業の中でも魔法剣士だけじゃないかな……」


 基本的に前衛職は、筋力をベースにして理力を上げる事は無い。そして反対に後衛職は理力をベースにして筋力を上げる事が無い。


 両方を上げる必要があるのは、全職業の中でも〈魔法剣士〉だけで実質これは専用装備と言っても良いくらいの代物だった。


 画面を前にして、固まっている僕を見てイライザは嬉しそうな顔をした。


「アタシの最高傑作なんだけど、今の環境だと装備条件が厳しすぎて売りに出せなかったの。魔法剣士ちゃんなら、筋力も理力も上げてるはずだからイケるんじゃない」


「装備は問題ないですけど、こんな素晴らしいアイテムをもらっても良いんですか?」


「問題ナッシーングよ! むしろ〈裁縫士〉としては飾るよりも装備して使ってもらえる方が嬉しいから、是非とも貰ってちょうだい!」


 そこまで言われると、これ以上断るのは逆に失礼になると判断する。


 申請を許可してボックスからプレゼントを受け取り、そのままストレージを開いて【NEW】の三文字が付いているアイテムをタッチする。次に今の装備と交換するか否かの二択が表示されるので、迷わずに交換する方を選んだ。


 すると身体が淡い光に包まれて、装備していた素朴なデザインの服が、白を基調にしたドレスとなった。


 イメージとしては身体にフィットしたスリムな感じで、スカートの丈は膝まである。派手な動きが出来るように、下半身には黒いタイツを穿いていた。


 更にこれは鎧もセットにした物らしい。両腕の指先から肘、足のつま先から膝、胸のあたりに軽金属のアイアンメイルが付属して部分欠損の対策も考えられている。


 一言で表現するのなら、正に戦うお姫様って感じだった。


 現実世界で女の子の格好をする気には余りなれないが、ソウルワールド内は何故かこういう衣服を着ると嬉しくなってしまう。


 そんな自分でも良く分からない複雑な思いを抱きながら、全身をチェックしていると、


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああッ⁉」


 感動のあまり、イライザが滝のような涙を流した。


 わざわざメニュー画面から写真機能を引っ張り出してきたらしく、両手の人差し指と親指で四角を作り連続でスクリーンショット撮影を始める。


「良いぃ! 最っ高に良いわぁ!」


(……あ、ダメだ。アザリスと同じで目の前の美しいモノに心奪われて我を失ってる)


 こうなった彼女は幼馴染と同じで、正気に戻るまで戻ることは無いだろう。


 そして予想した通りに、一心不乱に写真を取り続けるイライザが満足するまで、撮影対象の自分が解放されることはなかった。

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