第32話「受付嬢再び」
「おー、御早い到着じゃないか。……って、おまえら二人共、その手に身に着けてるリングはもしかして……」
真っ直ぐ歩み寄りながら、彼は僕達の腕にあるモノに気付いて驚いた顔をした。
「おー、マジか! やっとお前達、長かった幼馴染ルートでぐふぉ⁉」
リュウは最後まで、その言葉を口にする事は出来なかった。
何故ならば、自分が全力疾走をした後に飛び蹴りを腹に叩きつけたからだ。
安全圏内だからダメージが発生する事はないけど、それでも衝撃はゼロにはならない。全体重を乗せた、まるでミサイルみたいな速度の飛び蹴りを受けた彼は、数メートルほど地面を低空飛行した後にボールの様に何回か弾んで停止した。
全身鎧の幼馴染は、まるで陸に上げられた魚の様にピクピクと小刻みに痙攣する。
僕はこめかみに青筋を浮かべ、ゆっくり歩み寄った。そして意図せずに、ベータプレイヤーしか知らない裏ネタを、何も知らないアザリスに暴露しそうになった親友に低い声で注意した。
「ダメだなリュウ、ここはベータ版じゃないぞ?」
「あ……ああ、なるほど。そういう事か……」
「察しが良くて助かる、悪いけど変な事は言わないように頼むよ」
「分かった、次からは気を付ける」
自分の放つ殺気に気圧されたリュウは、よほど怖かったのか何度も頷いた。
これで一安心と思い、彼に手を貸して地面から立ち上がらせる。周囲に視線を巡らせたら、突然の飛び蹴りにアザリスは流石にビックリしたらしく、その場で棒立ちになり口を半開きに固まっていた。
周りにいたプレイヤー達も、何人か驚いた様子で此方に注目している。
広場にいる大多数の視線を集めながら、この状況を作り出した原因の僕は努めてそれらを無視して、リュウと一緒にアザリスがいる所まで戻った。
「驚かせてごめん。良い鎧だったから、つい耐久テストをしたくなってさ」
「はっはっは! 腕の良い鍛冶職人が完成させてくれたEランクの一級品だ。アレくらいじゃ、流石にへこんだりはしないぞ!」
僕の言葉に合わせて、リュウが自慢するように銀色の鎧を軽く叩いてみせた。
確かに、全力で放った飛び蹴りを受けても、彼の鎧には傷一つ付いていなかった。見たところ鎧はアイアン素材ではなく、ワンランク上のスチール素材で作られている。
魔防はそこまで高くないが、物防は確実に三桁レベルだろう。しかも装備の作成は、良い素材を使えば、それに応じて料金が上がる仕様だ。
これだけ良い鎧である事から推測するに、費用は確実に数十万ゼーレは掛かっていると思われる。プレイ時間から考えて、現在のリュウの所持金は空っぽになっている可能性が高い。
僕が呆れた顔をすると、アザリスが興味深そうな表情を浮かべ歩み寄り、
「ふむふむ。確かに、とっても頑丈そうな鎧ね。私もシアンから貰ったこの槍で、どれだけ硬いのか試してみようかしら」
「……は? なんだ、そのヤバそうな槍は?」
アザリスが金色の槍〈ツクヨミ〉を構えて見せると、一目で槍が放つ存在感から高レアリティの武器だと気付いたリュウは、慌てて僕を盾にするように背後に逃げた。
「おいおい! オマエ、一体どうやってあんなヤバい代物手に入れたんだよ! あんなのアザリスが使ったら、せっかく新調した俺の鎧に風穴が開くだろうが⁉」
「えーと、ちょっと昨日の夜中に色々とあってね」
「色々って、現在最強って言われてる〈天剣〉が、Cランクの武器を手に入れただけでプレイヤーの全員が大騒ぎになったんだぞ。アレはどう見てもそれ以上だろ。そんな激レア武器を入手する方法なんて、流石に聞いた事がないぞ……⁉」
槍の存在に激しく動揺する親友に、僕は声を押さえて周りに聞こえないように言った。
「あの槍については、後でちゃんと全部説明するよ。……ここは内緒の話をするには、ちょっと周りに人が多すぎるからさ」
「……ああ、なるほど。騒いで悪かった」
「アザリスも、試し切りなんてモンスターでいっぱいできるんだから槍をしまって欲しいかな」
「ごめんなさい、ちょっと悪乗りが過ぎたわ……」
素直にアザリスは聞き入れてくれると、手にしていた槍をストレージに収納する。
ようやく落ち着いた僕達は、リュウをパーティーに加えてこの場から移動をした。
目的地は当然、この国に訪れた際に予定していた冒険者ギルドである。
遠目でも分かる程の大きな看板を掲げた木造のギルドハウスを見つけた僕は、リュウに昨日あった事を説明をしながら、真っすぐにそこを目指した。
「あの噂になってるレアなエリアボスから、あの槍がドロップしたってマジか」
「いやー、あんなのと会えるなんてホント運が良かったよ」
「その槍が確定ドロップなのか、それとも同じレアリティで他の武器がドロップするのか検証してみたい所だけど。そのレア個体とのエンカウント方法が分からないから無理だな……」
リュウいわく、レアなモンスターは度々発見はされているらしいが、どういった条件で出現するのかまでは完全に解明されていないらしい。
つまり僕がロードコボルドと出会えたのは、とても幸運な事だったのだ。
「この槍の出どころは、黙っていた方が良いな。間違いなく厄介ごとになるぞ」
「うん、だからリュウもここで聞いた事は他言無用だよ。アザリスも人目が多い所では、極力その槍は抜かないように気を付けた方が良いかも」
そんな会話をしながら、大きなスイングドアを押してギルドの中に入った。
最初のギルドと全く同じ建物の中を歩きながら周囲を見回すと、高ランクの装備を身に付けている中級者から上級者らしきプレイヤー達が多数見受けられた。
全員見たところ、レベルは一番低くても20で一番高い人は30くらいだ。
ほとんどがクランに所属している証であるエンブレムを、自身が装備している肩とか背中のマントとか、各々の好きな部位に刻んでいるのが確認できる。
そんな彼等の対応をしている受付嬢が並び立つカウンターの中で、僕達はタイミング良く空いた場所に真っ直ぐ向かった。
「こんにちは、可愛らしい冒険者さん。こちらはクエストの受付けを行って……」
「あ、ローラさんじゃないですか」
なんと驚くべきことに、そこには〈シルフィード国〉のギルドで受付をしていた人がいた。
国を行き来するNPCと言えば、基本的には行商人の存在が挙げられる。
この〈ソウルワールド〉のベータ版でも何人か確認していたが、流石にギルドの受付嬢が違う国に異動するのは自分も初めて見た。
もしかして特殊なイベントでもあるのかと思い、内心でワクワクしていると彼女の綺麗なスマイルは少しだけ苦々しいものになった。
「あ、アナタ様は、昨日の〈ラフレシア〉の……ッ」
「昨日は突然倒れたからビックリしましたよ。元気そうで良かったです。一つ質問したいんですけど、冒険者ギルドの受付って異動があるんですか?」
「……はい、実はこちらの人員が不足しているらしくて。それで急遽〈ヴィント国〉に配属が決まったんです。こういった事は、良くあることなので珍しくはありませんが」
なるほど、異動は彼女達の間では普通にある事なのか。
イベントではないと理解した自分は、高まった期待が一瞬にして冷めてしまった。
だがこれはこれで興味深いので、気を取り直すと雑談をすることに。
「へえー、そうなんですか。だとしたらすごい偶然ですね。実は僕も昨日レベル25になったので、拠点を此方に移したんですよ」
「え、たしか昨日の段階でレベル1でしたよね? いくら何でもそんな短期間で、レベルが24も上がるわけ……」
彼女はクエストのメニュー画面に表示されている、パーティーメンバーの名前とその横に表記されているレベルを確認すると段々と声が小さくなった。
信じられないと言わんばかりに目を大きく開いて、何度も画面と僕の顔を交互に見る。
僕はクエストを選びながら、笑顔を浮かべローラにこう言った。
「ですから更に上を目指して、ダンジョンクエストを受けようと思ってきたんです」
この地にやって来た理由を語りながら自分が一覧から選択したのは、ダンジョン国とも言われているこの国で、最高難易度の〈フォレスト・リュイン〉。
──ダンジョンには、大きく分けて二種類ある。
一つは自然に発生してボスを倒してクリアすると消えてしまうタイプと、もう一つはギルドが管理する何度でも挑戦できるタイプだ。
前者はレベル制限が無く自由に入る事ができるが、後者は難易度が高い上に利用するにはリーダーが一定のレベルに達していないといけない。
今回の制限レベルは30なので、普通ならレベルが不足して受ける事ができないのだが。ここで自分がソロ活動を頑張って、期限ギリギリで獲得した称号が活躍する。
その称号とは──〈原初の森を制覇し孤高の剣士〉。
魔剣〈レーバテイン〉とセットになっているこの称号は、なんと〝クエストのレベル制限をパスしてくれる〟非常に便利な副次効果があるのだ。
「な、なななななな……あり、え……ない……」
ローラはクエスト申請の画面を見て真っ青な顔をしたら、昨日と同じように白目をむいてカウンターの向こう側に倒れた。
「ちょ、ローラさん!?」
目の前でひっくり返ったエルフに、流石に驚いて大丈夫なのか確認する。だけど彼女は目を回しているだけで、目立った外傷やダメージは見られなかった。
それを見た他のエルフの女性達は、ビックリして駆けつけてくると、ローラは昨日と同じように担架みたいな道具に乗せられ、違う部屋に運ばれていった。
意図して気絶させたわけではないが、こうなるとなんだか少しだけ罪悪感が芽生えてくる……。
それとクエストの受付はどうしたら良いのか。困っていたら、手が空いているエルフの受付嬢がやって来て、クエスト内容に驚きながらも受注を済ませてくれた。
「すみません。あの子、昔からあんな感じなのでどうか気にしないで下さい」
「え、あ……いえ、こちらこそすみません。お忙しいのに一人欠員を出してしまって……」
「大丈夫ですよ。すぐに目を覚まして、戻ってくると思うので。それでは、ギルドの奥に案内します。私について来て下さい」
「は、はい。よろしくお願いします」
周りの視線を集めながら、僕達は先導する彼女と共にギルドの奥に向かった。
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