第25話「アバターロスト」
「あれ、あの男……」
「うん? もしかしてお知り合い?」
「いえ、知り合いではないですね」
知った顔ではあるが、一方的にディスられていただけの関係だ。
否定して見なかった事にしたら、魔術師の三人が少しでもボスのHPを削ろうとタイミングを合わせて〈ファイア〉を発射する。
三本の炎が並んでロードコボルドに迫るが、敵は長槍を振るって全て切り払った。
モンスターがパリィもするのかと内心で驚いていたら、リーダーの男の指示で長剣を抜いた防御隊が攻撃に転じて前に出た。
「いや、この状況で守備隊が攻撃をするのは悪手じゃ……」
守備隊が攻撃役をするのは、基本的には防御の枚数が足りているか、敵が長い硬直に入った時だけである。
ただでさえ、重い鎧を装備しているのだ。
敏捷値は低下しているだろうし、機敏に欠ける足ではヤツの動きに付いて行けまい。
すると予想した通り、剣を手にした彼らの突撃は大きな横ステップで回避されて、反撃の刺突技で胴体を貫かれて光の粒子に変えられた。
HPが僅かでも残るのならば、ヒーラーによって回復できるのだが一撃死ではどうすることもできない。
杖を持っている二人の少女はリーダーの男から「攻撃を受けた時に回復できないのか!」と剣を向けられ無茶苦茶な文句に困り果てていた。可哀そうに。
このゲームの仕様上では攻撃を受けた際にダメージ判定でゼロになっているので、あんな要求をしたところで出来るはずがないのだが、もしかすると彼はゲームの仕様をちゃんと把握していないのかもしれない。
──とはいえ、これで前衛はタンク隊が残り一部隊に、後衛が魔術師三人とヒーラーの二人とリーダーの男だけとなった。誰がどう見ても戦闘の継続は不可能だ。
その事を理解しているっぽい女の人が、リーダーに詰め寄った。
「カイ、これはもう無理よ!」
「うるせぇ! 五大勢力ですら戦ったことが無いレアボスだぞ。こいつをメディア共の前で倒せば、俺達は大勢の人達に認められ、六番目の大クランを目指す事だって夢じゃなくなるんだ!」
メディア共? 六番目の大クラン?
どういう事だと思い周りを見たら、何やらカメラマンっぽい人達の存在に気が付いた。
彼らはエリアのギリギリを陣取り、見たことが無い機材を設置して何やら撮影している。
「なんだアレ? イライザさんは、彼らが何をしているのか知ってますか?」
「あー、アレはソウルメディア達よ。主にエリアボスの攻略の様子を撮影して動画にする人たちで、そのチャンネル登録者数は一千万人を突破してるわ」
「なるほど、だからリーダーはあんな意固地になっているんですね……」
「まぁ、撮影を意識してるから、全員普段の動きができていないのかもしれないわね」
名声に目が眩んでいる状態なのか。
流石に呆れた顔をしたら、タンク隊がスキル攻撃を受け止めノックバックした隙をついて、ロードコボルドが前線を突破した。
狙いは後衛の火力である魔術隊かと思いきや、安全な場所から指示を出しているリーダーの男に真っ直ぐ向かってきた。
まるで貴様に指揮者は似合わないと言わんばかりに、槍を構え刺突技〈フォール・ストライク〉が、油断していた男に向かって放たれる。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ⁉」
ヘイトを稼ぐような事は一切していなかった男は、狙われないと
ボスが物凄い速度で真っすぐに接近すると、びっくりした顔をして左手に装備している鉄製の盾を構えた。
だがロードコボルドが自身の質量を乗せた刺突技は、へっぴり腰で気合の入っていない軟弱な防御を軽々と弾き飛ばし、手にしていた盾を弾きそのまま片腕を切断する。
一定時間で再生するとはいえ、片腕を失ったショックで腰を抜かしたリーダーの男は、地面に尻もちを着いてロードコボルドの巨体を見上げる形となった。
「SPは換金してマイナスで来たんだ! 降参する、降参するから命だけは……ガハッ」
慌ててメニュー画面を開いて、降参しようとしていた男は途中で槍に貫かれた。
光の粒子となって散ると、あの男がいた場所には英語で【AVATAR LOST】の文字が浮かんでいた。
先程死亡したプレイヤー達とは違う演出に、自分は真剣な顔で注視する。
「イライザさん、アレは一体……」
「アタシも見た事ないわ。でもさっきの言葉から推測するなら……」
あの男──カイというプレイヤーは、この世界に魂の保護をされていない状態で転移した事が考えられる。
そして今死亡して、あの表記が出たという事は、
「アバターロスト、つまりこの世界で保護を受けない状態で死ぬと、この身体を失う事になる?」
「アタシも初めて見たけど、多分そういうことじゃないかしら。それか或いは……」
その先の言葉を、隣にいるイライザはあえて口にしなかった。
保護なしでこの世界で死亡した場合、現実でも──死ぬことになる。
けして有り得ない事ではない仮説の一つに、想像して背筋が凍った。
「みんな、この戦いは降参するわよ!」
サブリーダーの女の子が、メニュー画面からボス戦の降参をしたのだろう。
HPが全回復したロードコボルドは、想像以上の弱者達に対し呆れたような視線を送った後、興味をなくし背中を向けて中央のクリスタルの所まで歩いて戻る。
次の挑戦者を待つように、仁王立ちするエリアボス。
レアなボスモンスターか……。
通常の〈ヴァルト・コボルドナイト〉とは、ベータ版の時に何度もソロで戦っていた。
持っている武器は違うけど、長槍に関しては他のエリアボスである二体の牛人型モンスター〈ヴァルト・ツインミノタウロス〉との戦いで、嫌というほどに経験している。
そして、先に戦っていた彼らの尊い犠牲のおかげで、奴の間合と技と動きは全て見切った。
「ふう……」
大きな深呼吸を一つして、巨大な威圧感を放つ敵に対し微笑を浮べる。
先程の男と違って、自分はポイントを消費して保護を受けている。同じ末路にならない事は、先に散った彼のメンバー達が身をもって教えてくれている。
それに、もしもここで挑まなければ、ゲーマーとして後悔するかもしれない。
そんな予感がした自分は、強敵を待つロードコボルドを前にして、抑えきれない欲求に駆られ魔剣の柄を握った。
「よーし。どうやら空いたみたいだから、僕もやってみようかな」
「え……シアンちゃん?」
「あ、ソロでやるんで、イライザさんは参加しなくて良いですよ。それよりも撮影の人達に、今からの戦いは撮らないように言ってもらえますか?」
「え、ええ、それは構わないんだけど……って、アタシが言いたいのはそっちじゃなくて」
「大丈夫ですよ、今の戦いで敵の行動パターンは大体わかりましたし、この剣とイライザさんの防具があれば十分にやり合えます」
「いや、そういう事じゃなくて……」
話しを最後まで聞かずに、我慢の限界とボスに向かって堂々とした足取りで向かう。
歩きながら周囲の様子を見ると、先程挑んだパーティーは撤収を始めているらしく、エリアの外に向かってまるでお通夜のような雰囲気で歩いていた。
そんな中で撮影している人たちの所に小走りで向かったイライザが、今から行う事を説明したら「嘘だろ?」という驚いた声と共に全員の視線が一斉にこちらに向けられた。
防御力が無い貴重なポンチョコートを、攻撃で破壊されないように脱いでストレージに仕舞う。すると月明りの下、隠していた自分の姿が多くの人々の前に晒される。
「あ、あれは、まさか……」
サブリーダーの女の子が、遠くから驚いた声を上げた。
彼女のパーティーメンバー達からは「姫プの子じゃない?」と聞こえてくるが、僕は全神経を目の前の強敵に向けて、外野の存在をシャットアウトする。
この中で唯一、自分の実力を理解しているのか。
人狼のモンスターは、凄まじい威圧感に長槍を持つ手を震わせ嬉しそうな顔をしていた。
「次の相手は僕だ、カームの森の支配者〈ヴァルト・ロード・コボルドナイト〉」
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