第26話「流星を切り裂く一撃」

 まさかベータ版で一回も見たことが無い、レアエリアボスと戦う機会を得られるとは。


 夜中に家を抜け出してきて良かったと、心の底から思った。


 燃える炎をモチーフにした長剣〈レーバテイン〉を手にした自分は、長槍を手にした巨大な人狼の一撃の全てに後出しのスキル攻撃をタイミング良く合わせる事でパリィを決める。


 敵に発生した、僅かな硬直状態を利用して魔法剣技を次々に叩き込んでいく。


 敵の立ち直りの速さは先程の戦いで見ていたので、反撃に合わせて慌てずにパリィを最小限の動きで決めると、深追いはせずに一度距離を取って仕切り直す。


 これを繰り返すことで最初フルだった敵のHPは、魔法剣技で強化された〈アームズスキル〉によって削られていき、戦闘が開始してからわずか十分で一本目が消失した。


 レア個体が違うのはリーチの長さだけ、それ以外は見ていた限りでは全てのパターンが通常のコボルドナイトとほとんど同じだ。


 ロードコボルドが次に何をしてくるかなんて、モーションを見たら考えなくても身体が先に対処に動く。


 なんせ奴とは、数え切れない程に刃を交えた最初の練習相手だったから。


 苛立ちをぶつけるように繰り出される連続の突き技を、洗練された最小限の動きで避けながら、両手で握る魔剣〈レーバテイン〉に火属性を纏わせた。


 選んだ技は魔法剣技〈ファイア・インクライン〉。


 右下から左上に斜線を描くように振り上げられた炎を纏った一撃は、赤い斜線を刻みロードコボルドが大きくノックバックする程の大ダメージを出した。


『グ、グルルルゥ……ッ』


 相手が強者とはいえ、何故ここまで一方的な戦いになっているのか理解できない。そんな困惑と驚きを含んだロードコボルドの視線に、剣を構えながら不敵な笑みを返した。


「僕よりも高いステータスを持つオマエが劣勢な事が、理解できないか?」


 確かに大きな体躯たいくから繰り出される技の威力は、プレイヤー達にとってはそれだけで大きな脅威となる。


 この差を埋めるにこちら側は、高い練度と連携を要求されるのだ。


 だからこそソウルワールドのエリアボス戦は、一般的な認識の中では複数のメンバーで編成したパーティー専用のコンテンツといわれている。


 だけど古いゲームと違って、ここは自身のアバターを実際に手足の様に動かして戦うフルダイブ空間。


 動きに関しては制限が無く、技を極める事でソロ攻略も不可能ではない事に気が付いた物好きな少数のプレイヤー達は、ひたすら技を極めるべく修行をした。


 全ての基本系スキルを意識することなく最大のパフォーマンスを出せるように、途中でほとんどのソロプレイヤー達が流行り物に手を出して消える中。


 一年間もの長い年月をかけてその末に自分が得たのは──誰もが諦めた〝全エリアボスの単独討伐〟という前人未到の境地。


「ハッキリ言ってやるよ、僕から見てオマエの技はムダが多いんだ」


『グルウウウッ!』


 ロードコボルドは手にしている槍を構え、刺突技を使用してくる。


 同じ構えをした自分は向かって来る槍を見据え、ほぼ同時に〈フォール・ストライク〉を発動。槍の軌道に合わせて斜めから叩きつけ、そのまま左後方に押し流した。


 攻撃が逸れる事で生じる僅かな時間の硬直。それを見逃さずに地面を駆けて接近すると、敵の背後を取り魔法剣技〈ファイア・ストレイト〉で上段からの真向切りを決める。


 苛立ちを含んだ唸り声と共に、ロードコボルドが振り返りながらの薙ぎ払い攻撃をしてくるが、先に大きなバックステップをして回避に成功した。


 どうして同じ技で敵が押し負けたのか?


 それはAランクの魔剣〈レーバテイン〉の高い性能もあるが何よりも一番大きいのは、


 一年もの長い歳月をかけて積み上げてきた圧倒的な経験と技量の違い、それがこの戦いにおける両者の間にある決定的な差であった。


「……見せてみろよ、お前の全力を」


『グガアアアアアアアアアアアアアッ!』


 挑発に応えるように巨大なモンスターは、スキルエフェクトを発生させると風を纏った長槍を構え、タンク二人を一撃で葬った風刃を連続で五回も放ってくる。


 だがその程度の攻撃では、自分が慌てる要素にはならない。ベータ版で最後に倒したエリアボス〈イビル・ヴァンドラゴン〉は、合計で十発もの息吹を使用していたから。


 軌道を全て見切った僕は、ジャストタイミングで全ての風刃をパリィで払う。


 ……とはいえ、流石にパリィも万能の技ではない。


 ソウルワールドでは技の切り払い、パリィは負荷ダメージが発生する仕様だ。


 大昔のゲームと違って防具もしっかり装備しなければ、例え成功させてもダメージが軽減されずにプレイヤーはダイレクトに受ける事になる。


 だから今装備している〈イライザ印の鎧ドレス〉は、改めてすごいと思った。


 右上に見えるHPの減りは、現状は二割以下に抑えられている。初期装備だったら四割は削られていたと思い、微笑を浮べると眼前に相対しているロードコボルドを見据えた。


「──ハァッ!」


 地面を力強く蹴って接近を試みると、強敵を迎え撃つ為の大きな横薙ぎ払いが迫って来る。


 跳躍することで大振りの一撃を回避した僕は、そのまま接近して魔法剣技〈ファイア・リカムベント〉で胴体を右から左に切り裂いた。


 弱点である炎属性の一撃は、敵のHPを残り二割まで減少させる。


 減少したHPをポーションで全回復させながら、僕は敵を見据える。


 さあ、ここから気を引き締めなければいけない。


 何故ならば、この先は全てのエリアボスが共通して持っている最終形態〈オーバードライブモード〉に突入するのだから。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ』


 空気がビリビリと震えるほどの咆哮と共に、ロードコボルドの身体が真紅のオーラみたいなものを纏う。


 内容としては、騎士職の上級スキル〈オーバードライブ〉と同じものだ。


 敵が最終モードに入ると同時に、自分も既に切り札の発動準備に移行していた。


 魔剣〈レーバテイン〉を上段に構えて、七つの属性を発動して刃に一つに束ねる。そこから生まれるのは、全ての森の主を全て討ち倒した必殺の威力が込められた純白の極光。


『グルオオオオオオオオオオオッ‼』


 長槍を構えた敵は僕に向かって、全力の風槍〈ロード・テンペストピアス〉を解き放った。


 螺旋を描きながら視界を埋め尽くすほどの巨大な槍の一撃は、先程のパーティーのタンク達が束になって、ようやく受け止められそうな威力を肌に感じさせる。


 自分は迫る風槍を見据え、上段に構えていた輝く白刃を上段から真っすぐ振り下ろした。


「──まさか、オメガスキルで相殺を狙っているのか⁉」


「──いや、違うわ! アレはまさか……ッ」


 観戦している者達とイライザが叫ぶ中、白刃は力を開放することなく風槍と衝突する。


 そこから起きる現象は、片手で数えられる人数しか成功させたことが無いと言われている究極の防御技──必殺技パリィだった。


 この上ないタイミングで真芯を捉えた一撃は、HPを六割減少させるのと引き替えにして風の槍を跡形もなく消滅させる。そして最も重要なのは、この行動では自身が準備していたオメガスキルの発動が、途中でキャンセルされないという事だ。


「強き森の支配者、これでチェックメイトだ」


 相対する敵に告げたのは、確定した勝利の宣告。


 魔剣によって更に増幅され、空間を震わせるほどの威力が込められた必滅の技が完成すると、大技を使用した反動の硬直で身動きが取れない巨大な人狼を見据えた。


「──星を裂く極光、我が眼前の敵を討ち倒せ〈メテオール・シュナイデン〉ッ!」


 自身が所有する最上の奥義を、下段からの斬撃に合わせ解き放つ。


 エリアボス〈ヴァルト・ロード・コボルドナイト〉は抵抗する事すら出来ず、白い光の奔流ほんりゅうに包まれ、断末魔の叫び声と共に光の粒子となって消滅した。


 激しい戦いの騒音が消えて、この戦場に残ったのは勝者である自分だけ。


「嘘だろ、まさか本物の〈白の魔法剣士〉なのか……」


「ソロで全エリアボスを制した、ベータプレイヤー最強の一人……」


「という事は、アレがAクラスの魔剣〈レーバテイン〉⁉」


「シアンちゃあああああああああああああああああああああああああああんッ‼」


 驚きの余り固まったプレイヤー達の隣で、同じく観戦していたイライザが感極まったのか涙を流しながら僕に駆け寄って来る。


 月明りの下で戦いを制した自分は彼女に抱き締められ、観戦していた者達から惜しみのない拍手と歓声を一身に浴びて笑顔を浮かべた。

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