第23話「裁縫師の作業と獣の咆哮」
あれから正気に戻ったイライザは、姿勢を正すと勢いよく頭を下げて謝罪した。
「美しいモノを見てつい乱心しちゃったわ、ごめんなさい!」
「あはは……。気にしないで下さい。ただでこんな綺麗で強力な装備を貰えたんですから、僕からのお礼と思っていただければ十分ですよ」
「ありがと、この写真は家宝として後生大事に保存しておくわね!」
フォルダーに保存してある、先程撮影した写真たちを一括設定で保護を済ませると、イライザは改めて此方を向いて軽くお辞儀をした。
「自己紹介をしていなかったわね。アタシはイライザ、このソウルワールドでは人口の少ない生産職プレイヤーで、主にプレイヤー達相手にイケてる服を作ってるお姉さんよ」
「お姉さん? すみませんが、どう見ても高校生くらいに見えるんですが……」
「童顔だから、そう見えるのは仕方ないわね。こう見えてアタシ、今年で二十歳になったの」
信じ難い話に、思わず目の前にいる人物の姿を凝視してしまう。
スタイルは良く、胸とかはアザリスより一回りほど大きいくらいだ。
だけど見た目と言動を総合的に考えたとしても、イライザは自分の目では高校生か大学生くらいにしか見えなかった。
人は見かけによらぬもの、という
「これは失礼しました。僕は〈魔法剣士〉のシアンです。イライザさん、素敵な装備をありがとうございます」
「いやーん、なんて綺麗な お 辞 儀! これだけでご飯が五杯はイケちゃうわよ!」
「そ、そうですか……」
ただ頭を軽く下げただけなのに、イライザは大げさなリアクションをして見せる。そんな彼女を見て、年齢云々は置いといてやはり変わってる人だなと思った。
挨拶が済んだら、次にフレンド登録を済ませた。
彼女は自分とフレンドになれたのがよほど嬉しかったらしく、目の前に表示されているフレンド覧をじっと眺めながら、ニコニコと満面の笑顔を浮かべていた。
笑顔が絶えない良い人だな、と微笑ましく思っていると、
「あー、いっけなーい。そういえば素材集めの最中だったわ!」
慌てた様子で彼女は、自身の斧で切り倒して素材となった大木を集め始めた。
装備屋だというのに何で、家の建築とかに使う素材を集めているのだろう。疑問に思った僕は、ストレージに次から次に木材を放り込む彼女に質問をしてみた。
「イライザさんは、なんでそのアイテムを集めてるんですか」
「午前0時~三時の間、この〈アーバの木〉は柔らかくも上質な素材が採れるのよ。これをベースにする事で、シアンちゃんに差し上げた丈夫で良い感じの服が作れるわ」
「木が、服のベースに……?」
「現実でも木材を使った服っていうのは存在するのよ。ソウルワールドでは、これを薄くスライスした後に専用のハサミで型紙に合わせて二枚切り取って、プワゾンの森に生息している蜘蛛型モンスター〈アレニエ〉からドロップする糸で縫い合わせる事で簡単に出来ちゃうの」
服とはそんな簡単に作れるものなのだろうか、首をかしげているとイライザは木材を軽く宙に放り投げ、手にしている斧を鋭く左右に二閃させる。
システムによるアシストなのか、または本人の技量なのか。自然落下を始めた木片は紙のように薄く分割されると、彼女はその中から光っているモノを二枚ほど掴み取った。
次にストレージから手早く、大きなハサミと薄っぺらい服の形をした紙を取り出し、慣れた手さばきで型紙に合わせあっという間に光る素材をカットしていく。
最後に取り出したのは、糸の付いた針だった。イライザは指先に針をつまむように持ち、片手に持った二枚の紙の端を縫い付けていくと──
目の前で上に羽織るような薄い黒の『ポンチョコート』が出来上がった。
そうはならないだろ、というツッコミを入れたい気分になったけど、あいにくと此処はゲームっぽい異世界だ。
普通の人間が考える物理法則は通用しないと思うので、こういう明らかに常軌を逸した事に対し、一つ一つツッコミをいれていたらキリがない。
「うわー、ファンタジーってすごい……」
「シアンちゃん、その服は肩が出るタイプだからコレもあげるわ」
「い、イライザさん?」
急に押し付けるように手渡しされて、思わずソレを受け取った僕は、手にした黒い服と満足げなイライザの顔を交互に見た。
取りあえずプロパティを見ると、そこには〈イライザ印のポンチョコート〉という名とFランクの表示が出てくる。
オマケにステータスに補正が無い代わりに特殊効果があり、これを着てフードまで被れば、プレイヤーに対する隠蔽率が最大で百パーセントまで上がるらしい。
──って、特殊効果付きの装備品って、メチャクチャ貴重じゃないか⁉
ベータ版ですら、このレベルの装備は片手で数えるくらいしか見たことが無い。NPCの店売りならば、余裕で数万ゼーレ以上はしそうな代物だった。
「こんな貴重なアイテムを貰っても、僕からお返しできる物はありませんよ……」
「ノンノン、それをシアンちゃんが着てアタシが写真を撮る。これぞ無限供給よ!」
この人は、真面目な顔で何を言っているんだろう。
握りこぶしで力説するイライザに思わず真顔で引いてしまうと、彼女は今口にした発言を誤魔化すように咳払いを一つだけした。
「でもこれでコーデはバッチリ決まったわね。ソウルワールドの全プレイヤー達の目は、白姫衣装のシアンちゃんに釘付け間違いなしよ!」
「あははは、あんまり注目されても困るんですけどね」
黒ポンチョのコートが加わった事で腕の露出が無くなり、大人しめの感じになった気がする。
例えるならば、本当に城から抜け出して来たお姫様のような感じだった。
「でも流石に、コレまでタダで貰うのは心苦しいんでお金を払わせて下さい」
「んんー。どうしてもっていうなら、アタシとしてはお金よりはシアンちゃんに一回だけハグさせてもらえたら、それだけで大満────ッ⁉」
ザワッと四方の方角から謎の殺気が、僕にではなくイライザに向けられる。まさかこれは敵襲、と思った自分は魔剣〈レーバテイン〉の柄を握り迎撃の構えを取る。
だけど隣にいる彼女は一切身構えずに、何かを察したように苦々しい顔をすると「あー、そういう事ね」と、一人だけ納得した声で呟き、先程の言いかけた言葉を訂正した。
「うーん、急造品だから五千レーゼ頂くわ。それで良いでしょ?」
「え……あ、はい。どうしたんですか、急に考えを改めて……」
「分かりやすく説明するなら、シアンちゃんには熱心なファンが多いって事よ」
「ファン……?」
言葉の意味が分からなくて、首を傾げてしまう。
だけど答えを知るイライザは、微笑を浮べるだけで何も教えてくれなかった。
地面に散らばっている残った素材集めに戻った彼女は、手にした木材を全てストレージに放り込んでいく。そうして作業がすべて終わると、額の汗を拭うような動作をして此方を見た。
「さて、これでアタシの目的は終わり。こんな時間だし〈シルフィード国〉に戻りましょう」
「……そうですね、僕もそろそろ現実の方に戻らないと、深夜にこっそり抜け出して来たのでバレたらメチャクチャ怒られそうです」
「あらあら、真面目そうに見えて、意外とシアンちゃんは悪い子なのね」
「知らなかったんですか、僕は良い子じゃないですよ?」
わざと驚いて見せるイライザに、小悪魔みたいな笑みを返す。
──するといきなり、どこからか大きな獣の
まるで地面が振動したと、錯覚してしまう程の圧に警戒して魔剣の柄を握る。
そんな臨戦態勢を取る自分とは反対に、目の前にいるイライザは顔を真っ青にして、少しだけ怯えた様子で尋ねてきた。
「シアンちゃん、今のは一体……」
「北の方角から聞こえたみたいです。でもこの先って確かエリアボスがいるんじゃ……」
「エリアボスって、まさか〈ヴァルト・コボルドナイト〉の事?」
「はい、もしかするとこの先で、誰かがエリアボスと戦っているのかも」
「なーんだ、それなら問題ナッシングね。関わる必要はないから、さっさと帰りましょう」
体の向きを帰り道の方角に向け、イライザは〈シルフィード国〉に向かって歩き出す。一方で自分は先程の声に違和感を感じ、足を止めて思案していた。
(ベータ版でアイツとは最初の頃は何度も手合わせをしていた、行動パターンから設定されている使うスキルまで、僕は全て完璧に網羅している)
そんな自分が感じた違和感は、ヤツに咆哮を上げるようなスキルがない事。
アームズスキルを使用する際に、武器を振るう『グルァ!』みたいな掛け声を出す事はあるけど、こんな遠くまで届くほどのモノに心当たりは一つもなかった。
という事は、考えられるのはただ一つ。
「───って、シアンちゃん、どこに行くの⁉」
「ちょっと気になるんで見に行ってきます。何が起きるか分からないので、イライザさんは先に〈シルフィード国〉に戻って下さい!」
答えに至った時には、既に駆け出していた。地面を力いっぱい蹴り、自身の敏捷力を全開にして前方の暗闇を切り裂くように駆ける。
「もう! 可愛い女の子を、こんな森に一人置いて帰れるわけないでしょーッ!」
イライザはムスッとした声で、走る僕を後ろから追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます