第24話「ヴァルト・ロード・コボルドナイト」
森を走り抜けたら、そこに広がっていたのはベータ版の頃と同じ円形に木々を切り抜き、バトルドームみたいに整えられた特設のステージだった。
広さとしては円形の五十メートル程度。
中心にはプレイヤーの干渉を全て受け付けない『不可干渉』の真紅の結晶〈レッドクリスタル〉が設置されている。
プレイヤーが触れる事で、エリアボスをポップさせることが出来る仕様だ。
「アレは……ッ」
目的地に着いた僕は、目の前に広がっている光景に驚き、足を止めた。
何故ならば、そこには一年間プレイしたベータ版とは全く違う装備を身に着け、狼と人を合成した全長三メートルの巨大なボスモンスターがいたからだ。
ベータ版では、ブレストメイルとロングソードしか装備していなかったはず。
だが目の前にいるボスモンスターは、頭部を除いた全身に亀裂だらけの漆黒の鎧を纏い、手には錆びた漆黒の長槍を握っている。
HPゲージは、ボスの証である二本。頭上に表記されているのは〈ヴァルト・ロード・コボルドナイト〉で、ベータ版では一度も見たことが無いモンスター名だった。
「なにアレ、以前に戦った時と全く違うじゃない!」
少し遅れて到着したイライザの反応から、やはりアレが特殊な個体であることを知ることができた。
つまり冷静に推測するのならば、あのエリアボスモンスターは何らかの条件下で出現するレアな存在である可能性が高い。
「──せ、戦隊陣形を乱すな! タンク隊は盾でヤツの攻撃を受けてディレイを確実に入れろ!」
この戦いを始めたっぽいチームリーダーである騎士の男が、陣形を組んだ仲間に指示を出す。
見た限りでは、盾持ちの二人編成のタンク隊が三組に加え、アタッカーの長剣持ちが二人編成で二組ほど。後衛には援護用の魔術師が三人、ヒーラーが二人と指揮官一人で合計十六名の攻略メンバーだ。
レベルは全員18と中々に高く、装備も序盤で入手できる中では全員良いモノを使用している。
無茶をしないで手堅く戦えば、十二分に勝機はある編成だった。
とはいえ、それはもちろん相手のボスが攻略本や、自分の知る通りの行動パターンを取る場合に限るのだが。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
咆哮をした〈ヴァルト・ロード・コボルドナイト〉──長いのでここではロードコボルドと略称する──は、手にした長槍を回しながら恐ろしい程の速度で突き技〈フォール・ストライク〉を放つ。
その威力は、しっかりと防御姿勢を取っていた騎士達の盾を軽々と弾き飛ばし、更に引き戻した長槍を振りかぶり二回目のスキルエフェクトを発生させると、今度は水平切り〈リカムベント〉を発動した。
姿勢が崩れ回避行動を取ることができなかった二人のプレイヤーは、鎧ごと胴体を両断されてフルだったHPが全て消し飛んだ。
光の粒子となった壁役の二人の惨状に、リーダーの男は驚いた顔をする。
「最初のエリアボスが、スキルの連続使用だと……⁉ くそ、魔法隊! スキルの連続使用で硬直している今の内に、奴のHPを可能な限り削れ!」
仲間の魔術師達に指示を出すと、三人の魔女の恰好をした女性プレイヤー達が、このマップのモンスター達が共通して持つ弱点『火属性』の初級魔術〈ファイア〉を放った。
スキル技を使用した直後の僅かな硬直時間を狙って放たれた三つの炎は、ロードコボルドの頭に直撃して、そのHPを一割ほど削り取る事に成功する。
「チっ! 思ったより硬いな……こうなったら、アタッカーも突っ込んで今の内にヤツのHPを削るんだ!」
男は更に指示を出し、長剣持ちの二人組のアタッカーを突っ込ませる。
だけど攻撃を受けたロードコボルドの目が鋭い眼光を宿し、硬直時間から解き放たれると長槍を大きく振りかぶった。
──通常のコボルドナイトよりも、復帰時間が速い!
『シャアッ!』
使用するスキルは刺突技ではなかった。
風を長槍に纏わせるとボスモンスターは、長剣持ちの二人に向かって右から左に長槍を振り払った。
「ひ……っ」
「飛ぶ斬撃なんて有りかよ……っ!」
とっさにバックステップして回避行動を取った二人の剣士は、長槍から放たれた三日月状の飛ぶ斬撃に切り裂かれて光の粒子となった。
一連の流れを観察した僕は、額に薄っすらと汗を浮かべる。
戦闘が始まって十分足らずで四人ものプレイヤーがリタイアした。
レベル18が一撃で即死している所から察するに、明らかに自分が知っている通常のエリアボスよりも攻撃力が高くなっている。
それに加えて、手にしている武器もスキルも知らないモノを使用している。
先ずは攻撃よりも防御に専念して、冷静にパターンを見極める所から始めなければ、彼等がアレに勝利するのは極めて難しいだろう。
しかし、リーダーの男は自分が思っている以上に、この現状を理解していなかった。
「くそ、タンク隊は防御スキルを使用して前でアイツの攻撃を止めろ! アタッカーはディレイが入ったら、少しでも良いからダメージを入れていけ!」
「リーダー、お言葉ですが情報収集の為にも、先ずは守りを重視するべきでは……?」
「うるさい黙れ、リーダーの俺に指図するのか! コボルドナイトに関する攻略データは全部予習して来たんだ。それにディレイが入ったら攻撃チャンスなのは初心者でも分かる事だろ。──意見をする暇があるなら、自分達の役割をちゃんとこなせよ!」
「……了解した」
猛然と接近してくるロードコボルドの〈リカムベント〉を、スキルで強化した壁役の二人が大きくずり下がりながらも、何とか受け止める。
タイミングを合わせて、指示通りに唯一残っているアタッカーの二人が前に出てスキル攻撃を叩き込むが、敵のHPは二割削れただけだった。
だが一番の問題は思っていた以上に、ロードコボルドのディレイ状態からの立ち直りが早い事であった。
手にしている長槍が光り輝き、大きく踏み込むのと同時に鋭く突き出した二連続の突き技が、危険を察知して回避行動を取るアタッカーの二人を的確に穿ち光の粒子に変える。
ボスのHPは一本と六割以上も残っている、それに対し前衛の攻撃隊は壊滅状態だった。
SPの消費を考えるのなら、そろそろ撤退が視野に入って来る。
だけど指揮を執るリーダーは、頭に血が上っているのか、
「なんで攻撃隊も防御隊も、危ないと思ったら攻撃を避けないんだ!」
と、リタイアしたプレイヤー達に向かって大声で文句を垂れている。
それを聞いた自分は、呆れて言葉も無かった。
槍の長いリーチを相手に、初見で完璧に見切るのは難しい。防御隊は重たい鎧を装備しているから避けるのは先ずムリだし、攻撃隊も攻撃をして直ぐに範囲外に逃げるのは、余程の敏捷特化ビルドでなければ難しい。
これをちゃんと攻略するのなら、先ずは敵の間合を完璧に把握する所から初めて、前衛は常にカバーし合えるように高度な連携を意識しなければいけない。
こんな事も分からないとは、一体誰が指揮をしているんだと気になり男をフォーカスして見た僕は、少しだけ驚いた。
あの姿と装備は見覚えがある。
確か〈ラフレシア〉のクエストを終えた後に、広場で大声を出していたプレイヤーの一人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます